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第7話 新たなビジネスチュロズスキーム〜感染拡大中〜①

金の音がすれば、今日もクル・ノワは目を覚ます。

笑い声も、怒鳴り声も、全部“商売の合図”。


詐欺とビジネスの境界線なんて、

この街じゃ、最初から誰も気にしていない。


――そして今朝もまた、

一人の男が「いいことを思いついた」と言った。





ギルドの扉を開けると、

あの汚れた木のカウンターが――なぜかまた少しだけ豪華になっていた。


ミモザがグラスを磨きながら顔を上げる。

「まぁ! チュロちゃんじゃないのぉ、久しぶりねぇ♡」


チュロはぴょんとカウンターに飛び乗り、得意げに笑った。

「ミモザー! なんだかすごいピカピカしてるねぇ!」


ミモザがウインクする。

「もちろんよォ。あんたが盗ってったカトラリーの代わり、ようやく届いたの♡」


「ごめんてぇ!」

チュロが舌を出す。


そのやり取りを見て、ルオが呆れ顔で腕を組んだ。

「ところでシエナ、俺の分前は?」


シエナがすかさず手を振る。

「いやー、それがですねぇ……

 ルオさんの分は保険金の資金洗浄と保釈料でなくなっちゃったんですよ!

 あたしとミモザさんの取り分も雀の涙っす!」


「嘘つけ! お前そのピアス、反射で通行人が目潰し起こすレベルだぞ!!」


ミモザもくすくす笑いながら、

「まぁまぁ、女の子だもの。着飾るくらいは許してあげなさいよォ♡」


「結局、俺だけ素寒貧かよ……」

ルオが肩を落とす。


チュロが机の上にひょいと腰を下ろして笑った。

「でもいつものことだもんね! で、今度は何を思いついたのさ?」


ルオの口元がゆっくり吊り上がる。

「そうそう……チュロくん。お得な儲け話があってね」


「え? お得??」

チュロの耳がぴくっと動いた。


ルオは真顔で指を立てる。

「いつも僕は“財布を盗むな”って口を酸っぱくして言ってるけど……

 君に、“財布を盗む権利”をあげようと思う」


「……え? 財布を盗む“けんり”?」


「そう。君や弟たちは、生きるために仕方なくスリをしてる。悲しいことじゃないか。

 でも僕からその“権利”を買えば、もう何も後ろめたくない。

 堂々と財布をスれる!」


息を吸うように盗みを働くこの友人は、生きるため、家族のためにといい、その超絶テクニックを弟たちに伝授していた。その結果、ソレイユで起こる窃盗事件の実に七割がチュロ一族の仕業と言われらようになった。


「……ん?」


「さらに、その“権利”を弟たちに分けることもできる。

 ただし、行使したら銀貨五枚を僕に上納すること!」


「え、それ僕損じゃない?」


「待て待て、話は最後まで聞きなさい!」

ルオが手を振る。


「君は三人の弟に権利を分けられる。

 その弟が財布をスったら、君が銀貨五枚ずつもらい、

 そのうち一枚を僕に渡す。

 その弟はさらに下の弟に……」


ミモザが口を押さえながら呟く。

「……あらやだ、それって――」


「ミモザさんは黙ってなさい!!」


チュロの目がキラキラと光る。

「じゃあ弟たちが増えれば、オレいっぱいお金がもらえるってこと!?

 それってすごいお得だ!」


ルオが満面の笑みを浮かべた。

「そういうことだよ! しかも君たちは誰に憚られることなく――

 堂々と財布をスって、堂々と生きていけるんだ!!」


チュロは目を潤ませ、拳を握りしめた。

「ルオ……オレ……弟たちを……

 堂々と陽の光の当たるところで育ててあげられるんだね……ありがとう!ルオ!

 しかもお金もいっぱいもらえるし! オレ、さっそく弟たちに“財布をスる権利”分けてくるよ!!」


言うが早いか、チュロはギルドのドアを開けて走り出した。


ミモザが肩を落として呟く。

「……ルオちゃん、それ“鼠講”って言うのよォ」


シエナが机を叩いて爆笑する。

「ネズミのチュロがやるの、ぴったりじゃないっすか!!」


ルオが胸を張って言い返す。

「人聞きの悪い! これは鼠講を超えた鼠講――

 名付けて“チュロズ・スキーム”だ!!」


ミモザが頭を抱える。

「……それ、もう絶対アウトなネーミングよォ」


ルオは得意げに笑った。

「いいや、これは“ビジネス”だ」


灰色の街に、またひとつ新しい詐欺――いや、“商売”が生まれた

連鎖投資詐欺【れんさとうしさぎ】


名詞


① 後発の出資者の資金を、先発投資家への配当として支払う仕組み。

 利益が発生していなくても、**「信頼が流通している限り健全」**と定義される。

 発案者の名を冠して〇〇スキームと呼ばれることが多い。


② 代表的な事例がベンズ・スキームである。

 創設者アルマン=ベンズは「投資とは未来を先に信じる行為だ」と語り、

 市民の信頼を集めて巨額の資金を動かした。

 配当は期日どおり支払われ、社員には褒賞金が与えられ、

 妻には“愛と信用の結晶”として金貨を贈った。

 街では彼を“誠実な預言者”と呼び、出資を断る者は“不信の徒”と非難された。

 やがて信頼総量が王国通貨を上回り、構造は崩壊した。

 それでも信徒は言う――

 「彼は金を盗まなかった。ただ希望を返しただけだ。」

 出所時、本人は短く言い残した。

 > 「今回は、前回とは違う。」


③ なお、個人勧誘を軸とするねずみ講はこの構造の派生型であり、

 金銭の代わりに“人間関係”を資本として循環させる。

 新たな加入者がいなくなると、資産は残らず、信頼だけが増える。


〔補説〕

 崩壊後も多くの被害者が再投資を表明しており、

 理由として「次こそ本物だと感じた」が過半数を占める。

 当局はこの心理を“信頼の惰性”と分類したが、

 市場では「再起力」として高く評価されている。

 結果、同様の商法は現在も“健全な投資文化”として発展を続けている。


――『新冥界国語辞典』より

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