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第66話 ライダー・光と闇の社員研修〜同時進行中〜①

かつてそれは、闇の企業が“光の戦士”を育てるために編み出した狂気の研修――

光と闇の社員研修《ライト・アンド・ダークネス・アンドラゴジー》。


――脱落率、93%。

ある年は、三千人が挑み、生き残るのはわずか二百。

残りは、声を枯らし、理想を燃やし尽くし、

自分の影にすら敗れていった。


いまはバルメリア商環連合が、そのメソッドを受け継いでいる。

あまりの脱落率に、そのままでは使えないと“改善”されたが――

時代に合わせて平手や灰皿を伴った“直接的な指導”が姿を消し、

睡眠時間は2時間から六時間に延び、

食事は少し美味しくなって一品だけ増えた。


……つまり、気持ち少しだけマイルドになった地獄である。


マルセルの身体は、もう自分のものではなかった。

朝から八時間――声を張り上げ、理念を唱え、姿勢を崩さず立ち続ける。

それが《光と闇の社員研修》と呼ばれる、“魂の矯正儀式”だった。


講堂に三百。

全員が円陣を組み、胸に手を当てて叫ぶ。


「――一つッ!!!」


轟音。床が揺れる。

「我らは常に理想と美学を胸に商うべしィィィ!!!」

「一つッ!!我らは常に謙虚と誠実を装うべしィィィ!!!」


声が熱気に溶け、空気が焦げる。

喉の奥が切れ、視界が白む。


「誠実を装うとは何だァァッ!!!」

「“装う”は嘘じゃないッ!! “演技”だァァァッ!!!」


膝が折れかけた瞬間――背を叩かれた。

「立てェェェッ!! 光を捨てるなァァァッ!!!」


反射で息を吸い、身体が勝手に立ち上がる。

叫びが再び連鎖する。


「我らは常に信じよォォッ!!!」

「不可能の先にこそッ!! 取引の神は微笑むゥゥゥッ!!!」


――倒れることが、罪。

信じるとは、立ち続けることだった。


一方その頃……


※※※


「ルオさんのパンケーキ……フルーツ盛り盛りすぎっす!」

シエナは笑いながらルオの皿をのぞき込む。

「見てるだけで幸福度120%っすね。」


ルオの皿の上から、イチゴが一粒、消えた。


シエナがフォークをくわえたまま、目をぱちくりさせる。

「す、すいません……つい、反射で……」


ルオはため息まじりに笑った。

「反射で食うな。全く…ほら、復唱しろ。」


「え、復唱っすか?」


「ほれいくぞ。一つ。人のフルーツは、勝手に食べない。」


シエナは小さくうなずき、胸に手を当てる。

「ひとつ、人のフルーツは勝手に食べないっす。」


「よし。」


「ルオさんのフルーツ、盛り盛りで美味しそうなんすもん!」

シエナは頬をふくらませながら、じっとルオの皿を見つめる。

「シェアしますか? でも、あたしのもあげなきゃっすよねぇ……

 でもフルーツも食べたいっす!」


ルオは苦笑しながらフォークを取った。

「欲張りだな。……いいよ、自分のは全部食べて。いま、取り分けてやる。」


「い、いいんすか!? ルオさん、大好きっす!」

ぱぁっと笑顔が弾け、ルオは思わず視線を逸らす。

「……単純すぎる。」


「でもでも――といえば」と、シエナはフォークをくるくる回しながら首を傾げた。

「マルセルさん、今ごろ何してるんすかねぇ?」


※※※


講堂の床は石造り。

だが教官の号令ひとつで、そこは“砂漠”と化す。


マルセルたち新人班は、“砂漠からの脱出”という名のグループワークを強制されていた。

重い荷を抱えて、講堂の端から端まで――何度も、何度も、往復させられる。

息が上がり、腕が震えても止まることは許されない。


妨害は何でもあり。

他班の荷を奪っても、足を引っかけても構わない。

むしろ“やらなければ”怒鳴られる。


「出し抜けッ!! 誠実さは捨てろォッ!!!」

「一番じゃ意味がない!! 圧倒的一番を掴めェェェッ!!!」


講堂に怒号と足音が響く。

誰が味方で誰が敵か、もう分からない。

肩を並べていたはずの仲間が、次の瞬間には荷を奪う。


マルセルは汗にまみれた手で袋を抱え、虚空の砂を蹴るように走った。

――信頼も誠実も、すでに置き去りだった。



一方その頃


※※※


夕方のルミエール公園。

ベンチに腰かけたルオは、拾った大きな楓の葉を指先でくるくると回していた。

夕陽を透かして光る葉脈を見つめ、どこか穏やかな顔をしている。


その前を、シエナが何度も何度も往復していた。

両手いっぱいに落ち葉を抱えては、「これじゃダメっす!」と叫びながら捨てていく。


「これじゃルオさんに勝てないっす! 一番じゃダメっす! 圧倒的一番になるっす!!」


ルオは、ベンチにもたれたまま小さく吹き出した。

その姿が、あまりに真っすぐで――愛しくて、可笑しかった。


「……勝負してるつもりはないんだけどな。」


夕陽に染まる木漏れ日が、シエナの髪をきらきら照らしていた。

ルオはその光景を、ただ静かに見つめていた。


※※※



講堂に響く怒号。

「――出し抜けッ!! 誠実さは捨てろォッ!!!」

「一番じゃ意味がないッ!! 圧倒的一番を掴めェェェッ!!!」


マルセルの肩がぶつかる。

腕の荷は鉛のように重く、息が焼ける。

講堂の端から端まで、何度も、何度も、往復。

足元の床が揺れて、誰かの怒鳴り声が遠くで弾けた。


――倒れるな。

“立ち続けろ、それが信じることだ。”


夕方のルミエール公園。

シエナが落ち葉を抱え、ベンチの前を何度も往復している。

「これじゃダメっす! これじゃルオさんに勝てないっす!」


講堂では、教官が吠える。

「圧倒的一番になれェェェッ!!!」


公園では、シエナが笑う。

「一番じゃダメっす! 圧倒的一番になるっす!!」


ルオはベンチで楓をくるくる回しながら、

その姿を眺め、思わず小さく笑った。


夕陽が差し込み、講堂の魔導灯の光と重なる。

汗に濡れたマルセルの額にも、

落葉を拾うシエナの髪にも、同じ光が揺れていた。


――誰もが“圧倒的一番”を目指していた。

けれど、その意味は、場所によってまるで違っていた。


講堂では狂気が、

公園では微笑みが、

それぞれの“信じる力”を燃やしていた。


光と闇の社員研修【ひかりとやみのしゃいんけんしゅう】

名詞(英:Light and Darkness Andragogy)


① ヴァルメリア商環連合が実施する、人材育成および組織健全化を目的とした統合研修。明朗・前向・継続を掲げ、発声・笑顔・姿勢など“外的な明るさ”を中心に鍛える。起源は**光の結社(→別項)**の訓練法にあり、公共機関向けに整備されたとされる。


② 作動原理は**「高照度=健全」という定義である。ここで言う健全とは、明るい社員が明るいまま均質に振る舞っている組織状態を指し、この定義から自然に「健全=健康」が導かれる。健康である以上は継続稼働に支障がないと解され、休暇や休息は“なお稼働し得る余白”として縮減の対象となった。

 脱落率は恒常的に九割超と記録されるが、当時の公式報告書には「光の総量が増加しているため、制度上は成功」とある。参加者が笑顔の形のまま崩れ落ちる事例も、平均照度の上昇をもって健全な成果**に編入された。


〔補説〕

 後年、この論理は照度経営学として体系化され、組織の健全性と個人の健康は同一の指標(照度)で測られるようになった。以後、都市の労働統計には“まぶしい数値”が安定して並ぶことになる。


――『新冥界国語辞典』より

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