第61話 チェーンのチェーン店・釘のネイルサロン〜加盟店募集中〜⑤
マルセルは拳を握りしめ、声を張り上げた。
「でも……でも! 詐欺なのは間違いないんですよ!」
シエナがこめかみを押さえる。
「うわ、出た。“でもでも”タイム突入っす……。」
マルセルは震える手で封筒を数通取り出し、カウンターに叩きつけた。
「契約書には“経営指導があります”って書いてあったんです!
なのに、現場には一度も来てくれない! 送られてくるのは――こんな手紙ばっかりだ!」
ルオが一枚つまみ上げ、ざっと目を通す。
文面には、整った字でこう書かれていた。
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『売上が伸びない原因は“立地の動線”と“客層のミスマッチ”にあります。
人通りが多いだけでは購買には結びつきません。
貴族・商家層の導線に合わせた立地変更を推奨します。』
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ルオは眉をひそめ、ページをめくった。
『値下げによる誠実さの演出は、長期的にブランド価値を損ねます。
“誠実さ”とは安さではなく、品質と姿勢によって伝わるものです。』
ルオは手紙を二、三枚ぱらぱらとめくり、鼻で笑った。
「……全然詐欺じゃねぇじゃねぇか。
むしろ、めっちゃちゃんとしてんじゃん。現場に来ないでこれだけの指示出せるんだったら、本部、有能すぎるだろ。」
マルセルは顔を真っ赤にして反論する。
「い、いえ! 手紙だけ送られても意味がないんです!
現場を見てない人間に何がわかるっていうんですか!」
シエナが即座にぼやいた。
「いや、ちゃんと書いてあるやつ無視してる時点で、
もう現場とか関係ないっすよね……。」
リシュアが別の手紙を手に取る。
『在庫は資産にも負債にもなります。
“動かない在庫”は、“考えない経営”です。』
ルオが吹き出した。
「“考えない経営”……すげぇな、直球でバカにされてるぞ。」
マルセルは耳まで真っ赤にして叫ぶ。
「う、うるさい!! 手紙なんて読む気になれないんです!!」
ルオは腕を組み、ため息をついた。
「読む気になれない、ねぇ……。
誠実って言葉を盾にして、何も学ばねぇ奴の典型だな。」
リシュアは無表情で言い放った。
「……死ぬまで治らんな、これは。」
ミモザが腰に手をあてながらを揺、優しく言った。
「ルオちゃん、そこをなんとかしてあげてよ……このままだと潰れちゃうわ。」
「そうだなぁ、仮にこの店の経営を立て直してもこのままだと同じだよなぁ…」
ルオは手紙をパタンとテーブルに置くと、ふっと深呼吸した。
顔ににやりとした笑みを浮かべ、目をきらりと光らせてから、ゆっくりと言葉をためて――明るく高らかに宣言した。
「よし、一回、殺しちゃうか!」
シエナが思わず跳び上がる。
「物騒すぎるっす!!!」
ミモザが肩をすくめ、乾いた笑いを漏らした。
「可哀想だけど、仕方ないわね……本当に、仕方ないのよ?」
マルセルが震える声で訊ねる。
「私に――いったい何をするというのですか?」
ルオは肘をつき、にやりと笑った。
「光の力でマルセルさんを生まれ変わらせるんだよ。」
シエナが目を丸くして叫ぶ。
「光の力ってなんっすか!?」
ミモザが片目を細めて続ける。
「正しくは“光と闇”ね♡…可愛そうに…」
そして、ルオは胸を張って得意げに宣言した。
「そう。光と闇の社員研修《"ライト・アンド・ダークネス・アンドラゴジー"》。
かつて闇の企業が生み出した、光の戦士を育てるための特別プログラムだ!」
リシュアが冷静に首を傾げる。
「……闇の企業が生み出した光の研修、だと…?」
シエナが即座にツッコミを入れる。
「それ、どっちもダークネスっぽくないっすか!?」
ミモザが肩をすくめてウインクする。
「まあまあ、ネーミングはともかく、要は“根性と常識の再教育”よ♡」
ルオがにやりと笑い、マルセルに向き直る。
「安心しろ。方法はいろいろある。痛みを伴わないやつから、ちょっと意地悪するやつまでな。
でも最終的に、“商売人として使える人間”に変えるのが目的だ。」
シエナが口をパクパクさせた。
「それって…痛みを伴うやつも、すごく意地悪するやつもあるってことっすよね…?」
ルオは笑顔のまま立ち上がる。
「帰ってくる頃には、マルセルさんも立派な“光の戦士”になってるだろ。」
ミモザが軽く手を挙げる。
「じゃあルオちゃん、マルセルさんは連れてっちゃうから、お店の立て直しはよろしくね!」
ガシッと、ミモザがマルセルの腕を掴む。
その力強さに、マルセルは情けない声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください!? 光って、な、何をするつもりなんですかぁああ――!!」
扉の外に消えていくマルセルの叫びと、シエナの呑気な声が重なる。
「……頑張るっす、マルセルさん!」
――《光と闇の社員研修》開始。




