第60話 チェーンのチェーン店・釘のネイルサロン〜加盟店募集中〜④
《匠の鎖》を訪れたルオたち。
誠実さを拗らせた元役人・マルセルは、在庫を怖がり、努力を言い訳に変え、誠実を盾に沈んでいく。
ルオとリシュアの正論が突き刺さり、見るに耐えない空気が流れる中、シエナがぼそり。
「……これ、見てる方も心が痛ぇっすね。
ルオは肩をすくめ、呆れたように言った。
「利益が五割出るように設計された商品を、勝手に三割下げてるんだ。
そりゃ利益も出ねぇだろ。」
マルセルは言葉に詰まり、視線を泳がせた。
バザールから一本外れた路地の小さな店――
棚には銀色の装飾チェーンがずらりと並んでいるが、客の姿はひとりもない。
マルセルはカウンター越しに、しょんぼりと肩を落とした。
「……だって、在庫を抱えるのが怖いんです。
売れなかったらと思うと、不安で仕方なくて……。
だから、少しでも動くように――値段を下げたんです。」
ルオが眉をひそめ、値札を指で弾いた。
「つまり、“売れない”んじゃなくて、“自分で値崩れさせてる”ってことだな。」
マルセルは顔を歪め、胸元を押さえた。
「し、しかし! 私にも生活というものがあるんです!
売れない商品を少しでも現金化しないと……従業員の生活も守れないんです!!」
ルオは深いため息をつき、額を押さえた。
「……そこも問題なんだよなぁ。
大体なんでこの規模の店に“従業員”が必要なんだ? マルセルさんがずっと立ってりゃ済む話だろ。」
マルセルは慌てて手を振る。
「そ、そんなことを言っても、営業時間は八時間以上ありますし!
土日と祝日は……やはり休まないと……!」
ルオは呆れ顔で笑った。
「商売はお役所とは違うんだよ。」
シエナが指を鳴らしてうなずく。
「なるほどっすね! マルセルさん、“店の経営”を“役所のシフト勤務”みたいに考えてるっすか!」
マルセルはぐっと口をつぐみ、言葉を失う。
リシュアが静かに棚を見回しながら口を開いた。
「ルオ……もう一ついいか? ――なぜ、この店の在庫は全く同じデザインのシルバーものばかりなのだ?」
ルオは苦笑しながら、銀色の鎖を一本手に取る。
「どうせ“原価が安かった”のと、“発注が面倒だからまとめて注文した”――そのあたりだろ?」
シエナが吹き出した。
「うわー……“怠惰の三段活用”っすね。安い・楽・失敗、完璧っす!」
マルセルは必死に言い返した。
「大量に仕入れれば原価が下がるんです! そこら辺は計算してます!」
ルオは鼻で笑った。
「在庫を十個も残したら、その数%なんて吹き飛ぶだろ。」
マルセルは食い下がる。
「で、でも、さっき“在庫は資産”って……!」
「生きてる在庫ならな。」
ルオは冷ややかに言い放つ。
「売る気のねぇ商品は、資産じゃなくて負債だ。」
マルセルは口を尖らせ、なおも言い訳を続けた。
「そもそも本部が悪いんです! あんな売れない商品を――」
シエナが堪えきれずに叫ぶ。
「うわぁぁ! もうこの人、イライラしてくるっす!!!」
リシュアが、冷たい目で言った。
「無駄だ。こういう人間は、極端な二極思考に陥っていて、“悪意がなければ誠実だ”と勘違いしている。
成果が出ない現実から目をそらし、“誠意”に逃げ込むことで市場原理と衝突する。
それでも“誠実な自分が悪いはずがない”と思い込み、他責化によって自己を防衛する。
誠実という言葉に隠れて、怠惰で、卑怯で、不勉強な自分を直視できない臆病者だ。
大方、役所も早期退職じゃなくて、誠実さが裏返って“何度も同じことを繰り返す不誠実な奴”だと見なされて居場所がなくなったんだろう。
――違うか? そうでないなら理由を言ってみろ。聞いてやる。」
シエナが顔を引きつらせた。
「つ、辛辣っすぅ……リシュアさんの正論パンチ……心が痛ぇっす。」
マルセルが震えながら叫ぶ。
「ぐぬぉぉぉ!! 黙れ!! 年下の女のくせに!!」
リシュアは一歩も引かず、淡々と返す。
「年齢と性別以外、すがれるものがないのか。
それが透けて見えるから、職場でも女子に嫌われるのだぞ。
なぜその年まで気づかない?」
マルセルは顔を真っ赤にして吠えた。
「うるさいうるさいうるさい!!」
ルオが口の端を吊り上げる。
「ほらな。メタ視点に欠け、内省できない。
怒りで誤魔化すから成長がないのだ。」
「わ、私だって! 商売の知識がない中、一生懸命やって――!」
リシュアは静かに言い切った。
「商売の知識の多寡ではない。……お前の人間性の問題だ。」
沈黙。
マルセルの心のHPは、ゼロだった。
シエナがぼそっと呟く。
「……マルセルさん、もう再起不能っすね。」
なんか、辛辣なこと書いてるのに筆が進む回でした。なんでっすかね。




