第6話 縁の切れ目〜魂スワップ中〜
灰色の空にも、朝はやってくる。
騒がしくて、汚くて、でもどこか懐かしい――
ここは、バルメリアの底のさらに底《クル・ノワ留置所》。
失ったと思ったものが、
なぜか笑いながら戻ってくる街。
そして今日も、
一人の詐欺師が“何かを思いつく”音がした
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朝の留置場は、湿った石と錆の匂いで満ちていた。
鉄格子の外では、犬の獣人――ガスが新聞を広げている。
長い耳をぴくつかせながら、ため息混じりに呟いた。
「……ったく、世も末だな。
“クル・ノワでソウルスワップ詐欺”だとよ。
ソレイユ区の強盗殺人よりでかく載ってやがる」
檻の中、寝転んでいたルオが目を開けた。
「へぇ~、人の魂が入れ替わるなんてロマンあるじゃない」
「お前の話だよ」
「……マジか。見出しにのってるの…?」
「名前は伏せられてるが、特徴まんまだ。“自称・死後転生体”」
「いや、俺ジョンだから。魂スワップしたんで!」
ガスは新聞を畳み、鼻で笑った。
「そもそもなぁ、こんな記事が一面に載るのは異常だ」
ルオが鉄格子の隙間から身を乗り出す。
「いや、それはガスさんの読んでる新聞が低俗だからだろ?
裏面がもう裸のお姉ちゃんだらけじゃねぇか」
「裏面じゃねぇ、そっちが表面だ!」
「呼び方で変わんねぇよ!!」
ガスは新聞を丸め、ルオの頭を軽く叩いた。
「……また“迎え”か。保釈金が入るたびに俺の懐が潤うから嬉しいんだよな。毎度ありがとよ」
その瞬間、鉄扉が勢いよく開いた。
「ルオさーん!迎え来たすよーっ!!」
スパンコールのストールをなびかせ、
派手な服装のシエナが駆け込んできた。
手には書類と札束、まるでショッピング帰りのようだ。
ガスが呆れたように鼻を鳴らす。
「本当に来やがったな……」
その背後から、腕を組んだリシュアが現れる。
「保釈金、払ってきたわ。……馬鹿馬鹿しいけれど」
「払ったのはわたしっすけどね!」
シエナがにこにこしながら紙を差し出す。
「いやぁ、モンマールの保険屋、ほんとしつこいんですよねぇ!」
ガスは受け取りながらハンコを押し、にやりと笑った。
「毎度あり。定期的に泊まりに来いよ、懐が潤うからな」
「うっす!検討しときます!」
「検討すんな!!」
***
外に出ると、陽の光がまぶしかった。
ルオは腕を伸ばし、気持ちよさそうに息を吸う。
「やっぱ外の空気はうめぇなぁ。魂もアップデートされた気がする」
リシュアが呆れたように腕を組む。
「お前は毎回こうなのか?」
「いや、たまたま。三回に一回くらい」
「多すぎる」
シエナが吹き出しながら笑う。
「ルオさんそれはもう立派な常習犯っすよ!」
「違うって!……ちょっとした社会実験だよ!」
その時、リシュアの腰のあたりがふっと軽くなった。
「……あれ?」
スッ…と一息、ルオは振り向くと、膝の高さくらいの小箱をおもむろに蹴り飛ばした。
「いったぁっ!!!!」
振り返ると、灰色の毛並みの小柄なネズミの獣人が転がり出た。
耳が大きく、尻尾は器用にくるくる回っている。
「チュロ、そいつはツレだ。ちゃんと返しとけよ」
「わーかったよ!返せばいいんでしょ、もー!」
チュロは頬をふくらませながら、渋々差し出した。
シエナが笑いながら手を振る。
「チュロちゃん、久しぶりすねぇ!相変わらず手癖が悪いっす」
「スってないよ!拾っただけだもん!」
リシュアが驚いたようにルオとチュロを見比べる。
「知り合いなのか?」
「クル・ノワ・ギルド所属の“チュロ”。
金の音がすりゃ、地面の下からでも顔出すスリだ」
「褒められてる気がしないよ!」
チュロはぷくっと頬を膨らませた。
「初めまして、お姉さん!チュロだよ!」
「チュロ?」
にこっと笑ってチュロが言う。
「クル・ノワではこれがあいさつなんだよ!」
「財布を盗むのがか!?」
「うん!だって金の切れ目が縁の切れ目って言うでしょ?
人と人はお金でつながるんだもん!」
「全然嘘だぞ」
ルオが即ツッコミを入れる。
リシュアは眉をひそめた。
「まさか……本気で、それが“あいさつ”だと思っているのか?」
「ほんとだもん!オレ悪いことしてないの!」
シエナが笑いをこらえながら言う。
「いやぁ、チュロちゃん筋金入りすねぇ」
ルオが顎に手を当て、ふと考え込む。
「……でもまぁ、“金でつながる”って発想は、案外悪くねぇな」
「え?オレなんか言った?」
チュロが首をかしげる。
ルオの口元がゆっくり釣り上がった。
「……思いついた。チュロ、お前、ついてこい」
「え?どこ行くの!?」
「決まってんだろ――ギルドだ!」
リシュアがため息をつく。
「またロクでもないことを思いついたな」
「ロクでもないって言うな、まだ内容言ってねぇのに!」
シエナが肩をすくめて笑う。
「ルオさんが“いいこと”考えたことなんて一度もないっすけどね!」
「うるせぇ!」
灰色の空の下、クル・ノワの喧騒が再びざわめき始めた。
四人の足音が、次の騒動を予感させるように響く――。
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金の切れ目が縁の切れ目が今回のテーマかもしれない




