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第59話 チェーンのチェーン店・釘のネイルサロン〜加盟店募集中〜③

ソレイユ区のバザールは、昼下がりでも熱気が絶えない。

人混みのざわめき、果実酒と香辛料の匂い、露天商たちの声――

そんな喧騒から一本だけ外れた細い路地に、件の店はあった。


その名も――《匠の鎖》。


10坪ほどの小さな店舗。

看板は金縁に彫り込みの装飾があり、どこか高級感を漂わせている。

磨かれた硝子戸越しに、銀の光がちらついて見えた。


シエナが目を丸くした。

「うわ……店構えは綺麗っすね! 意外っす! なんかもっとこう……錆びた鉄とか転がってる感じ想像してたっす!」


リシュアも頷く。

「……確かに、思っていたより整っている。」


ルオは腕を組み、薄く笑う。

「……やっぱりな。見た瞬間にわかったよ。

 マルセルさんは――底抜けのアホで、商売の才能が皆無で、怠惰で、真面目を装ったクズだ。

 しかも筋金入りだな。どこを切っても善人ぶったポンコツが詰まってる。もう一目でわかった。」


「なんか盛られてるっす!? さっきより悪化ししてるっす!!?」



マルセルが慌てて抗議する。


「いやいや、私は本部の言う通り真面目に――!」


ルオが首を傾げる。

「……一体、何が“本部の言う通り”なんだ?」


ルオはため息をつき、扉に手をかけた。

「まずは中を見てみようぜ。」


──チリン。


扉を開けると、鈍く光る金属の匂いと共に、整然とした店内が現れた。

棚には、銀細工のように繊細なチェーンが並び、ショーケースにはペンダントや装飾用の留め具が輝いている。


扉を開けると、

「いらっしゃいませ〜!」

明るい声が重なった。

若い店員の女の子が2人、揃った動きでお辞儀をする。制服のエプロンもよく整っていて、店内は思った以上に小綺麗だ。


シエナが目を丸くしてつぶやいた。

「店構え、めっちゃちゃんとしてるっすね……なんか思ってたのと違うっす。」


シエナが目を見開いた。

「……あれ!? 鉄の鎖の量り売り、どこにもないっす!!

 でっかいロールに巻かれたやつをガッ!て切って売るんじゃなかったんすか!?」


リシュアも周囲を見回しながら呟く。

「装身具としての鎖……の店、ということか?」


ルオが小さく笑った。

「……やっぱり途中から話がおかしいと思ってたんだよ。いくらなんでも、職人街や雑貨屋で買える“鉄の鎖”をフランチャイズ化するわけないだろ。」



リシュアは静かに腕を組み、店の外観を一瞥した。

「なるほどな……だとすると、“売れない理由”も、少し見えてきた。」


シエナがきょとんとして首を傾げる。

「どういうことっすか、あたしさっぱりわからないっす?」


リシュアはちらりとルオを見る。

「まず、場所の選び方が根本的に間違っている。――そう言いたいんだろう、ルオ。」


ルオは口の端を上げ、指先で看板をトントンと叩く。

「その通り。装身具としてのチェーンの需要を考えてみろよ。

 “誰が、いつ、どこで”使うのかを。」


シエナが指を立てて思い出すように言う。

「えーっと……時計をぶら下げるやつとか、神父さんが胸の十字架につけてるのとかっすかね?」


リシュアが淡々と補足する。

「それと、銀行員やホテルの従業員、貴族たちの飾り鎖だな。

 どれも“それなりの地位と身なりを整える層”が買うものだ。」


ルオが顎をなでながら店の通りを見渡す。

「つまり――このバザールに来る一般客の層とはズレてるってことだ。

 ここは日用品や食材、安物雑貨の通りだ。

 “貴族の懐中時計チェーン”なんて、誰が通りがかりで買うんだよ。ソレイユ区で言えばミラ通りだな、あそこには大店の商店やホテルが並んでる」


マルセルは焦ったように両手を振った。

「い、いえ! 本部からは“ミラ通りの方がいい”と言われたんです!

 でも、あそこは家賃が高くて……! 私は、もっと現実的に考えたんですよ!

 人通りが多くて、家賃も抑えられる――それなら“バザールの外れ”が最適だと……!」


ルオが額に手を当てた。

「現実的、ねぇ……。なるほど、“高い場所は避ける”って判断だけは、素早かったわけだ。」


リシュアが淡々と補足する。

「本部が推奨していたのは“富裕層の集うエリア”だったはずだ。

 それを無視して“通行量”だけで選ぶのは、客層を理解していない証拠だな。」


シエナが肩をすくめ、笑いながら言った。

「つまり高級ワインを売りたいのに、ドヤ街に営業にきたみたいな話っすね。

 そりゃ誰も買わないっすよ、野菜と一緒にチェーン選ばないっすもん。」


「もういい。で、家賃はいくらだ?」


マルセルは渋々帳簿を取り出し、数字を指で示す。

「……このくらい、です。」


一瞬、沈黙。。ルオは肩をすくめ、苦笑混じりに言う。

「……なるほど。“安い”と言いながら、まったく安くない。交渉もしていないな。」


リシュアが無表情のまま眉をひそめた

「固定費の削減という言葉だけ覚えて、中身を考えない、無能の典型だな」


ルオが周囲を一巡してから、軽く顎をしゃくった。

「リシュア、他に気づくことはないか?」


リシュアは棚に並ぶ商品を手に取り、鎖の細工をじっと眺めた。

「……そうだな。値段が異様に安い。」


マルセルが即座に反応した。

「そうです! 私はお客様に買いやすい価格で、誠実な商売を――!」


ルオが静かに遮った。

「勝手に値下げしてるな?」


シエナが目をぱちくりさせる。

「え、どういうことっすか?」


ルオは棚の値札を指で弾きながら言った。

「利益率の話のときから違和感があったんだ。

 ここのチェーンの価格、相場より二、三割は安い。……そうだろ、リシュア?」


リシュアが軽く頷く。

「うむ。材質と加工から見ても、確かに割安だな。このクオリティならもっと値段がするものだろう」


ルオは肩をすくめ、呆れたように言った。

「利益が五割出るように設計された商品を、勝手に三割下げてるんだ。

 そりゃ利益も出ねぇだろ。」


マルセルは顔を引きつらせながら反論した。

「し、しかし! 売れない商品を抱えていたら在庫リスクが――!」


ルオは即座に切り返す。

「そりゃ生鮮食品とか、流行りモンの話だろ。

 チェーンは腐らねぇ。在庫は資産だ。それも理解してない奴が小売業始めるなんて自殺志願者か?」


マルセルはぐうの音も出ず、目を泳がせた。


静寂。

――からの、シエナが両手を叩いて爆笑する。

「ルオさんえぐいっす!お父さんくらいの年齢のおじさんに容赦なさすぎっす!」


ミモザが金髪を弄びながら楽しそうに微笑む。

「ふふ……今日のルオちゃん、調子いいわねぇ。追い詰め方が芸術的♡」


リシュアは淡々と腕を組んだまま。

「……もはや尋問の域だな。」


マルセルは真っ青な顔で、わずかに口を開く。

「わ、私はただ……誠実に……」


ルオが肩をすくめた。

「誠実さは免罪符じゃねぇんだよ。」


シエナが吹き出しながら言う。

「“マルセルさんをボコる会”開幕っすね! 

この人、でもとかしかししか言わないし

なんかスッキリするっす!」


――次回、マルセルさんをボコる会はまだまだ続く。

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