第58話 チェーンのチェーン店・釘のネイルサロン〜加盟店募集中〜②
元役人を名乗る男が語ったのは――
“誠実さ”で商売が成り立つと信じた者の物語だった。
彼は「フランチャイズ」という言葉に夢を見て、
金を払い、看板を掲げ、店を開いた。
けれど、売っていたのは――鎖。
誰も買わず、誰も来ない。
それでも男は信じていた。「きっと指導があるはずだ」と。
クル・ノワの空気が濁る中、
またひとつ、“正しすぎる失敗”が始まる
一礼した。
「……改めまして、マルセル・デュペと申します。」
声は落ち着いているが、どこか自負がにじむ。
ルオが気だるげに顎を乗せる。
「で、どんな話です? フランチャイズとか言ってましたけど。」
マルセルは胸を張り、まるで講義でも始めるように語り出した。か
「ええ。フランチャイズというのはですね、ソレイユ区で流行り始めた新しい事業形態なんです。
成功した商売を“パッケージ化”して、加盟希望者を募る。
加盟金とロイヤリティを受け取る代わりに、本部が“経営ノウハウ”や“ブランド”を提供する――
つまり、誰でも成功できる仕組みというわけです。」
そして、誇らしげに言葉を続ける。
「ノウハウがなくてもいい。経験がなくてもいい。
私のような者でも、誠実に取り組めばきっと結果は出る――
そういう趣旨だと、私は理解しました。」
シエナが首を傾げた。
「……ふーん。まぁ、聞こえはいいっすけど……ちょっと夢見すぎな気もするっすね。」
ミモザがゆるく微笑む。
「でも、“誠実さ”って言葉、嫌いじゃないわ♡」
ルオは肘をついてため息をつく。
「で、詐欺だってことですよね? 何がどうなったんです?」
マルセルは深いため息をついた。
「……えぇ、鎖がまったく売れないんですよ。」
沈黙。
シエナが思わず叫ぶ。
「そりゃそうっす!!! 鎖っすよ!? 鎖!!
“あー、今日たまたま鎖が必要だなぁ、開いててよかった匠の鎖!”
――なんてこと、人生で一回でもあったすか!?」
リシュアが腕を組み、冷静に補足する。
「……確かに。“衝動買い”という言葉から、最も遠い商品だな。」
マルセルは椅子の背にもたれ、落ち着いた声で言った。「いやしかし、本部からは“需要がある”と説明を受けてましてね。」
ルオが片眉を上げる。
「へぇ、どのくらいの“需要”があるって?」
マルセルは真面目な顔でうなずいた。
「家でも、街でも、工房でも――あらゆる場所で使われているんです。貴族も、教会も、宿屋も、商家も。誰もが日常のどこかで手に取る。なくてはならないものですよ。」
リシュアが腕を組み、少し考え込む。
「……まぁ、言われてみれば鎖って案外どこにでもあるかもしれんな」
シエナも首をかしげながら同意する。
「門とか看板とか、荷物とか……あー、言われてみれば確かに、なくはないっすね。」
マルセルはすかさずうなずいた。
「でしょう? だから私は、人の流れが多く、商家や宿が集まる場所を選んだんです。
街の要であるバザールにほど近く、昼も夜も人が途切れない。
“誰もが通る場所なら、誰かが買う”――そう考えて出店しました。」
ルオはは腕を組みながら呟いた。
「聞くだけなら……立地としては悪くない。問題は“誰が何を買うか”だな。」
ルオが帳簿を軽く叩きながら尋ねた。
「……で、利益率は?」
マルセルは眉をひそめ、深刻そうにうなずいた。
「そこも問題なんです! 本部では“五〇パーセント以上は取れる”と言っていたのに、実際はすごく低くしか売れないんですよ!」
シエナが腕を組んで考える。
「うーん……まぁ、鎖っすもんね。そんな高く売れないっすよね。」
リシュアも淡々と同意する。
「重量の割に単価が安い。……それは当然の結果だろう。」
マルセルは肩を落とし、机の上のカップを見つめた。
「やはり、詐欺なんでしょうか……」
小さく息を吐いて続ける。
「私はただ、誠実な商売がしたかったんです。
人の役に立って、感謝されて、それで暮らしていければと思って……。
それなのに、なぜこうなってしまうんでしょうね。」
ルオが帳簿を閉じて、顔を上げた。
「本部からの経営指導ってのは、あるんだろ?」
マルセルは真剣な表情でうなずいた。
「あるはずなんです。契約書にも“経営指導があります”と、はっきり書いてありました。
なのに、一度も来てません!」
リシュアが眉を寄せる。
「……来ていない? 本部の者が、現地にか?」
「そうです!」
マルセルは声を強めた。
「開店して半年、一度も顔を見せない! 本来なら、本部が来て経営状況を確認し、“こうすれば売れる”って手取り足取り教えてくれるはずでしょう!
加盟金も払いましたし、毎月のロイヤリティだって、経営指導料としてちゃんと支払ってるんですよ!」
リシュアは少し考え込みながら言った。
「……ふむ。たしかに、支払っているのなら何らかの対応はあって然るべきか。」
シエナもうなずく。
「たしかに、“フランチャイズ”ってそういうサポートあるっすよね。
人が来て“こうやるんすよ〜”って教えてくれる感じっす!」
マルセルは胸を張り、さらに言葉を重ねた。
「そうでしょう!? それが普通ですよね!?
それなのに、誰も来ないんです! こっちは誠実に払ってるのに!」
ルオが小声でぼやく。
「……へぇ、まぁ、来てくれたほうが楽だわな」
マルセルは拳を握りしめ、声を震わせた。
「……やはり、私は騙されたんでしょうか!?
本部は“誠実に努力すれば成功できる”と言ったんです!
私は信じて、全てを賭けた! それなのに……それなのに、誰も助けてくれない!!」
シエナが肩をすくめて言う。
「いやいや、鎖が売れると思ってる時点で、騙されたとかそういう問題じゃないっす。
見えてる穴に落ちたって感じっす。」
リシュアも静かに頷く。
「高い勉強料になったな。だが、身銭で学んだ知恵は残る。……たぶん。」
マルセルは言葉を失い、視線を落とした。
静寂の中、ミモザがワイングラスを回しながら、ゆるく微笑む。
「ルオちゃんはどう思うの?」
ルオは腕を組み、少し考えてから、淡々と――しかし容赦なく言い放った。
「そうだな…マルセルさんが、底抜けのアホで、商売ってものをまるで理解してないことは、よくわかった。」
マルセルの眉がピクリと動く。
「なっ、なんですって!?」
ルオはまったく悪びれず続けた。
「いや、感心してるんだよ。あんた、鏡の前で“商売とは誠実さだ”とか言ってそうだろ?
でもな、“誠実さ”ってのは商品じゃねぇ。“結果が出た後に他人が勝手にくれるオマケ”なんだよ。」
ミモザがくすくす笑いながらワインを回す。
「ふふ……刺さる言葉ねぇ♡」
マルセルは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「どういうことですか!? 私は真剣に――」
「まぁまぁ。」
ルオは手をひらひらさせながら、面倒そうに椅子を立った。
「怒るなよ。とにかく――現実を見りゃ早いだろ。
ほら、店に行ってみようぜ。」
シエナが腹を抱えて笑う。
「うわー、久々にキレッキレっすねルオさん! もはや死体蹴りっす!」
リシュアは静かに水を飲みながら言った。
「……まだ息はしているだろう。」




