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第57話 チェーンのチェーン店・釘のネイルサロン〜加盟店募集中〜①

ピノワ島の騒動がようやく落ち着いたある朝。

クル・ノワ探索者ギルドに、また一人“妙な客”が現れる。

今回の依頼は――どうやら商売の話らしい。

ただし、その商売、聞けば聞くほど怪しい--鉄とサビのの匂いがした。


朝のクル・ノワ探索者ギルド。

まだ煙の残る灰色の光が、汚れた窓越しに差し込んでいた。

いつものように、酒瓶と書類と溜め息が同居するテーブル。


カウンターの奥では――

金の髪をゆるくまとめ、グラスを磨く影が一つ。

ミモザ・ルメル。性別に囚われない人。

派手な化粧と艶っぽい声で知られる、クル・ノワ唯一の“良心”と呼ぶ人もいる。

その口元には、今日も薄い笑みが浮かんでいる


「ねぇルオちゃん。ピノワ島の話、また載ってるわよ。“無名の旅人が島を救う”だって。」


ルオは帳簿をめくる手を止め、肩をすくめた。

「無名なら俺じゃないな。」


「そっすよね。」

シエナが頬杖をついて笑う。

「“縁天詐欺の首謀者”で、".選ばれなかった達"の敵で労働者からは悪魔のように嫌われてますもんね!」


ミモザがくすくす笑いながら新聞を畳んだ。

「ふふっ、でもまぁ――今回は救世主扱い。たまには悪くないでしょ?」


リシュア「……世間はすぐ掌を返す。」


ミモザは笑みを残したまま、ルオの方へ身を乗り出す。

「そんな“いい人”にお願いがあるのよ。」


ルオが目を細める。

「嫌な前置きだな。で、今度は何を売る?幽霊屋敷か?保険か?それともまた島?」


ミモザ「売るんじゃなくて、“救う”の。……あなた、今お金ないでしょ?」


ルオ「……は?」


ミモザが指先でルオの帳簿を軽く叩く。

「ピノワ島の権利はある。でもそれ、今すぐ動かせるお金じゃない。

 土地があっても腹は満たせないのよ、ルオちゃん。」


ルオは苦笑した。

「……よく見てるな、相変わらず。」


ミモザは扇子で口元を隠して笑った。

「それにね、“縁”にもなるかもしれない話よ。」


ルオ「……妙な前置きだな。で、何をする?」


ミモザはカウンターの下から一通の封筒を取り出した。

封蝋には、金の鎖の紋章。


「依頼人は《マルセル・デュペ》。

 元お役所勤めの真面目な人なの。早期退職金の大半を《匠の鎖》っていうフランチャイズに突っ込んで、

 本部が何もしてくれないって泣いてるのよ。」


ルオが眉をひそめる。

「……匠の、鎖?」


「鎖って、あの鎖っすよね?」

シエナが首をかしげる。

「つまり――チェーンのチェーン店ってことっすか!?」


一瞬の沈黙。


ルオが呆れたように呟く。

「……一見聞いただけで、失敗しそうな商売だな。

そんなアホみたいな名前の店に投資するやついるのか?」


リシュアが眉をひそめる。

「次は釘のネイルサロンでも始めるのか?」


「くっ、釘のネイルサロン……!」

シエナが腹を抱えて笑い出した。

「意味わかんないっす!!鎖のチェーン店もおんなじくらい意味わかんないっすけど!!」




ミモザが肩をすくめ、扇子をパチンと閉じた。

「――その本人が、もう来てるのよ。そこら辺にしときなさいな。」


「……あの、入ってもよろしいでしょうか?」

声の主は、妙に丁寧で、どこか芝居がかった抑揚だった。


扉が開き、灰色のスーツに身を包んだ中年男が姿を現す。

髪は七三に分け、靴はやけに磨かれている。

ルオの前に来ると、形ばかりの一礼をして口を開いた。


「マルセル・デュペと申します。」

語尾が上ずり気味で、それでいて妙に尊大だ。


「長らく地方庁舎の都市整備課に勤めておりましてね。民間に出た以上、社会に貢献しようと――小規模ながら《匠の鎖》というフランチャイズに加盟しました。」


「あ、どうも。」

ルオが気怠そうに手を上げた。

「で、本当に――鎖を売るんです?」


シエナが思わず口を挟む。

「いやいやいや、鎖なんて職人街でも雑貨屋でもいくらでも売ってるじゃないっすか。本当に売れると思ったんすか?」

 


マルセルは当然のように頷く。

「ええ。"匠の鎖"は鎖を扱う専門店です。鉄鎖、銅鎖、真鍮鎖――あらゆる鎖を、信頼の象徴として販売しています。

 鎖は“人と人を繋ぐ絆”、すなわち“縁”。

 我々はその縁を、国中に広げようとしているんです。」


ルオの顔がぴくりと引きつる。

「………………は?」


ルオはこめかみを押さえた。

「縁? 人と人を繋ぐ絆? めちゃくちゃ胡散くせぇじゃねぇか!」


「…ぶふっ!」

シエナが腹を抱えて笑った。

「やばすぎっす!……ルオさん“棚上げ”の規模が倉庫業っすよ!滑車で上げて、二度と下ろさないやつっす!!」



リシュアが淡々と付け加える。

「“縁”とか“信用”とか言ってるやつがいちばん信用できないのは、身をもってわかった。言っていることは、お前とまったく同じだぞ。」


「違ぇよ!!」

ルオが慌てて反論した。

「俺は……もっとこう、理念を……もう少し……温かみを持って……柔らかく……」


シエナが机を叩きながら爆笑した。

「反論が弱いし、途切れ途切れすぎっす!!」


ミモザは上品に笑った。

「まぁまぁ、彼は真面目な人なの。笑っちゃだめよ。」


マルセルは咳払いをして、少し声を張る。

「……冗談でも笑えませんよ。こちらは真剣です。

 私はね、長年行政にいた身として、誠実な努力が報われない現状を変えたいと思っているんです。」


シエナが息を切らして笑い続ける。

「ルオさんが“縁”と“信用”の話聞いて、完全に顔引きつってるの……めっちゃウケるっす!!お腹つるっす!」


「もうだめっす……腹筋終わったっす……!」

シエナは椅子にもたれ、涙を拭きながら笑い転げた。


ルオがため息をつきながら言った。

「わかったわかった、マルセルさん。とりあえず話を聞くよ。」


ミモザが微笑み、静かに言った。

「いいわねぇ。やっぱり、こういうときのルオちゃんは頼りになるわ♡」


フランチャイズ【franchise】


〔仏〕名詞


① 本部フランチャイザーが商標・経営ノウハウ・仕入れルートなどを提供し、

 加盟者フランチャイジーがそのブランドを用いて事業を運営する制度。

 均一な品質と即時の市場参入を可能にする仕組みで、

 ヴァルメリア商環連合の主力業態として広く普及している。


② 理念上は“個人の独立支援”を謳うが、

 実際には“契約的従属”の形式を取ることが多い。

 加盟料・ロイヤリティ・仕入れ義務の名のもとに、

 本部と加盟者の関係は“再雇用”に近い構造を持つ。


③ そのため、フランチャイズはしばしば**“中間の希望”**と呼ばれる。

 独立する勇気も、会社勤めを続ける忍耐も、

 下調べをする勤勉さも持たない者が見る、最後の夢である。

 そして夢の終わりに残るのは、看板とマニュアルと、

 誰のものでもない在庫である。


〔補説〕

 契約書の平均読了率は一割前後とされ、

 それでも「理解したうえで夢を買った」と記録される。

 この商法はここ十数年で急速に広まったに過ぎず、

 街の統計は、夢の普及速度に比べて廃店の集計がいつも一歩遅い。


――『新冥界国語辞典』より

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