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第56話 ピノワ島リゾート詐欺のテーマパーク〜技能実習中〜⑧

「ルォサァン!! おばあちゃんからお手紙とルーメンポーチが届いたのだ!!」

――そんな叫びから始まった、ピノワ島の大騒ぎ。

新聞広告ひとつで島中がざわつき、スカーフをなびかせたおばあちゃん軍団が桟橋を占拠。

ひまわり模様の袋を手に、みんな笑顔で押し寄せる。

だがその裏で、コーヒー片手にニヤリと笑う男がひとり。

島に光が差した理由? たぶん、それだけじゃない。

ピノワ島・次の定期便


新聞の広告効果は想像以上だった。

次の定期便では、前回を上回る数の婦人たちが島にやってきた。

彼女たちは色とりどりのスカーフを揺らしながら桟橋を渡り、

手にはひまわりの刺繍が入った小さな袋――ルーメンポーチを抱えていた。


それだけではない。

島のミニハムズ宛にも、バルメリア市中からルーメンポーチが届き始めていた。

前回島を訪れたおばあちゃんたちが、新聞の広告を見て、

「自分も贈りたい」と手紙と一緒に送ってきたのだ。




やがてその想いは、潮のように島全体へ広がっていった。

古い家には灯りが戻り、港の小屋には新しい看板が立ち、

笑い声が、久しく絶えていた小道を通り抜けていく。


郵便船の便が増え、海辺の宿も少しずつ建て増しされ、

島の空気にはどこか“始まり”の匂いが漂っていた。

誰もが思った――

この島には、ようやく光が差し始めたのだ、と。



「ルォサァン!! おばあちゃんからお手紙とルーメンポーチが届いたのだ!!」


ハミュが駆け込みながら封筒を掲げる。

顔中が嬉しさでいっぱいだった。


彼は便箋を取り出し、誇らしげに読み上げる。


『お手紙ありがとうね。あなたハミュちゃんっておっしゃるのね。

可愛らしい名前。おばあちゃんは家に帰ってから、

少し前より生活に張り合いが出たわ。

もう一度ハミュちゃんに会えるよう、お小遣いを貯めなきゃね。

約束どおりルーメンポーチを送ります。

無駄遣いしちゃ駄目よ!


あなたのおばあちゃんより!』


「へけ! わかったのだおばあちゃん! 早速ひまわりの種を大人買いなのだ!!」


シエナがすかさず立ち上がる。

「わかってないし!! しかもハミュちゃん、自分もおじいちゃんっすよね!?」



ルオは新聞を折りたたみ、

港の喧噪を眺めながらゆるく笑った。


「……ルオさん、観光の誘致…じゃないっす

ハムスターのバムスター詐欺大成功っすね!!」

シエナが言う。

「全部、ルオさんの目論見どおりっすか?」


リシュアが新聞を横から引き抜き、

静かに尋ねた。



「……ルオ、一つ疑問がある。

 お前……今回、儲かったのか?

 見ている限り、お前に金が入ってきたようには見えん。」


ルオはカップを持ち上げ、淡々と答えた。

「……儲かりゃしねえよ。

 ルーメンポーチが届いたって、所詮は“お小遣い”だ。

 ミニハムズたちは少し豊かになるが、俺の懐にはほとんど入ってこない。」


「……つまり、慈善事業ってことか? らしくないな。」

リシュアが目を細める。


「たまにはいいことする時があってもいいっすよね!!」

シエナが笑顔で続けた。

「ルオさん見直したっす!! いないところで“最低人間”って呼んでたの、ちょっとだけ訂正するっす!!」


ルオは苦笑しながら、

「そんな風に呼んでたのかよ……」と、笑った。



そのとき、ハミュが胸の前でポーチを握りしめた。

声は震えていたが、まっすぐだった。


「ルォサァン……ほんとに、ほんとにありがとうなのだ。

 この島は、ルオさんに救われたのだ。

 みんな、ひまわりの種を食べてにこにこしてる。

 でも、それしか知らない。

 “食べられること”だけに感謝してるなんて

……人間らしくないのだ。」


一瞬、沈黙が落ちた。

潮騒がゆるやかに流れ、どこか遠くでミニハムズたちの笑い声が響いていた。


ハミュは小さく息を吸い込むと、続けた。


「島を救ってくれてありがとうなのだっ!! 2回も!!」


「え?……2回っすか?」

シエナが眉をひそめる。


リシュアも腕を組み、静かに言った。

「まだ隠し事があるな……詳しく話してみろ、ハミュ。」


「へけ? 2人には言ってないのだ?

 三年前くらいに、ひまわりが不作の年があって、

 その時にルオさんが来て、ご飯を買うお金をくれたのだ。

 そのおかげで、島のみんなは生き延びられたのだ。」


静かな潮風が吹き抜ける。


シエナがほっと息をついた。

「……なんだ、いい話じゃないっすか!

 よかった、またルオさんの評価を“最低人間”に戻さなくて済んで。」


しかしリシュアは、ゆっくりと低く言った。

「まて……シエナ、安心するのは早いぞ。

 ハミュ、その時にルオに何を要求された?」


ハミュが無邪気に首をかしげる。

「へけけ? ビーチと宿屋さんあたり一帯の権利なのだ?」




沈黙。




シエナがゆっくり顔を上げ、目を見開いた。

「……え、ちょっと待って。

 ルオさん、それって――地上げじゃないっすか!?」


リシュアが新聞を折りたたみながら、淡々と続ける。

「いや……地上げというより、“地価操作”だな。

 需要を作ってから、土地の価値を上げる。」


ルオはコーヒーを一口すするだけで、何も言わない。


「……つまり」

リシュアが低い声で続けた。

「詐欺そのもので金を稼ぐのではなく、“島の価値”を育てていた、ということか。」


うなずく。


「し、知らん顔してうなずくなっすよ!!」

シエナが身を乗り出す。

「感動の島再生が、まさか“再開発プロジェクト”だったなんて……!

 こっちは涙で鼻までかんでたのにっ!!」



ルオは肩をすくめ、コーヒーをひと口。

「ま、結果的に誰かが得してるなら、それでいいだろ。」


シエナが眉をひそめる。

「……いや、そう言われるとムカつくのに、反論できないのが腹立つっす!」


リシュアが静かに笑った。

「たまにはいい。お前にしては、珍しく副作用のない詐欺だった。」


「副作用のない詐欺ってなんすかそれ!」

シエナがすかさず突っ込み、

ハミュが満面の笑みで両手を広げる。


「へけっ! ルォサァン、島を救ってくれてありがとうなのだっ!!」


やがて、遅い朝の陽がのぼりはじめた。

海に照り返る光と白い砂浜が、ゆるやかにきらめく。

――その瞬間、島全体がひとつのルーメンポーチみたいに、静かに輝いていた。

ハムスターのバムスター編(?)完結。

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