第51話 ピノワ島リゾート詐欺のテーマパーク〜技能実習中〜③
通りには昼の陽射しが射し込み、白い石畳の上に、露天の影が短く落ちていた。
風にひまわりの殻が転がり、どこかの店から炒り種の香ばしい匂いが流れてくる。
ご婦人が一人、ゆっくりと露天を眺めて歩いていた。
淡いレースの日傘、麦わら帽子。旅先の解放感に満ちた、穏やかな笑み。
「おばあちゃん、ひまわりの種おいしいよ!」
通りの端で、チビハムが声を上げた。
「あらあらまあ、可愛い店員さんだこと!」
ご婦人は屈み、籠の中のひまわりの種を覗き込む。
「一つもらおうかしら。」
その瞬間、別のチビハムがどこからともなく現れた。
「おばあちゃん! こっちのも美味しいよー! きてきて!」
「まあまあ、そんなに急がなくても――」
言い終える前に、小さな手が彼女の指を掴んだ。
「ねー、おばあちゃん! こっちも! こっちも!」
ご婦人は笑いながら通りを行ったり来たり。
ジグザグに走り回るチビハムたちに連れられ、次から次へと露天を覗いていく。
「まあまあ、そんなに走ったらおばあちゃん転んじゃうわよ!」
口ではそう言いながらも、手を引かれるまま、にこにことついていく。
やがてご婦人の腕の中は、いろんな味のひまわりの種でいっぱいになった。
塩味、はちみつ、チョコ、海苔バター。
抱えきれず、スカートの裾で包んで歩く姿は、どこか幸せそうですらある。
そこへ、ハミュが低く息を吸い込んだ。
「へけっ! ここで――警官役の登場なのだ!」
チビハムの一人がぷりぷりと頬を膨らませ、前に飛び出した。
「おばあちゃんっ!こらなの!ぷりぷりっ!」
「まあまあ、可愛いおまわりさんねぇ。」
ご婦人は笑って膝を折る。
「たくさん買いすぎて、お金をまちがってるのだっ!」
チビハムは頬をふくらませたまま、もぞもぞと怒る。
「まあ、そうだったかしら? 教えてくれてありがとうね。
じゃあ、おばあちゃん多めに渡しておくから、
おまわりさん、払っておいてくださる?」
ご婦人は財布を取り出し、銀貨を数枚渡す。
「それにこんなにたくさんのひまわりの種、
おばあちゃん一人じゃ食べきれないから……みんなで分けてちょうだいな。」
「えー! やったー!!」
チビハムたちが歓声を上げ、頬袋をいっぱいにふくらませた。
陽光の下、ご婦人は笑いながら手を振り、
「また来るわね〜!」と穏やかに去っていった。
ひとりがこっそり、ひまわりの種を口に放りこむ。
「……ぱりっ……おいしいのだ……!」
それを見た他のチビハムたちも、次々にもぐもぐしはじめる。
「おいしいのだー!」
「こっちの、もっとあまいのだー!」
「たね、とまらないのだー!」
あっという間に“詐欺の現場”はおやつ会へと変わった。
袋からこぼれた殻が石畳を転がり、陽の光を受けてきらりと光る。
ハミュは眉をひそめて言った。
「……まったく、仕事の時間に、なんてことなのだ……」
そう言いながら、自分も手を伸ばして一粒かじる。
「……んまいのだ。これは、しょうがないのだ。」
そんな彼らを見ていた老婆は、
港へ向かう坂道の途中で立ち止まり、
くすくすと笑いながら小さく手を振った。
その背中に向かって、チビハムたちが声を揃える。
「おばあちゃん、ありあとなのだーーー!!」
「おい……」
ルオが静かに声を落とし、ハミュの襟首のタプタプをつまんで持ち上げた
「説明してもらおうか。“詐欺の現場”が、どうして“おやつの時間”になってた?」
ハミュは足をぶらぶらさせながら視線を泳がせる。
「ルオサン、ちがうのだ……! ボクは止めたのだ、チビハムどもが勝手に……!」
「…ミニハムズは100歩譲ったとして、お前が頬袋を膨らませてる理由を聞いてるんだよ…」
シエナが笑いを噛み殺す。
「また失敗っすかね?」
「失敗だ。」ルオはため息をついた。
「いや、厳密に言えば“失敗ではない”かもしれん。売れた。金も動いた。満足も得た。
……だが魂が震えてねぇ。刺激も恐怖もない。これじゃただのマルシェだ。」
リシュアが腕を組み、淡々と返す。
「あれだけ売れたのだ。経済的には成功だろう。」
「だから違ぇんだって。」ルオは手を振り、空を見上げる。
「満足だけが残る取引なんて、死んだ取引だ。
ヒリつきがなきゃ、人間は“生きてる”って感じられねぇんだよ。
ビジネスってのは、信じる痛みと裏切る快感の――両方が交わる場所で初めて完成するんだ。」
。
「お客さん、ニコニコして帰ったっすけどね。」シエナがぼそり。
「……お前、ビジネスの顔して始めておいて、成功してるのに何が不満なんだ…。」リシュアが呆れる
ハミュはタプタプを引っ張られながら、しょんぼりうなだれた。
「……ルオサン、顔がいちばん怖いのだ……でも、ちょっと分かるのだ……“ヒリヒリ”って、かっこいいのだ……」
ルオはにやりと笑い、指を鳴らした。
「分かってきたじゃねぇか、ハミュ! そうだ――次だ、次!! 次は最新の観光詐…ビジネスで勝負だ!!」
「……完全に商売にカモフラージュする余裕なくなってるっすね。」シエナが呆れ気味にぼそり。
「普通に商売をすることはできない呪いにでもかかっているのか?」
リシュアがため息をついた。




