表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/73

第40話 本当にあった⁉︎詐欺の教科書〜資料熟読中〜①

ソレイユ区・バザールの朝。

屋台のパンの匂いと、焙煎豆の香りが通りを満たしていた。

ルオ、シエナ、リシュアの三人は、カフェのテラス席で朝食をとっている。


「で、その子、弟子にしちゃったんですか?」

シエナがクロワッサンをかじりながら言う。


ルオは軽く肩をすくめた。

「いや、勝手になった感じだな。…」


「あいつはいい線いってる。

 ただ、“違法行為を恐れてる”ってとこは叩き直さないと。」


「なにを言っている。お前が叩き直されたほうがいい」

リシュアが即答した。


ルオは苦笑しながら、ベーグルにナイフを入れる。



そこへ、通りの向こうから鋭い声が飛んできた。


「ルオ・ラザール!! 貴様、ここで何をしているのです!!」


エレーヌ・クロードが怒りを押し殺した表情で歩み寄ってくる。

青い制服の肩章が朝日に光った。


ルオはパンをかじりながら答える。

「なにって……朝ごはん食べてるんだけど。」


「違います!!」

「ベーグルにハムを挟んでる?」

「違います!!!」



「お前、わざと言ってるだろう。煽るな」

リシュアがこめかみに指を当てながら呟いた。



エレーヌが深呼吸して言葉を整える。

「昨日、あなたを“労働基準法違反”で逮捕したばかりですよ!? その、貴様がなぜここにいて、呑気に朝ごはんを食べているのかと、聞いているのです!!」


ルオはコーヒーをすすりながら、まるで説明会のように語りだした。

「まぁまぁ、落ち着けって。

 俺の“籍”はクル・ノワにある。あそこは区ごとに司法が独立しててね。

 犯罪者は“籍”のある区へ送還、そこから再審理――これがルールさ。」


ルオは得意げに指を立てた。

「クル・ノワは“更生者の社会復帰を促す先進的な区”でね。

 “反省よりも経済貢献を”という理念のもと、社会活動の再開を推奨しているんだ。

 つまり――経済的自己責任の早期実践、ってやつだ。」


エレーヌの眉がピクンと動く。

「……要するに、“お金を払えば出られる”ということですね?」


「言い方の問題だ。」

ルオが涼しい顔で返す。

「“社会的流動化”と言ってほしい。」


「そんな理念あるかぁぁぁぁ!!!」

エレーヌが机をバンッと叩いた。


「くそっ、次こそ絶対に出て来れないようにしてやります!!」


「未来の話をするなんて、投資家みたいだな。俺と一緒だ。」


「貴様と一緒にしないでください!!貴様のは投資ではなく詐欺です!!」


エレーヌはヒールを鳴らし、怒りのオーラを残して去っていった。


一瞬、静寂。

焼き立てのパンの匂いだけが残る。


シエナがフォークをくるくる回しながら、ぼそっと言う。

「……あの人、たぶん次も保釈金の話で戻ってくるっすね。」


リシュアがコーヒーを飲み干し、淡々と続けた。

「そしてまたお前が、“社会的流動化”とか言い出すんだろう。」


※※※

エレーヌが去ったあと、バザールの喧噪が戻ってきた。

パンの香りに混じって、遠くの屋台から客引きの声が聞こえる。


ルオは残りのコーヒーを飲み干しながら、

何気なくシエナに顔を向けた。


「ところでシエナ、“情動式遊戯”の金、いくら残ってる?」


シエナがため息をつきながら、スプーンをカップに沈めた。

「……いくらも残ってないっすよ。」



「アレノ工房の未払い残業代と、休日出勤の手当……

 あと、王都労働監督院からの制裁金、

 “労働環境の是正命令”を無視した分の加算金、

 それに――元従業員たちへの慰謝料にその他もろもろ」


ルオの笑顔がピタリと止まる。

「……おい、それ全部払ったのか?」


「払ったっす。」


「総額いくらだ?」


シエナは一瞬、遠くを見た。

「――数字にするの、ちょっとトラウマなんでやめてもらっていいっすか。」


「そんなレベルか!?」


「通帳の残高が“ほぼ概念”になりました。」


リシュアがぼそりとつぶやく。

「それ、もう“経済制裁”の域だな。」


ルオはコーヒーを飲み干しながら、

どこか遠い目をした。


「……まぁ、金は消えても経験は残る。

 経験は資産だ。次に活かせばいい。」


シエナが即座に食い気味で突っ込む。

「いや、そういう考え方が犯罪の温床っす!!」


リシュアが新聞を畳みながら、淡々と言う。

「反省する気は、やはり皆無だな。」


ルオは立ち上がり、

バザールの通りを眺めて口角を上げた。


「仕方ない、次のネタ探しがてら――

 “詐欺の教科書”でも読みに行くか。」


シエナが一瞬、理解が追いつかずに固まる。

「……え、ちょっと待って。

 “詐欺の教科書”って、ほんとにあるんすか!?」


「幽霊詩人詐欺師のジョルジュのジジイが、載ってるって言ってたやつっすよね!?」


ルオは椅子の背にもたれ、ニヤリと笑った。

「あるさ。六十年くらい前に書かれた啓蒙書だけどな。

 “古今東西の手口大全”ってやつだ。詐欺師も哲学者も並列で載ってる。」


シエナがぎょっとする。

「……なにそれ、倫理観ぐちゃぐちゃなタイトルっすね!?」


「いや、当時は“社会心理学の教材”として出てたらしい。

 “信じるとは何か”“騙すとは何か”――

 学問としての“人間の信頼構造”を研究してたんだとさ。」


リシュアが腕を組み、皮肉っぽく言う。

「つまり、お前がそれを“実地検証”したわけだ。」


「そうとも言えるな。俺は“実践派”だから。」


ルオは楽しそうに立ち上がった。

「さあ行くぞ、“次の章”を探しに。」


シエナがため息をつく。

「絶対、図書館でまた怒られるやつっすね……。」



クルノワ裁き【くるのわさばき】

名詞


① クル・ノワ地区特有の即時・即決・即金処理型の司法慣行。

 判決よりも現金、法理よりも顔見知りを重んじ、

 裏金か笑顔で全てが解決する。

 例:「あの件? クルノワ裁きでチャラになったよ」


② (転)明文化された不正のこと。

 “適応力”や“人情味”の名で呼ばれるが、

 実際は秩序の裏返しにある現実主義。

 例:「クルノワ裁きにかかれば、罪も領収書になる」


③ (比喩)

 矛盾を赦すための社会的方便。

 罪と罰の間に値札を貼ることで、

 人は“救済”と“取引”を混同するようになる。

 例:「クルノワ裁きとは、許しを外注する技術である」


――『新冥界国語辞典』より

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ