第39話 違法で非人道的で倫理が溶けてる師弟関係〜弟子入り志願中〜
クル・ノワ区留置場。
湿った石壁に差し込む薄明かりの中、新聞が一枚、鉄格子の前に滑り込んだ。
『希望と恋愛の製造は労働ではない――“デート商法運営者”逮捕
違法な時間外労働をさせた疑いなど』
ガスはその見出しを読んで、ため息をつく。
「ここに来るのが久々なのはいいんだがよぉ
……いや、これ俺が読んでも意味わかんねぇぞ。」
隣のベンチでは、ガスがあくび混じりに新聞を覗き込む。
「希望と恋愛の製造……って、どんな製造ラインだよ。ネジゆるみすぎだろ。」
ルオは頭を抱え、天井を仰ぐ。
「……ガスさん、その低俗な裏面を向けないでくれ。女の子は当分見たくない……」
「表面な!」
「え?」
「この新聞はお姉ちゃんの裸表面なんだよ!!」
ルオは苦笑しながら、ぼそりとつぶやく。
「……どうかしてたんだ、ほんとに。」
ガスが半眼で見る。
「お、珍しく反省してんのか。」
「……もっと、上手くやるべきだった……」
「反省してねぇなぁ!!!!」
ガスが鉄格子の棒をガンガン叩く。
ルオは壁にもたれて目を細めた。
「でもな、ガスさん。愛と経済の境界って、ほんとは――」
「語るな!反省してから語れ!!」
鉄格子の向こうから、看守の声が響いた。
「おら、ラザール。お迎えだぞー。」
ガスが笑う。
「今回もお前の保釈金で俺の懐が潤うな
薄給の刑務官の経済支援をする地域資源だなお前は。」
ルオは頭をかきながらため息をついた。
「ガスさんのために捕まってるんじゃないんだよね……」
看守の背後に立っていたのは、見覚えのある黒髪メガネの女性だった。
落ち着いた声で一礼する。
「お疲れ様です、ルオさん。」
ルオが目を細める。
「……シエナか? それともリシュアが来たのか?」
シエナでもリシュアでもないシルエットに
ルオが目を細める
「お前……ナビちゃんか。」
「名前があるんですけど……まあいいです。」
彼女は机の上に書類を置く。
「これ、保釈金の領収書と――事業譲渡契約書です。」
ルオが眉を上げる。
「……おい、譲渡? お前、まさか――」
「“情動式遊戯”をクリーンに再編します。
“恋を売る”んじゃなく、“誰もが帰って来れる喫茶店"として」
ルオがぽかんとした。
「……喫茶店? お前、急にカフェイン摂りすぎたか?」
「いえ、反省です。更生です。
あのままだと、次泣くの、私だったと思うので。」
「でも、“感情を資産にする”って発想はすごいと思いました。
だから――師匠って呼ばせてください。」
「やめろ。嫌な予感しかしねぇ。」
「師匠!」
「やめろ!」
「師匠ぉぉぉ!!」
「やめろォォ!!!」
留置場の面会室が、謎のテンションで明るくなる。
「いやほんと、感動したんですよ!」
「“地獄の錬金術”みたいで!」
「だからそれ褒めてねぇって言ってんだろ!!!」
ルオは腕を組み、ため息をついた。
「……しかし、喫茶店か。悪くない。
男女が自然に出会えるようにして――」
「しません。」
「ポイント制度を導入して、“笑顔レート”を可視化して――」
「しません。」
「いや、こう、“先物取引”で恋の需要を――」
「やりません。発想は尊敬してると言いましたが、
やり方はまったく尊敬してませんから。」
ルオがガラスの向こうで固まる。
「……“まったく”ってハッキリ言うなよ。」
「だって、ルオさんのやり方は違法で非人道的で倫理が溶けてたじゃないですか。」
「三拍子揃って否定されたぁ!?」
黒髪メガネはファイルを閉じ、きっぱりと言う。
「私は、“人を操る”んじゃなく、“人を迎える”店を作ります。
人の心を取引に使わず、ただ“置いていける”場所にしたいんです。」
ルオはしばらく黙って、やがて吹き出した。
「……悪くねぇ。いいじゃねぇか。
俺が壊したもんを、お前が拾ってくれるなら、それでいい。」
「ありがとうございます、師匠!」
「だから師匠やめろっつってんだろ!!!」




