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38話 新型デート商法〜ハグの確率抽選中1/350〜⑨

ソレイユ区・プラン通りのカフェ。

ガラス越しに昼の光が差し、ルオたちがいつもの席に座っていた。


帳簿を握りしめたルオは、数字を見つめていた。

「見ろ、この曲線を……“幸福供給量”が右肩上がりだ。

 感情は通貨になった。誰もが笑ってる。完璧だろ?」


テーブルの上では、リシュアが新聞を広げている。


「……おい、ルオ。お前の“情動式遊戯四号機会”、社会問題になっているぞ。」

紙面には『デートトラブル多発! 四号機会“DT”の波紋"選ばれなかったなかった者たち"被害急増』の文字。


シエナがテーブルに身を乗り出す。

「うわっ!? もう“選ばれなかった者たち”って正式名称みたいに書かれてるっす!!



「……ふふ、いいじゃないか。

 “選ばれなかった者たち”が増えるほど、街の感情は回る。

 ほら見ろ……登録数、前月比一三二パーセント増。」


平均支出額、上昇。リピート率、継続率……完璧だ。」

ルオの指先が震えはじめる。


リシュアが静かに言う。

「……もう“経済”と“感情”の区別がつかなくなっているな。」


ルオは帳簿を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。

「違う、感情こそが経済だ。

 幸福は通貨になり、期待は利息を生む――」


「出たっす、縁天モードっす!!!」

シエナが椅子をずらして距離を取る。


ルオの声が次第に高まる。

「見ろ、この街を! 愛が循環し、信頼が貨幣になる!

 これこそが俺たちの創造した“情動式市場”だ!!!」


「完全にイッてるっす……!」

「まるで宗教だな。」


その時、通りの向こうから怒号が響いた。


「おい! その子は俺と付き合ってるんだ!!」

「なに言ってんだ! 昨日“手を握った”のは俺だ!!!」


黒髪メガネを挟み、青年たちが襟を掴み合っている。


「ひぃー! “選ばれなかった者たち”が暴れてるっす!!!」


通りの別の方向でも声が上がる。


「“笑顔を見せてくれた”のは俺だ!」

「俺は“似合うね”って言われた!」


「それ全員に言ってるっすよぉぉ!!」


「“また来週も会える?”って聞かれた!」

「“またいつかね”って言われた!」


「“いつか”って言葉に気づけっすよ!!脈ゼロっす!!!」


「俺とつきあってるんだ!!」

「いや、俺と付き合ってるんだ!!」


シエナが頭を抱える。

「いや、絶対どっちとも付き合ってないっす!!」


リシュアため息混じりに

「ほら見たことか、人間の感情を確率でコントロールすることなんて出来やしない…」

と吐き出した時…


通り中が騒然とする。

テーブルが倒れ、椅子が転がる



「うわー!ヤバいっす!殴り合いに!!」

一拍。

「……ならないっす!!!」

「全員、襟つかんでユッサユッサしてるだけっす!!」


「おらー!!」「このやろー!!」

通り中に怒鳴り声が響く――が、拳は一切出ない。

ただ、全員が襟を掴んで、ユッサユッサユッサ。


シエナが叫ぶ。

「声だけっすー!!揺れてるだけっすー!!

 喧嘩じゃなくて有酸素運動っすー!!」


リシュアが低くつぶやく。

「……暴力の振るい方も知らないのか…。

 “選ばれなかった者たち”は、傷つく練習すらしてこなかった。」


ルオはその光景を見つめ、うっとりと笑った。

「見ろ……感情が渦を巻いている。

 嫉妬も焦燥も、すべて幸福の燃料だ……!

 これが人の“縁”の形だ!!」



「もうダメだな。」

リシュアがコーヒーを飲み干す。


帳簿を広げたルオは、どや顔で数字を指さしていた。

「見ろ! この“情動式収益曲線”を!

 “幸福供給量”が右肩上がりだ!! 経済が笑ってる!!」



その時、カフェの扉が開き

黒髪メガネが駆け込んできた


「ルオさん……これ以上は、本当にマズいです!」


ルオは嬉しそうに立ち上がる。

「おっ、ナビの女神じゃないか! どうした、次の“幸福イベント”の報告か?」


「違います! あの……街が、少し混乱してて……!」


「いいねぇ、混乱は感情の燃料だ!」


黒髪メガネは必死に続ける。

「“選ばれなかった者たち”があちこちでトラブルを起こしてて……!」


「よし、人気の証拠だな!」

「違います!! 襟つかみ合ってるんです!!」


「それは“スキンシップ”だ。触れ合いが生まれてる!」

「社会問題になってるんですよぉぉ!!」


ルオがが新聞を指差した。

一面に大きく見出しが載っている。


「な? 話題になってる。」

「ポジティブすぎるっす!」


黒髪メガネは額に手を当てる。

「もう……わたし、このスキーム抜けさせてもらいます!」


「は?」

ルオが固まる。


「いや、ほら……絵の販売もナビも、いい勉強になりましたけど……

 これ以上はちょっと……法的に、危なそうで!」


「おい待て、“成功報酬型幸福共有システム”を途中で抜けるな!」

「長い名前で誤魔化さないでください!」


「流行りの言葉を使うと信用が3割上がるんだ!」

「大丈夫だ、まだ第5フェーズに“情動レバレッジ”が残って――」

「だからそういう横文字が怪しいんですってば!!!」


シエナが小声で。

「ルオさん、もう諦めるっす……ナビの子が逃げてくっす……」


「裏切るのか……? 俺たちの“幸福共同体”を!?」

「いや、そもそもそんな団体じゃないっす!」


ルオは呆然と立ち尽くし――

次の瞬間、バンッと扉が開いた。


「ルオ・ラザール!!」


振り向くと、エレーヌ・クロードが立っていた。

黒衣の監督官たちが背後にずらり。


「王都労働監督院の命により、あなたを逮捕します。」


ルオは顔を輝かせる。

「え!? ついに“国が認めた”ってことか!?」


「違う!!」


ルオは机を叩き、縁天モードの目で叫んだ。

「いやいやいやいや、逮捕だと!?情動式遊戯に――違法性はない!!!」


「希望を生み、経済を回し、人の心を豊かにする!

 これが罪なら、芸術も恋も全部違法じゃないか!!!」


周囲がポカンとする中、エレーヌは腕を組んだまま一言。


「いえ――労働基準法違反です。」


「……え?」


「だから――労働基準法違反。」


「……は?」


「情動式遊戯は関係ありません。」

エレーヌは淡々と書状を広げた。

「対象は“アレノ工房”です。王都労働監督院に起訴されています。あなたが使用者として責任を負う立場にあります。」


「アレノ……工房……?」


エレーヌは淡々と書状を開いた。


「第119条――割増賃金不払い罪。

 第120条――賃金支払義務違反および労働条件明示義務違反。

 第6条――強制労働禁止。

 さらに第36条――時間外労働協定なしで48時間残業。」


「………………あの……どのへんがです?」

「全部です。」


「第119条、第120条、第6条、第36条。

 すべて該当しています。」


ルオがあわてて立ち上がる。

「ま、待て! 聞いてない!

 監査と指導が入るはずだろ!? 是正勧告とか、まずそういう順序が――!」


エレーヌが淡々と返す。

「入りました。が、あなたの工房の責任者が――

 “川イルカの布教活動を邪魔するな”と言って追い返しました。」


「……アレノォォォォ!!!」



「……いや、まてまて、情動式遊戯は“感情の創造”であって、“労働”じゃ――」


「労働ですね」

エレーヌは冷たく言い切った。

「仮に希望と感情を製造していても労働は労働です。」


エレーヌは冷たい笑みを浮かべた。

「残念ながら“情動式遊戯”に違法性はありませんでした。

 ――しかし“情動式労働環境”には、大いにあったというわけですね。」



鎖の音が静かに響いた。

ルオは両手を拘束されながらも、なお笑っていた。


「俺は悪くない……! 情動式遊戯に穴は――」


エレーヌが冷たく遮る。

「ありますね。就業規則と雇用契約書のところに。」


ルオがなおも叫ぶ。

「情動式遊戯は――止まらない!!」


エレーヌがため息をつく。

「止まります。労働基準法第32条、就業時間の上限により。」


沈黙。

鎖が鳴る。

シエナが小声で。

「……オチまで“法律に止められる”っすね。」


リシュアが新聞を丁寧に畳み、席を立った。

「さ、帰るか。」



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