37話 新型デート商法〜ハグの確率抽選中1/350〜⑧
幸福。
――四号機会の本質は、“終わらない幸福”だ。
ルオの言葉が残響のように響く中、
アトリエの扉が開いた。
黒髪メガネと、見るからに初々しい青年が肩を並べて出てくる。
ふたりは通りを抜け、隣のカフェへと入っていった。
***
昼下がりのカフェ。
磨かれた木のカウンターに光が反射し、
ガラス越しには香草ティーとケーキの香りが漂う。
まるで絵に描いたような“幸福空間”。
シエナが窓の向こうをのぞき込み、目を丸くする。
「えっ!? あの子たち、今日は画商のとこ行かないんすか!?」
ルオがコーヒーをかき混ぜながら淡々と言う。
「いや、継続中だ。」
「……継続!?」
シエナが身を乗り出す。
「うわっ、手つないだっす! えーと……小役1/12っすね!」
リシュアが冷静に腕を組む。
「お前、何をカウントしているんだ。」
「え、えーと……あっ! 今、“アーン”してるっす!!」
「……チャンス目だな。1/150。」
ルオが笑いながらカップを置いた。
「おおっ、今度は女の子が“紅茶もう一杯ください”って言ったっす!」
「リプレイか……もしくは、継続中だな。」
ルオの声はどこか愉しげだ。
「……お会計きたっす! どうなるんすか!?」
「見てろ。“ナビ”どおりに誘導して、自然に次のステップへ――」
青年が立ち上がり、少し戸惑いながら言う。
「えっと……よかったら、もう少しだけ……」
黒髪メガネが笑ってうなずく。
「うん。じゃあ、次はあっちのレストラン行こ?」
シエナが叫ぶ。
「え、えぇぇ!? 隣のレストランに入ったっす!!」
ルオは満足げに笑い、カップを掲げた。
「――継続中だ。」
***
レストランの中では、穏やかな音楽とグラスの音。
ふたりの距離はさらに近づき、
青年の表情から“緊張”がゆっくりと“幸福”に変わっていく。
シエナがそっとつぶやく。
「……あれ、ほんとに自動で進んでるみたいっすね。」
ルオが笑う。
「人は“成功体験”を繰り返すようにできてる。
一度“うまくいった”と感じれば、次も踏み出せる。
それが――“継続率”だ。」
リシュアがわずかに眉を上げた。
「つまり、確率的に幸福を維持させる構造か。」
ルオがにやりと笑う。
「そう。“当たり”が続けば、終わらない幸福になる。」
***
ふたりは絵を抱え、裏路地へ。
湿った石畳の奥、木の看板に「画商 ドーファン・ド・リヴィエール」と刻まれている。
中では、いつものように商人が待っていた。
「おや、またいい絵をお持ちで。“アレノ”ですな。」
商人が光に透かして眺め、うなずく。
「筆運び、構図、発色……悪くない。――この値で買いましょう。」
チャリン。
金貨が積まれ、青年の目が見開かれる。
「すごい……! 買ったときより高く売れた!」
黒髪メガネがにっこり笑う。
「ね、言ったでしょ? あなたは見る目があるって。
だって“信じて続けてる限り”、きっとまた当たるんだから。」
青年は興奮気味に立ち上がった。
「すごいよ……もう一回買いに行こうよ!!」
シエナが慌てて身を乗り出す。
「え、えっ!? まだ続くんすか!?」
ルオはゆっくりと立ち上がり、口の端を上げた。
「引いたな――DTループだ。」
青年と黒髪メガネは手をつなぎ、また表通りへ駆け出していく。
夕日が差し込み、二人の影が並んで伸びる。
「次も“当たり”が出るかは分からない。
けど……人は、“もう一度”のためなら何度でも賭ける。」
ルオの声はどこか楽しげだった。
シエナがパンくずを握りしめながら叫ぶ。
「ひぃー! 悪い顔してるっすルオさん!!」
ルオは片目を細め、悪魔のように笑った。
「――四号機会DT、“終わらない幸福”突入だ。」
その横で、リシュアが静かに吐き捨てる。
「……つまり、一人当たりから搾り取る額を増やしただけだろう。
なにが“終わらない幸福”だ……終わらない不幸の間違いだろう。」
カップの中で氷が、かすかに音を立てた。




