36話 新型デート商法〜ハグの確率抽選中1/350〜⑦
ソレイユ区・バザール。
昼下がりの陽がアーチ屋根の隙間から差し込み、金の飾りと香草の束を照らしていた。
露店の呼び込みが響き、果実酒の匂いが漂う。
しばらく静かだった市場に、ようやく人の声が戻ってきた。
「なんか、前よりずっと賑やかっすね!」
シエナがパンをかじりながら、行き交う人の波を見渡す。
ルオは肩をすくめて笑った。
「“逆ナン防止法”が緩くなったからな。」
リシュアが横目を向ける。
「……あれは、従業員が“目的を持って”通行人に声をかける行為を禁じる条例だったはずだ。」
「そうっす。それがプラン通りだけじゃなくて、ソレイユ区全体に広がってたんすよ。」
シエナが指を立てる。
「呼び込みも、試食販売も、客引きも全部ストップ。
商会も商工会も、“商売にならない”ってめっちゃ怒ってたっす。」
リシュアは腕を組んで、短くうなずく。
「過剰な規制は、秩序を保つどころか経済を止める。……長くは続かないさ予想通りだな。」
ルオがにやりと笑い、通りを見渡した。
「正義にも維持費がいるってことさ。
理想だけで街は回らねぇ。経済は、回してナンボだろ?」
※※※
昼の日差しが水面で跳ね、対岸の街並みを揺らして見せる。
バザールを抜け、三人は川沿いの道を歩いていた。
昼の日差しが水面で跳ね、対岸の街並みを揺らして見せる。
シエナが橋の欄干にもたれながら、川の向こうを見る
「おープラン通り側すごいっす、こっちから見ても元気なのが分かるっすね!」
「規制で止まってた商売が、ようやく息を吹き返したんだ。」
ルオが両手をポケットに突っ込み、軽い調子で言う。
「経済ってのは、流れが止まると腐る。水と同じさ。」
リシュアが真面目な顔で頷く。
「比喩としては的確だな。……ただ、その“流れ”を汚しているのもお前だが。」
ルオは肩をすくめ、苦笑する。
「汚してるんじゃない、撹拌しているだけだよ」
「屁理屈っすよ、それ!」
シエナが笑いながら橋を渡り切る。
三人の視線の先――プラン通り。
その通りは、かつて規制で閑散としていた面影がまるでない。
人、人、人。
アトリエ前にもカフェにも、笑顔と声が溢れていた。
通りの喧騒の中。
黒髪メガネの女性が、ふと立ち止まって一人の青年に声をかけた。
「ねぇ、そこの人!」
「え、ぼ、僕ですか!?」
「うん♡ 顔、赤くなってる。可愛いね。」
「てか……女の子のほうから話しかけてるっすよ!?
三号機会の時は“健全なスポーツ”とか言ってたのに!!」
ルオは腕を組み、満足げにうなずく。
「時代は進化するんだよ、シエナ。今は“四号機会”の時代だ。」
リシュアが眉をひそめる。
「また新型か。……今度は何が違う…?」
「ルオさん、三号機会の時も“革命だ”って言ってたじゃないっすか?
あれ、結局どうなったんすか?」
ルオは苦笑して、肩をすくめた。
「三号機会は、失敗とは言わない。……だが、間口が狭すぎた。」
リシュアが淡々と補足する。
「技術と知識を競わせる――“恋愛をスポーツ化”した…とか言っていた、あれか。」
「そうだ。正確には“技術と経験の遊技機会”だった。」
ルオは指で空を指すようにして語りだす。
「読み、タイミング、駆け引き――全部、頭を使う。
だけどな、それじゃ一部の上級者しか楽しめないんだ。」
シエナが目を丸くした。
「つまり、“モテる人だけ得する仕様”だったっすね!」
「言い方ぁ!」
ルオが笑いながらコーヒーをすすぐ。
「でもまぁ、そうだ。三号機会は“選ばれた者の遊び”だった。
誰もが遊べる構造じゃなかった。それが最大の欠点だ。」
リシュアが皮肉っぽく言う。
「珍しく反省しているように聞こえるな。」
「俺はいつだって市場の声に耳を傾けてる。」
ルオが胸を張る。
「だから四号機会では、“誰でも楽しめる”をテーマにした。」
シエナがあきれ顔で言う。
「なんか、すごく軽く聞こえるっすけど……それ、真面目な話っすか?」
「真面目さ。“恋愛のユニバーサルデザイン化”ってやつだ。」
ルオはどこか誇らしげに続ける。
「難しい操作はいらない。知識も経験もいらない。
ただ、“ナビ”の指示どおりに進めばいい。
それで誰でも、“デートの快感”を味わえる。」
リシュアが腕を組み、ため息をついた。
「……つまり、三号機会の反省を踏まえて“誰でも騙される”設計にしたというわけか。」
「違う、“誰でも楽しめる”設計だ。」
ルオは真顔で言い切る。
「三号機会は“努力ができる者”の遊びだった。
四号機会は、“選ばれない者にも夢を見せる”遊びだ。」
通りのざわめきの中。
黒髪メガネの女性が、ふと立ち止まって青年に声をかけた。
「ねぇ、そこの人!」
「えっ!? ぼ、僕ですか!?」
「うん 顔、真っ赤になってるよ。可愛いね。」
青年はしどろもどろになりながら答える。
「い、いや、その……何かご用ですか?」
「ご用っていうか……少し歩こ?」
そう言って、彼女は自然に青年の袖をつまんだ。
「え、えぇぇっ!? あ、あの!?」
「ほら、そんなに驚かないで。歩幅、合わせて?」
「は、はいっ!」
青年はぎこちなく足を揃える。
彼女はちらりと横目で見て、にこっと笑った。
「うん、上手。……それとね、もうちょっとこっち歩いて?」
「こ、こっち?」
「うん。男の人が、道路側を歩くんだよ。危ないから。」
「あ、そ、そうなんですか!? す、すみません!」
「いいの。ちゃんと気づけたから、えらい」
青年は、どんどん顔を赤くしながら前を向く。
「な、なんか……言われると全部正しい気がして……」
「はい、手!」
「え?…手ですか?」
「え、あのっ、えっ、えぇぇっ!?」
「大丈夫、大丈夫。手、つなぐのって――ほら、“自然な流れ”でしょ?」
二人がアトリエに入るのを見届けて、シエナがパンを喉に詰まらせた。
「な、なにあれっすか!? 完璧にスクリプト化されてるっす!!」
リシュアが静かに腕を組む。
「……誘導、保護、褒め……あれは恋愛の“自動運転”だな。」
ルオは口元を緩め、満足げに頷いた。
「そう。“四号機会”――誰もが失敗しない構造。
迷わず、傷つかず、ナビ通りに幸福へ導かれる。」
シエナが眉をひそめる。
「でも……そんなの、考えることまでいらなくなっちゃうっすよ?」
ルオが笑う。
「それがいいんだよ。考えすぎると人は臆病になる。
踏み出せない、話せない、笑えない。
だったら、最初の一歩だけでも自動化してやればいい。
“安心”は最大の誘因だ。」
リシュアが低くつぶやく。
「……つまり、思考を奪うことで、恐れを消したわけか。」
ルオはカップをテーブルに戻し、指先で軽く叩いた。
「そう――それが、“四号機会・DT”だ。」
シエナが瞬きをする。
「DT……って、なんの略すか? 童……」
「違う。デートタイムだ。」
ルオが即答した。
「で、デートタイムっすか!?」
「そう。あらかじめ“ナビ”が組まれてる。
相手に任せて、タイミング通りに動くだけで、
自然と会話が弾み、恋が進行する。
リードが苦手な者でも、“成功体験”が得られる。」
シエナが口を尖らせる。
「……要するに、全部相手にお任せってことっすね?」
「そうとも言えるが、違うとも言える。」
ルオはわざとらしく間を置き、にやりと笑う。
「“導かれている”ようで、“導いている”と錯覚する。
――それがDTだ。」
リシュアが腕を組み、低くつぶやく。
「……つまり、“考えずに動く幸福”と言うことか。」
「それだけじゃない…」
ルオは指を鳴らし、ゆっくりと笑った。
「手をつなげば笑顔が返ってくる。
笑えば褒められる。
褒められたら――次のチャンスが“自動で”やってくる。」
光の粒が水面を跳ね、ルオの頬を照らす。
「そう。“一度つかんだ幸せ”が、次の幸せを呼ぶ。
止まらない、続いていく――まるで“幸福のループ”さ。」
シエナが半歩下がり、顔を引きつらせる。
「ひ、ひーっ……ルオさん、今めっちゃ悪い顔してるっす……!!」
ルオは笑みを深め、低く囁いた。
「――四号機会の本質は、“止められない幸福"だ!」




