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34話 新型デート商法〜ハグの確率抽選中1/350〜⑤

ソレイユ区プラン通り。

昼下がりの陽光が石畳を照らし、アトリエの前には数人の若い女性たちが立っていた。

しかし、以前のように元気よく通行人に声をかける姿はない。

笑顔を作っては立ち止まり、通り過ぎる客をちらりと見る――

その仕草には、ためらいと緊張が入り混じっていた。


シエナが眉をひそめる。

「……なんか、みんな“声かけたいけどかけられない”って顔してるっすね。」



そのとき――

通りの空気を切り裂くように、澄んだ声が響いた。


「――ルオ・ラザール!!」


ルオが足を止める。

振り返った先、

人々の間を割って立つひとりの女警官。


黒髪をきっちり束ね、青い制服の肩章が陽光を反射している。

冷たい眼差しと真っすぐな背筋。

――エレーヌ・クロード。

ソレイユ地区警察・情報監査課、経済犯罪担当の刑事。


彼女は無表情のまま、ルオを射抜くように見据えた。


「あなたの悪事はすべて筒抜けです。

 先日より施行された“商業誘引防止条例”により、

 ここソレイユ区では従業員が目的を持って通行人に声をかける行為は一切禁止となりました。

 ――つまり、あなたの“情動式遊戯”も、ここまでです。」


シエナが小声で悲鳴をあげる。

「ひっ!? あ、あれ、“縁天”のときの刑事さんっすよ!!意味ありげに出てきたのに、あれ以来久々っす。めっちゃ怒ってるトーンっす!!」


リシュアがため息をつく。

「警察も本気を出してきたな。

 だから言ったんだ、“やりすぎると痛い目をみると。」


確かに、通りの光景は変わっていた。

以前のような笑い声も、誘い文句も消え、

代わりに、制服姿の警邏がゆっくりと往来を巡回している。


ルオは静かに笑い、両手を軽く上げた。

「……ああ、エレーヌさん。その通りだ。

“商業誘引防止条例”、通称逆ナン防止条例…

 まさか“恋と商売の境界線”にまで条例ができるとはね。

 いや、参ったよ。警察の勝ちだ。」


エレーヌは表情を崩さず、一歩前へ出る。

「わかればいいのです。――では次はかならず証拠を揃えた上で、“詐欺の首謀者”として正式に逮捕に伺いますよ!!」


シエナが小声で震える。

「ルオさん……ついに詰んだっす……。」


ルオは笑い、空を見上げた。

「詰みかどうかは、まだわからん。

 規制の足音はいつも静かだ――でも、“希望”は、どんな法でも取り締まれない。」


その直後、通りの向こうで聞き慣れない声が響いた。


「あ、あの……今、お暇ですか?」


シエナが振り向く。

「ん? えっ、男の人が声かけてるっす!!?」


アトリエ前では、スーツ姿の青年がぎこちなく立ち、

黒髪メガネの女性――かつての“情動式遊戯”スタッフの一人に話しかけていた。


彼女は一瞬きょとんとしたあと、

急に生き生きとした笑みを浮かべた。

「うん! 今ちょうど暇だったんだ!」


シエナが口を押さえる。

「え!? あの人、従業員側じゃないっすよね!?

 条例違反じゃ……ないっすか!?」


リシュアが冷静に補足する。

「“商業誘引防止条例”は、“従業員が客に声をかける行為”を禁じている。

 ――だが、“客が従業員に声をかけるな”とは、一言も書かれていない。」




青年は勇気を振り絞った声で続ける。

「じゃ、じゃあ……一緒に、カフェでもどうですか?」


黒髪メガネが首を傾げて、笑う。

「うーん……そこは、あんまり行きたくないかなぁ。」


「くそ…!!」


「……あ、フラれたっす!!!」


周りにたむろしていた男たちがざわめく

「あんな、やり方じゃダメだ…俺なら」

「よし、次俺行ってくるぜ!!」



ルオが椅子に深く腰を下ろし、指を鳴らす。

「……ふっ、きたな。“情動式遊戯――三号機会”だ。」


リシュアが額を押さえる。

「次は三号か安直な…今度はなんだ?」


ルオの声が静かに、しかし熱を帯びて響いた。


「人は“正常性バイアス”で、

 自分から声をかけたんだから、詐欺じゃないと思い込み、


 “正当化バイアス”で、

 これは努力で得た恋だから、価値があると信じ込む。


 ――そうやって、“縁”は正当化され、

 “欲望”は、愛の顔をする。」


リシュアが小さくつぶやく。

「……つまり、“納得して騙される”仕組みか。」


「そうだ…恋に一番必要なものはなんだ…?

--そう駆け引きだ…それは商売も同じ。」


ルオはテーブルを指でトントン叩き、さらに熱が入る。

「そしてだ!! “衆目の中で自分だけが成功する快感ッ!!”」

「まわりが外してる中、自分だけ当たる!

 見られてるから、もっと頑張っちゃう!

 競えば競うほど、気持ちよくなる!!」


シエナが「なんかの講演会始まってるっす!」と突っ込む。


ルオは指をひらひらさせながら続ける。

「つまり――“技術”と“知恵”と“経験”の遊技機会だ!」

「運だけじゃない!読み、駆け引き、タイミング!

 もはや恋愛と競技の融合――そう、“スポーツ”だよ!!」


リシュアがコーヒーを口に運びながらぼそっと言う。

「……スポーツって言い切ったな。」


ルオは得意げにうなずく。

「“情動式遊戯・三号機会”――バルメリアに、健全な競技の風を吹かせようじゃないか!」


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