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第27話 気のせい不成立〜退去勧告中〜⑥

朝のジョルジュ邸。

ルオ、リシュア、シエナが現場に到着すると、門の前でチュロが半泣きになっていた。


「ルオー!! 朝から変なおじさんが中にいて、ぜんっぜん出ていかないの!!」


ルオが片眉を上げた。

「変なおじさん? 昨日の好色ゴーストなら、とっくに成仏しただろ。」


シエナが首を傾げる。

「まさか新しい霊じゃないっすよね……?」


中に入ると――

陽光の差す屋敷の中央、片膝をついて祈る神父の姿があった。

静寂と埃の中、聖句が低く響く。


「……主よ、この地に宿る光をお守りください。

 未だ迷う魂はここにあり、わたしはその導き手にございます……。」


ルオが額を押さえた。

「おいおい……なんでまだいる。」


神父はゆっくり顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべた。

「――神が、ここにおられるのです。」


「……は?」


「この屋敷は浄められた。主はその光を気に入られた。

 わたしが去れば、主もまたこの地を離れるだろう。

 ゆえに――わたしは離れられぬ。」


ルオが一瞬、絶句して、口の端を引きつらせた。

「やられた……そこまでするか……。」


「どういうことすか?!」


リシュアが眉間に皺を寄せ答えた

「どう見ても居座るつもりだろう…」


シエナが頭をかきながら叫ぶ。

「いや、そんなの中央大審院に訴えればいいんじゃないっすか!?

 “居座り神父罪”とかないんすか!?」


ルオが肩をすくめた。

「それくらい、神父は織り込み済みだ。……“宗教的スクワッティング”ってやつだ。」


「すく……? 何っすかそれ?」


リシュアが静かに説明する。

「信仰を理由に建物を不法占拠する行為だ。

 “神がここにいる”と言われたら、誰も追い出せん。

 下手に触れば、“神に敵対した”ことになる。」


シエナが青ざめた顔で。

「タチ悪すぎっす……幽霊よりしぶとい……!」


ルオがぼそっと。

「本気でタチが悪い。下手したらバルメリアどころか教会の息のかかったところ全てに住めないことになるまであるぞ…。」


「ひぃー!!恐ろしすぎるっす!!

リシュアさんの出番じゃないっすか!?」



リシュアが腕を組んで、一歩前へ出る。

「……神父様、質問していいか。」


神父が優雅に微笑んで。

「どうぞ。信仰に関する問いならば、主は耳を傾けられます。」


「――この家は、誰のものだ?」


神父が迷いなく答える。

「主のものです。」


「では、お前は誰のものだ?」


「主のものです。」


「……つまり、家もお前も主のもの。

 なら、お前がここにいる意味は?」


神父はにこりと笑う。

「主の御心を、ここに体現するためです。」


リシュアは沈黙した。


ルオが肩をすくめる。

「……無敵だな。宗教モードに入った奴には、正論が通らねぇ。」


ルオは帽子を深くかぶり直し、ため息をついた。

「……仕方ない。こっちも“聖句”を唱えるか。」


シエナがびくっとする。

「ルオさんまで宗教に目覚めたっすか!?」


ルオがにやりと笑った。

「違ぇよ。経済の聖句だ。」


神父は両膝をついたまま、静かに祈りを捧げていた。

朝の光が法衣に反射し、屋敷の空気はやけに荘厳だ。


ルオが真顔で手を合わせる。

「――売却額の3%。」


神父の眉がピクリと動いた。


シエナが身を乗り出す。

「あ、今ちょっと声が小さくなったっす!」


「じゃあ5%!」


「変化なしっす!」


「8%!」


「声大きくなったっす!!これ、“神は値切りを嫌う”って意味っすか!?」


ルオが小さく舌打ちして。

「……15%。」


「片膝になったっす!!」


「18%。」


「戻ったっす!!」


「25%!!」


「立ったっす!!! 神父さん完全に立ったっす!!!」


ルオが満足げに笑う。

「相場、出たな。」


リシュアが呆れたように腕を組む。

「……信仰を数値化するな。」


ルオが声を張る。

「じゃあ35%でどうだ!」


神父、動かず。


静寂。


シエナが小声で。

「……変化なしっす。」


ルオが机を叩き、叫んだ。

「ふざけんな! これ以上はなしだ! 35で決着つけろ!!」


──空気が止まる。


神父がゆっくりと目を開け、祈りの声を低く紡いだ。

「……主はこう告げられました。

 “我が光、再び昇る地を求む。闇を離れ、陽の射す静寂に在らん”――と。」


ルオがため息をつき、額を押さえる。

「……つまり、“立ち退き料と引っ越し先を要求してる”ってことだな。」



「どうするんすか、ルオさん。」


ルオは腕を組み、考え込むふりをしながら。

「……25%と、モンマール・バザー南端の元商店。

 最初から狙ってやがったな――それでどうだ。」


その瞬間、神父の祈りが止まった。

ゆっくりと顔を上げ、光をまとったような笑みを浮かべる。


「……ルオ・ラザール。あなた、ようやく信仰に目覚めましたね。」


ルオが顔をしかめる。

「いや、交渉術に目覚めただけだ。」


神父は胸に手を当て、感極まったように。

「主は喜んでおられる!

 新たな光の家――“南端の奇跡”が誕生するのです!」


神父は玄関に向かいながら、振り返って一礼した。

「主と共に。次の契約で、またお会いしましょう。」




ルオが椅子にもたれ、深いため息をついた。

「……くそ。どっと疲れた。

 勝ちすぎるってのも、案外めんどくさいな。」


シエナが笑いながら肩をすくめる。

「2勝1敗ってところすね!でも今回、誰も捕まらなかっただけマシっすよ!」


リシュアがじろりと横目をやる。

「“捕まらないだけで良かった”という倫理観は、どうにかならないのか。とにかく、クル・ノワ地区の住人は1人残らず信用できないということはわかった…」



数ヶ月後

モンマールの南端に建てられた新しい教会は、

“南端の奇跡”と呼ばれ、長く愛されることになる。


もっとも、奇跡の正体は地価上昇と寄付金の急増だったが、

教会と神父の懐を豊かに潤したその出来事を、

人々は笑ってこう呼んだという。


――「神、日当たりを求む」と。






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