第26話 気のせい不成立〜退去勧告中〜⑤
「……あっさり終わったっすね。」
シエナが腰に手を当て、伸びをした。
屋敷の外はすっかり夕焼け。
焦げ跡ひとつ残らず、幽霊だけがきれいに“焼き払われた”あとだった。
「正直、徹夜覚悟してたんすよ。
このままモンマール行って飲むっすか?“成仏の記念に乾杯”!…この場合は献杯すか?」
ルオは帽子を直しながら、静かに言った。
「……ここからが、本番だ。」
「は? 何の仕事がまだ残ってるんすか!?」
その時、背後から柔らかな声がした。
「仕事ではなく――感謝、ですな。」
振り返ると、法衣の裾を揺らしながら神父が歩み寄ってきていた。
夕陽を背に、後光がその姿を金色に染めている。
「いやはや……いささか消耗致しましたな…
さて――報酬の件、よろしいですかな?」
シエナが眉をひそめる。
「出たっす、“天国からの請求書”!」
ルオは軽く笑い、帽子のつばを指で弾いた。
「“天”ってやつは、請求タイミングがやたら正確なんだよな。で、いくらだ?」
神父は微笑を崩さぬまま、胸の前で手を組んだ。
「主の御業に金銭の価値はございません。
ただ、聖典にもこうあります――
“働く者に正当な報酬を与えよ。さすれば天は喜ぶ”。」
ルオは肩をすくめる。
「“市場価格を超える代償請求は、信仰の逸脱と見なす”。
つまり、ぼったくりは異端。」
神父が穏やかに目を細めた。
「異端の定義は教会で決めるものですよ」
「つまり、値札によるってことだろ?」
「神の恩寵に値など――」
「値がつかないなら、タダでいいな。」
神父の笑顔が一瞬ピクリと止まる。
シエナが吹き出した。
「これは論争なんすか、交渉なんすか…」
リシュアが横目で見ながら、ぼそりと言った。
「……どっちでもない。“宗教商戦”だな。」
神父とルオの応酬はすでに3時間。
空気はぬるく、紅茶はもう冷めきっていた。
シエナがテーブルに突っ伏す。
「もー無理っす……。神様もお金も、どっちも話が長いっす……。脳がとろけて半分も話が理解できないっす…」
ルオが口の端をくいっと上げて笑う。
「……仕方ない。最終兵器を出すか。」
「まだ、奥の手があるんすか…?!」
ルオはニヤリとしながら、リシュアを顎で指した。
「お前、神父に聞きたいことあるだろ。」
リシュアは少し考えてから、静かにうなずいた。
「……まぁ、あるな。」
神父はやさしく微笑み、手を胸に当てた。
「どうぞ。どんな疑問にも、主は答えを示されます。」
リシュアが静かに口を開く。
「……そもそも、最初から疑問なのだが、なぜあなたはずっと“金”の話しかしていないのだ?」
「へ…?」
神父の口元が引きつる。
「いや、これはあくまで……教会の維持費というか……その、寄付の形で――」
リシュアは机に肘をつき、静かに言った。
「なら、どうして“相場”を気にしていた。
さっきから“前金”や“維持費”の話ばかりだ。」
神父は言葉を詰まらせる。
「そ、それは……俗世との折り合いというか……教会もまた、現実の中で――」
リシュアは首を傾げ、淡々と重ねる。
「では、貧しい者に頼まれたらどうする。
浄化を諦めろと、そう言うのか。」
「い、いや……それは……場合によっては……」
「“場合”とは、財布の中身のことか?」
神父は言葉を詰まらせる。
「……現実を理由に、信仰を値札で測るのか?」
その声は静かだが、刺すように真っ直ぐだった。
神父の笑みが引きつる。
「い、いや、わたしは……奉仕を軽んじるつもりは……」
ルオは隣で椅子を傾け、口元で笑った。
「俺と神父は、悔しいが似た者同士だ。
理屈で人を丸め込み、信仰を商売に変える。
……でもな、あれが一番効く。」
神父が言葉を失って固まる。
ルオが椅子にもたれ、にやりと笑う。
「そんなに信じてるなら、神に祈ればいいじゃねぇか。……で、どこにいるんだ?」
神父がピクッと反応し、胸に手を当てる。
「――“ここ”におられる。」
「どこだよ。“ここ”ってこの部屋か?この街か?この屋敷か?」
「すべてだ!」
神父が急に両手を広げ、壁や天井を指さす。
「主はここにも、そこにも、そして……"この家にも"おられる!」
シエナが小声でリシュアに。
「いや、範囲ひろすぎっす……」
ルオはニヤッとして。
「じゃあ、この家の家賃も神が払ってくれると助かるんだけどな。」
神父がぐっと詰まり、サークルを切りながら叫ぶ。
「神は、物質的対価では測れぬ!」
「測れないなら、請求もしないでくれ。」
シエナが吹き出す。
「ルオさん、煽りスキル高すぎっす!神父のこめかみぴくぴくいってるっす…絶対ろくなことにならないっすよ!!」
こめかみに青筋をたてたまま神父は静かに一礼し、
「ご機嫌よう。ルオ・ラザール。また近いうちに」
とだけ残し、ゆっくりと屋敷を後にした。
扉が閉まり、静寂が落ちる。
神父との話のシーンは2人ともおんなじような事言ってるからおかしくなりそうっす




