第25話 気のせい不成立〜退去勧告中〜 ④
夕暮れのモンマール地区。
通りを金色に染める光が、改装途中のジョルジュ邸を照らしていた。
シエナは腕を組み、頬をふくらませている。
「はぁ〜!? あんな“女の敵”と話し合いなんて、必要ないっすよ!」
ルオはポケットに手を突っ込み、涼しい顔で。
「必要あるさ。言葉は剣より深く刺さる。」
「うわー、出た。理屈で刺すタイプっすね!」
「まぁ安心しろ。“善意の第三者”を呼んである。」
リシュアが眉を上げた。
「……誰を呼んだ?」
「神父だ。中立な立場から見てくれる。」
そのとき、夕陽を背に長い影が伸びた。
杖の音が石畳に響く。
白い法衣、銀の十字、穏やかな微笑。
「お招き感謝します。皆様。
生者と死者が互いを理解しようとする――なんと尊い試みでしょう。」
神父は静かに一礼する。
その声には、妙に心の奥に響く柔らかさがあった。
リシュアが安心したように頷く。
「……神父様なら間違いない。公平に見てくださる。」
ルオはにやりと笑う。
「公平――それが一番難しいことだ。」
その横で、シエナが硬直した。
「……っ、や、やば……っ! 一番ヤバい人呼んでるじゃないっすか!?
ルオさん、マジでなんで!? よりによってこの人はダメっすよ!」
ルオは相変わらず穏やかな口調で。
「落ち着け。今日はただの“話し合い”だ。」
「“ただの”って言葉が一番信用ならないっす!!」
神父は目を細め、まるで祈るように微笑んだ。
「争いの影にこそ、赦しの光が差します。
怒りや未練を言葉に変えましょう。それが最初の一歩です。」
ルオは屋敷の扉に手をかけ、軽く押し開いた。
「さあ、行こう。静かに話をしようじゃないか。」
沈む夕陽が屋敷の中に差し込み、
光がゆっくりと、血のような赤に変わっていった。
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屋敷の一室。
テーブルの向こう、幽霊――ジョルジュ・ロルが椅子にふわりと腰を下ろしていた。
机の上には黄ばんだ法律書の山。
「“きたようじゃな……話し合いに。”」
声は落ち着いていたが、どこか勝ち誇った響きがある。
「“わしも準備しておった。おぬしらが何を言ってくきても、反論する準備がある”」
リシュアが腕を組んだ。
「……幽霊が法で論理武装する時代か。」
シエナは眉をひそめる。
「勉強熱心な詐欺師って、一番たち悪いっすよ……。」
幽霊は得意げに笑い、神父を見た。
「“おお、神父様が立ち会ってくださるのか。
ならば公平に、わしの勝ちを認めてくださるじゃろう。”」
神父は静かに微笑み、胸に手を当てた。
「もちろんですとも。わたしは中立な立場です。
すべての魂を、平等に導く。それが教会の務め。」
その声はやけに柔らかく、そして長い。
「――人は迷い、罪を背負い、それでも赦しを求める……。
赦しこそが光であり、光とはすなわち、希望。
希望が失われれば、心は闇へ沈み……」
神父は両手を広げ、穏やかな微笑を浮かべたまま幽霊に歩み寄る。
「悲しみも怒りも、主の御前では平等……。
すべてを、光によって――」
幽霊がうなずいた。
「“うむ、まさに公平な話し合いじゃ。”」
「――焼き払う。」
ピカーッ!!!!!!!!!
屋敷全体が閃光に包まれた。
幽霊が悲鳴を上げる。
「“ぎゃああああああ!!!”」
リシュアが目を覆った。
「おい、これが“対話”か!?」
幽霊が半透明になりかけながら。
「“ま、待て……わしはまだ反論を――”」
神父がもう一度、穏やかに手を掲げた。
「――焼き払う。」
ピカーッ!!!!!!!!!
「“ぎゃああああああ!!!”」
光が弾け、屋敷の空気が一変する。
静寂。
ロウソクがひとりでに消えた。
神父は胸の前で十字を切り、静かに祈る。
「……汚れた魂は、あるべき場所へ還りました。」
沈黙。
そして――
「いやいやいやいや!!どこが話し合いっすかぁぁぁぁーーー!!!」
シエナの怒号が屋敷を突き抜けた。
「話し合いって言ったじゃないっすか!!意見交換ゼロっすよ!!
これ“会話”じゃなくて“退去命令(ビーム付き)”っす!!」
神父は微笑んだまま。
「誤解ですよシエナ。対話とは、言葉ではなく“心”で交わすものです。」
ルオが腕を組み、淡々と補足する。
「話し合いの"結論"は早いほうがいい。議題は退去だ。目的は果たした。」
シエナがテーブルを叩く。
「今のどこに意見のキャッチボールあったんすか!?
ピカッ!ドカーン!ぎゃああ!で終わってるじゃないっすか!!!」
神父は天を仰ぎ、厳かに。
「言葉よりも、沈黙の中に真理はあるのです。」
ルオもうなずく。
「要は、意見の“相違”を“消滅”させたんだ。」
「存在が認められなければ、係争の余地もない。
これで幻影不介入だな!」
「解決の仕方が雑すぎるぅぅぅぅ!!!!」
屋敷の中にシエナの絶叫が響き渡り、
焦げた書類の匂いの中で、神父だけが神妙な顔で祈っっていた。




