第17話 持続可能な社会貢献〜入居者募集中〜①
持続可能な未来に向けてルオの取り組みが始まる!
クル・ノワ探索者ギルド。
昼下がり、酒とインクのにおいが漂う中で、シエナが書類の束を抱えて戻ってきた。
「チュロズスキームの清算、完了っす。
縁天の分は押収されたけど、支払いを終えて少しだけ残りました。
……もう一回くらい夢を見られる額っすね」
ルオは椅子にもたれ、カップをくるくる回す。
「夢か。悪夢でも、見られりゃ映画一回分の価値はあるだろ」
「悪夢をそんな前向きに捉えられないっす」
「夢は内容より、見ること自体が贅沢なんだよ」
リシュアが冷たく言い放つ。
「安眠の方がよっぽど贅沢だ」
「だったらちょうどいい話があるわ♡モンマールの不動産屋が嘆いてたのよぉ♡
“場所はいいのに、どうしても売れない屋敷”が一軒、長らく寝てるって」
シエナが身を乗り出す。
「あのモンマールっすよね? 劇場も役所も近い中心区。場所負けするわけないっす」
ミモザが肩をすくめる。
「だから困ってるのよ♡通りの格はある、外観も悪くない、なのに手が止まる。
“訳あり”って囁きはあるけど、書類上は綺麗。担当者、半泣きだったわ」
シエナが眉をひそめる。
「訳ありの時点で面白くなる予感しかしないっすね!次は不動産王っすか!」
ルオは顎に手を当てて考え込む。
「……なるほど。条件は完璧なのに、理由不明の敬遠物件。
これは、いわば“市場のデッドストック”だ」
リシュアがすかさず眉をひそめる。
「お前の言う“デッド”が別の意味に聞こえるんだが」
「いやいや、これは健全な再生事業だ!
使われていない建物を再活用して、社会に価値を還元する。循環型のビジネス。
“持続可能な街づくり”への投資だ」
リシュアが眉をひそめる。
「言い換えがきれいなだけだ。中身が腐っていたら循環するのも毒だぞ」
「環境負荷の低い経済活動ってやつさ。
古い資産を再利用し、経済を再循環させる。
リノベーション、リバイタライズ、ローカルエンパワーメント!」
「どれも意味が分からない」
リシュアの声が低く刺さる。
シエナが感心したように言う。
「あたし、なんか賢くなった気がするっす!」
「気がするだけだ」
「でも気分は大事っす!」
ルオが立ち上がる。
シエナがすかさず手を挙げる。
「あたしも行くっす。現場の目利き、二人より得意っすから」
リシュアは短くため息をつき、外套を取った。
「……行動を見張る義務がある。私も行く。」
「場所はモンマールの内環、白塔通りを上がって三つ目の角。表札は“ヴィリエ邸”よ♡」
ルオが頷く。
「よし。再生事業といくか!モンマールで“社会貢献型ビジネス”の始まりだ!」
モンマール区。
芸術と政治が交わる、バルメリアの中心地。
高台から街を見下ろす古い邸宅街には、今も栄光と陰が同居している。
ルオたち三人は、喧騒を背にその街へと足を踏み入れた。
彼の新たな“夢”が、またひとつ形を取り始めていた。
訳あり物件【わけありぶっけん】
名詞
① 理由の説明を省略することで価値を保つ不動産。
日当たり良好、立地良好、家賃破格。
ただし、そこに“なぜ”があるかは誰も聞かない。
例:「条件は完璧だ。問題は、完璧すぎることだ。」
② (転)
過去の失敗や不都合を、再生の物語として再包装する手法。
かつて事故・破産・汚職のあった土地でも、
再開発業者はこれを**“循環型資産”と呼び、
政治家は“地域再生プロジェクト”**と称賛する。
どちらも前向きで、どちらも正しい。
彼らの言葉の中では、崩壊すら成長の一形態である。
③ (比喩)
人や組織に残る“処理されなかった履歴”。
罪も失敗も、時間の経過によってブランド化していく。
例:「彼の過去は、よく手入れされた訳あり物件のようだ。」
〔補説〕
訳あり物件の真価は、“忘れられること”ではなく“語られること”にある。
物語化された傷は、修復よりも美しく見える。
新冥界において最も価値があるのは、“理由を説明しない勇気”である。
――『新冥界国語辞典』より




