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第11話 人と人とを繋ぐ縁〜ポイント還元中(-70%)〜②

チュロズスキーム崩壊の足音!

クル・ノワの裏通り。

薄汚れた倉庫の中で、子ネズミたちの歓声が響いていた。


「ぼく、今月二万四千三百ポイント!」

「負けたぁ〜! 一万九千二百しかない!」

「マドゥペイ、ほんと便利だねぇ!」


端末の光に照らされた顔は、どれも幸せそうに笑っている。

もう、銀貨を数える音はどこにもなかった。


チュロは壁にもたれて満足げに笑う。

おでこには金縁のサングラス、毛皮のコート。

「ルオのおかげで、弟たちはちゃんと飯食えてる……これが“経済”ってやつだね」


だが、末の弟が小さくつぶやいた。

「でもさ、兄ちゃん……最近、ポイントの振込、遅くない?」


チュロの笑みが一瞬だけ凍る。

「……きっと、混んでるだけだよ。大丈夫さ」


けれど、その時――

外の通りから、いつもの陽気な音が流れ込んできた。


♪ポイポイ〜ポイポポイポイ〜♪

“魔導ペイで軽やか決済!”


その音が、なぜか倉庫の空気を冷たくした。



一方そのころ、同じクル・ノワの倉庫街。

風が吹き抜け、薄汚れた看板を鳴らしていた。


ルオは換金屋のカウンターに銀貨の袋を置いた。

豚の獣人の店主が鼻を鳴らし、無造作にレート表を突き出す。


「銀貨? 今は1枚で……0.3ポイントだな」


「……は?」


「マドゥペイ換金率、マイナス70%。中央が決めたんだ。

 現金の変換は……クル・ノワじゃ完全には止まらねぇが、

 もう“鉄屑寸前”だな。ソレイユじゃ、銀貨の取引そのものが凍結だ」


ルオは笑おうとして、声にならなかった。

中でチャリンと鳴った銀貨の音が、やけに軽い。

まるで、金そのものが息絶えたようだった。


「……ポイント還元マイナス70%って……何の“還元”だよ」


豚の獣人は肩をすくめる。

「知らねぇよ。今さらソレイユじゃ銀貨なんざ誰も触らねぇ。

 財布持ってたら“チュロズ”に狙われる。時代は変わったんだよ」


ルオは袋を肩に担ぎ直し、軒下に出た。

風が吹き抜け、地面に貼りついたマドゥペイのチラシがめくれる。


《現金→魔導ポイント変換 残り3日でさらに下落》


銀貨の反射が、どこか空虚に見えた。

ルオは静かに呟く。


「……金は死んだ。けど、“金の亡霊”は、まだ歩けるかもな」


目の奥に、再び光が戻る。

ゆっくりと袋の口を開け、銀貨をひとつつまみ上げた。


指先に魔導刻印を走らせる。

淡い光が浮かび、銀の面に小さな紋章が刻まれた。


「変換できねぇなら、“別の変換先”を作りゃいい」

──それが、ルオの答えだった。


「この銀貨を“保証”してやるのさ。

 魔導でも、中央でもねぇ、“ルオ保証通貨”ってやつでな……」


唇がゆっくり吊り上がる。

「魔導でも金でもなく、“信用”を売る時代か……おもしれぇ」


その時、倉庫の奥でシエナが駆け込んできた。

耳元のピアスがジャラリと鳴る。


「ルオさん! もうやばくないすか!?

 銀貨の価値はどんどん下がってるし、弟たちの支払いも滞って……!」


ルオは笑いながら、指に残った光を見つめた。

「シエナ。通貨に信用がないなら――“信用のある通貨”を作ればいいだけさ」


「……は? まさかまた変なスキーム思いついたんじゃ……」


「違う、革命だ」


ルオは銀貨を掲げた。

月光が反射し、刻印が鈍く光る。

声に熱がこもる。


「金の切れ目が縁の切れ目、なら――!」

「俺はその“縁”を繋ぎ直す!!」


ルオの声が倉庫に反響する。

銀貨が光を跳ね返し、壁一面にまぶしい反射を放った。


「人と人を、信用で結ぶ“温かい通貨”!

 欲望も、夢も、愛も、すべて包み込む――!」


すぅっと一拍息を吸うルオ。


「その名は、《縁天えんてん》!!」


銀貨の山がガラガラと崩れた。

シエナが目を丸くして見上げる。


「その名前なんかヤバそうな感じがビンビンするっす!!でも……さすがルオさん、ブッ飛んでるっす!」


ルオは天を指差し、笑いながら叫ぶ。

「還元率200%だッ!! 買えば買うほど儲かる夢の通貨!!

 マドゥペイで買える! ルオ印の新・未来資産、それが《縁天》だァ!!」


「シエナ、彫金師をかき集めろッ!! 夜が明ける前に銀貨を刻む!!」


「おっけっす!!」


ルオの瞳が狂気と熱に燃える。

「この銀貨を“信用”に変える。

 誰も信じない時代に、“信じる理由”を売るのさ」


倉庫の外では、マドゥペイの宣伝が止まない。


♪ポイポイ〜ポイポポイポイ〜♪

“魔導決済で未来を買おう!”


ルオは鼻で笑い、指先で銀貨を弾いた。

「買うんじゃねぇ――売るんだよ、未来ってやつは」


その背中から、銀貨がひとつ転がり落ちて、

月の光を浴びて、鈍く笑った。

マドゥペイ【MadouPay】

名詞


① **王立信用銀行《Banque Royale de Crédit》**が発行する、

 魔導式決済システム。

 市政庁《Hôtel de Valmeria》が導入を推進したことで、

 瞬く間にバルメリア全域に普及した。

 登録は印章ひとつ、支払いは指先ひと撫で。

 だが、その便利さはあまりに滑らかで、信用よりも催眠に近い。


② (転)

 行政と市場が結託して作り上げた**「安心の幻想」**。

 普及の裏では、利用履歴が“市民の幸福指数”として管理され、

 市政庁のデータ庁舎では、今日も誰かの笑顔が統計になっている。

 例:「魔導ポイントが貯まるほど、自由は減る」


③ (俗)

 宣伝歌「ポイポイ♫ ポイポポイポイ〜♪」で知られる。

 陽気すぎて不快という理由から、“絶対に使わない層”が一定数存在。

 彼らは財布を捨てずに持ち歩くことを、“抵抗”と呼ぶ。

 例:「マドゥペイ使ってないの?」「信仰上の理由で」


〔補説〕

 マドゥペイの本質は、決済ではなく服従の自動化である。

 人は歌に釣られて登録し、還元率で誇りを手放す。

 その軽やかさが、まるで幸福の証のように見えるところが、

 最も巧妙な点である。


――『新冥界国語辞典』より

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