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友情の仮面

作者: 西日爺

当作品は。

現在、裏でプロットを考えている作品を『秋の文芸展2025』用に一部抜粋、改変して投稿しております。

そのため、今後似たような題材で中~長編作品を投稿する可能性があります事、ご理解ください。

白を基調とした長い廊下を歩いて行くと、毎日来ている部屋へと到着する。初めて来たときの不安と寂しさを今でも忘れられず、その思いを隠すように部屋の前で一呼吸おいてから扉を開ける。

「森山君、起きてる?」

「起きてるよ。今日も来たの?」

「来ちゃいけない?」

「全然。話し相手は欲しいし」

音のしない戸を開けると、ベットで座りながらタブレットで何かを見ている男の子(森山君)が居た。私の姿に気付くととても嬉しそうに手を上げて挨拶してくる。

最初に会った頃は絶対に勝てない、そう思われせるほどの威圧と力を感じた姿は今では無く、もう私では負ける事は無いだろう。

その事がとても寂しく、考えない事にする。

「何見てるの?」

「俺と猫目さんの試合。猫目さん、間合いとか踏み込みが上手だから見てるだけで勉強になるんだよね」

「……それ、去年私が負けた試合だよね」

持っていた学生カバンを適当にベットの隣に置くと、ベットに腰かけて一緒にタブレットを見る。肩が触れる距離。けれどそこに男女の思いは無く、ただ仲の良いライバルだ。そう思い込む。

そしてタブレットにはお互いにエアーソフト剣を持ち、睨み合っている2人の映像があった。

森山君は剣と一緒に小さな盾を持ち、私に向けて構えている。そのカウンターを基本とした戦術は恐れられ、体調を壊す前は学生日本一位に君臨し、ついに私はその牙城を崩せなかった。

その相手、私はフェンシングのように剣を構え、無理矢理隙を作らせるように、前後だけでなく左右にも体を動かし、最強の守りに挑んでいた。

「ここ、よく覚えてるよ。一瞬下に振った剣に対応して盾を動かしたら、目の前に剣があったんだよね」

「私もよく覚えてるよ。当てたと思ったら、その盾で殴られてカウンター取られたの」

「でもダメージ判定は俺の方が大きかったんだよ」

「必殺のつもりだったのに上手く流されて、しかも返されるなんて思わなかったのよ。おかげで動揺して、メンタル崩されたし」

お互いに軽口を叩き合いながら楽しく思い出を掘り返す。

とてもよく覚えている。この試合は去年、森山君がまだ調子が良かったころの負けた試合。ずっと勝てず、やっと勝てたと思ったのが今年。けれどすぐに感じた違和感を覚えて問い詰めたら、病気で限界だったという真実。

勝った嬉しさは一瞬で消し飛んだ。

悔しさと寂しさ、そして何故か心を刺し続ける虚無感を見ないふりしている。今では学校帰りに1時間自転車を走らせてこの病院に通うのが日課になった。

不思議とその1時間は苦にならず、会って話す楽しみに心が躍っていた。

「ここも。完全に逆見てたよね」

「そうよ。なのにカウンター合わせてきて、この辺りから手が無くなったのよ」

「でも確実にダメージ食らったし。ここまで体力削ってきたの、後にも先にも猫目さんだけなんだけど」

「それでも8割削れなかったよ。この最強勇者」

「大会で俺の体力を一番削った疾風魔女が何を言う」

お互いの恥ずかしい異名を言いながら、不機嫌そうに笑いあう。実際不機嫌などなく、お互いを信用しきった軽口だ。

一番楽しい試合が終わると、今度はお互いが違う人と当たった時の映像だ。全て私達が勝った試合。ここが良かった、悪かった。この人はこうだったと思いつく限りに話し続ける。

けれど最終的な結論はお互いに一緒。その事に笑い、呆れる。


こんな時間がもっと続けばいい。心に浮かんだ言葉は表に出さず、笑顔の裏に隠した。



時間を忘れる程一緒に見ていると、森山君が急に渋い顔をして胸の辺りを抑え出した。

「……」

「大丈夫!?」

慌てて抱きしめるように背中をさすると、深く深呼吸をして作り笑いを浮かべて返される。その表情を見ないふりして、私はただ弱く筋肉が減った背中をさすり続ける。

「……大丈夫、ちょっとびっくりしただけ」

「私の方がびっくりしたよ。心配させないで」

「ごめんごめん。それより、喉乾いたから自販機行かない?」

「……分かった。何が良い?」

「……いや、俺も行きたいんだけ――」

「何が良い?」

「……お茶で」

「分かった」

動こうとする森山君を満面の笑みで止めて、立ち上がる。触れずとも感じていた温かさが離れる事に寂しさを感じ、気にしないふりして歩き出す。

「……ったく、母さんかよ」

「友達だよ」

「あぁ、もう。知ってるよ」

買いに行けなかった事にすねながら、森山君が零した声に笑って反応する。チクリと心に痛みを感じながらも、無理矢理その痛みを無視する。

「あ、母さんが受付に居ると思うから、お金は受け取って」

「分かってるよ」

心配そうな声を忘れないように心に植え付けながら、ゆっくりと扉へと向かう。

そして少しでも長い時間、大切な友達()の姿を目に写すよう、扉を閉める時には振り返るとずっと見つめ続けた。



扉を閉めた今、きっと私に見せないよう、苦痛に耐えているのだろう。



森山君の母から受け取った小銭を自販機に入れると、ピッと言う電子音と共にボタンが光り出す。

何種類かあるお茶のうちに、もう覚えてしまった好みに合わせて2本買う。ありがたい事に私の分のお金も出してもらったので、遠慮せずに頂く。

「……あ」

そのまま取り出し口から2本取り出そうとすると、足元に水滴が落ちた。

「……」

何が落ちたのか気づくと、慌てて目元を拭い去る。1人になった事で感情の堰が脆くなり、零れてしまった。

そのまま体を起こすことも出来ず膝をつくと、まるで抱きつくかのように自販機で表情を隠す。


――分かっている。これは友情ではない。

自分の心の動きに、感じる寂しさに適切な言葉が思い浮かぶ。

けれどその思いを友情と言う嘘で塗り固めると、心の奥から込みあがる感情に蓋をする。

――分かっている。これは友情にしないといけない。

抑えきれない心の叫びは見ないフリをする。

そうしなければいけない。そうしなければ、私はきっと耐えられない。

――分かっている。この心に満ちる幸せな感情を、友情以外の言葉に当てはめてはいけない。

私は自分にそう言い聞かせると、周りに誰も居ない事を良い事に、深く、深く息を吐く。一瞬、嗚咽が耳に聞こえたのは気のせいだ。

残っていた涙をハンカチで拭うと、目の前の自販機を見る。違和感が残る笑顔を浮かべる私が、ぼんやりと反射して映っていた。



これは友情である。そう言えなければいけない。

それ以外の感情は無い。だから思い浮かんだ感情を捨てる。


だからこれは、友情なんだ。



私は自分にそう言い聞かせると、決して避ける事の出来ない未来に耐えるため、自分の心に蓋をする。

胸ポケットから取り出した手鏡で自分の表情を確認すると、先ほどよりも上手く笑顔を作れている自分の表情に安心する。


お茶と小銭を取り出すと塗り固めた友情で心を隠し、大切な(友達)がいる部屋へと向かって歩き出した。

Q.友情?

A.言い張れば友情で通ると思っている。

Q,……あなたは変化球しか書けないのですか?

A.直球は他の人が書くでしょう?

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