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吹奏万華鏡♪ 特別ページ♪  作者: 幻創奏創造団
総集編
21/27

【朱雀美玖音誕生日記念】 華高祭総集編

11月6日。茂華高校吹奏楽部2年生の打楽器奏者、朱雀美玖音の誕生日です!

美玖音は、殆どの楽器を扱うことができ、性格も頭も良い最強キャラです!

…そんな訳で、今回は美玖音の活躍する『華高祭』の総集編を送ります!!

一部、原作改変したので是非読んでみてください!!

箏馬が復帰した翌日、茂華町の高校では、文化祭が行われる。各クラス露店を開いたり、体育館でコンサートをするのだ。

そこへ優月は、颯佚と行くことになった。



朝、ベットから身を起こした優月は、私服に身を包む。そしてリュックを手にする。

『ゆづきー!』

その時、寛美が彼を呼んだ。

「…ん?」

優月は重たい瞼を擦ると、母の元へ向かう。

「これ、お昼食べるんでしょ?」

「あ、ありがとうございます」

優月は、母から頂いたお金を財布へ仕舞うと、家を出た。

今日は華高祭に行くのだ。

華高祭とは、茂華高校の文化祭のことだ。ちなみに、他の吹奏楽部員も来るらしい。去年はコンクールで来れなかったのだが、今年はコンクールに出ないので、行けることになったのだ。


ネイビーグリーンの半袖に、黒いズボンとごく普通の容姿をした彼は、茂華駅で颯佚を待つことになっている。

「想大君、いいなー」

ちなみに親友の小林想大だが、彼女の瑠璃とデートだ。吹奏楽部では無い彼は、明日も暇だと騒いでいた。

そうして、待っていると颯佚が来る。颯佚へ優月は手を振ると、彼も振り返した。


そうして、茂華高校へ歩き出した。

「夏矢君、美玖音ちゃんと仲いいの?」

優月がそう訊ねると、颯佚はコクリと頷いた。 

「まぁ、元カノとの恋の相談に乗ってくれてたしな」

「えぇ!?そうなんだ!」

羨ましそうに言う優月に、颯佚は首を横に振る。

「でも、あんな思いをするんだったら、付き合わなかった方が幸せだったかもな」

「えっ?何があったの?」

「それは、時が来れば言う」

それっきり彼は黙り込んでしまった。


その後、優月たちはようやく茂華高校へ到着した。ここへ来るは2度目だ。

「…優月君はどうする?」

「えっ?」

「俺、吹部見に行くけど」

「僕も行く」

優月はそう言って、ふふっと自慢げに笑った。

「…そうか」

颯佚の口角が小さく上がった。

そうして2人は、体育館へと向かった。通路を抜けた先に、ステージが待ち構えている。

「…おぉ!」

すると颯佚が「やはり違うな」と言う。

木管、金管、低音、パーカッション。全てが揃っている。流石、県内でも強い高校だ。

「神平って、あれくらいいたの?」

「いや、そんなにいなかった。あれの三分の二くらいかな」

すると、辺りが静寂に包まれる。

「…どっか座ろ」

「ああ」

そう言って、優月と颯佚は、パーカッションパートがよく見える席に付いた。

「…ふふ、楽しみだ」

颯佚はとても楽しそうだ。美玖音以外にも友達が所属しているようだが、やはり美玖音にはそれなりの恩義が有るのだろう。

『それでは、茂華高校吹奏楽部、どうぞ!』

次の瞬間、ドコドン!!と低くお腹へ響くような音が木霊する。

(タムとボンゴか)

この1年、打楽器を知り尽くした優月にとっては、馴染みある楽器だ。

(よく、チューニングされてる…)

優月は、そのタムが丁寧に調整(チューニング)されていることに気付いた。

そして、グロッケンの一糸乱れぬ音。明らかに洗練されている。

すると管楽器の音が入り込む。その音はまるで原曲から切り取ってきたかのようだ。上手い、極限まで洗練している、それは優月にもすぐに分かった。

フルートの丁寧な音色、ホルンの煌びやかな音が、ゆるりと響く。初芽や卒業した周防奏音にも、劣らない程のクオリティーだった。

そして特筆すべき点はやはり打楽器だった。朱雀美玖音。彼女の放つ音は打楽器奏者にとっての模範のようだった。

クラベスを軽く打ち鳴らした。それだけなのに、この耳にまで、きっちりと響いてくる。どこを打てばより良い音が出るかを熟知している。

するとティンパニの跳ねる音が聴こえる。大きい。音圧だけで、この体育館を吹き飛ばしてしまいそうな程に。

(ティンパニの音も良い…。誰が調節したんだ?)

優月の素朴な疑問を打ち破るかのように、バスドラムの音が響く。

ドン!! ドン!! ドン!!

白い皮が大きく揺れる。両手で打つ美玖音の表情は、あのコンサートとは違って真剣だった。怖いくらいに。

そして、音が佳境へ入る。

サックスやトランペットの音が弾ける。華やかな音。そこへ各管楽器も入り込む。

そして、彼女はティンパニを打つ。先程の奏者とは音自体が違った。音は更に大きい。しかし全くうるさいとは感じなかった。安っぽく音を反響させる板が、唸りを上げる。大きい音だが、その音で身震いさえする。まるでプロの演奏を見せられているようだった。

それは、上手くなりたいと思う優月の視線を釘付けにした。

そして管楽器のパァン!と弾けるようなメロディーで曲は終わった。

『皆さん、こんにちは!』

するとホルンを持った少女がマイクを持って、語りかけてくる。10分近く演奏したというのに、全く疲れた様子は無い。

『茂華高校吹奏楽部です。今日は来ていただきありがとうございます!』

すると、楽譜をペラッと捲る音があちらこちらへ反響する。

『さて、次はMrs.GReeeeNAppleさんのMagicです!』

すると、トランペットの高らかな音が響く。御浦の奏者にも劣らない演奏。氷空より上手いことは明確だ。そして、ボンゴの音が響く。1年生らしき女の子が叩いていた。春には会わなかったが、彼女も経験者なのだろう。

ドラムは想像通り、美玖音が務めていた。タムタムの繊細なリズムを難なく打つ。タムの音が心地よい。彼女の演奏技術と併用して素晴らしい。

そして、管楽器の音が打楽器の音と、共に吹き現れる。その音はドラムに負けず劣らずだった。

(すげぇ。絶対、鳳月さん以上だ)

楽器の実力を比べることはあまり芳しく無いのだが、優月はついそう思った。バスドラの細かい打撃も抜かすことがない。その模範的な演奏は、恐らくゆなには出来ない。

経験6年の本懐が今、ここで伺い知れる。

(更にうまくなったな。朱雀)

颯佚も心の中で絶賛する。

原曲の素晴らしいメロディーを、それ以上の魅力を引き出している。

シンバルの音もパシン!と最大限に引き出す術を知る彼女の演奏は、重過ぎず、雑過ぎない演奏だった。

恐ろしかった。彼女が先輩でも後輩でも無く、同じ同級生であることが。


そうして、数曲のポップスを終えた。ドラムパートはサイクル式でそれぞれ人が違っていた。最終的には美玖音がドラムを使う。

『さて、最後の曲です!』

部長が言うと、全員が楽器を構えた。

『皆さん、手拍子をお願いします!Re start!』

するとティンパニのロールが響く。それと同時にハイハットのツッツッツッツッ!という音が響く。

ドド…!とバスドラムの音が響く。その繊細な音を足で打ち鳴らせることが羨ましい。そしてオープンクローズもうるさすぎず、管楽器の音に便乗するように響く。

すると美玖音を除く打楽器パートの全員が、両手を天に挙げる。音が少し収まったかと思うと、パパン!と絶妙なタイミングで手拍子が響く。それからは、オーボエやフルートのメロディーソロ。サビも様々な楽器が、体育館を跳ね回った。

ドドドドドド!

今度はスネアとフロアタムが跳ねる。その音は重厚なものだった。すかさずシンバルが打たれる。全てがプログラムされているかのようにブレない。上手い、上手い、上手い。何処を見ても非の打ち所がない。

彼女のパーカッションを聴いてからは、演奏そのものが別格だと感じた。

やはり吹奏楽において、打楽器つまり、パーカッションは重要だ。

グロッケンソロで曲は終わった。1年生のタンバリンも素晴らしい。打楽器のレベルが全然違う。優月はそう思った。そして管楽器。常に耳の中へ響く。そのプロのような音は他の模範だろう。

茂華高校吹奏楽部。全く底が見えない…。


「朱雀、更に上手くなったな」

「うん!ってか、打楽器の音、良くなかった?」

「優月君はそこまで気にするのか。朱雀がやったんだ」

「えっ?美玖音ちゃんが?」

「ああ。あいつ、チューニング大好きだからな。しかもチューニングした楽器が神がかった音を出すことから、あだ名は」

「裏で暗躍する神だから、裏神(うらがみ)でしょ?」

「え、よくわかったな?」

「この前、咲慧ちゃんが言ってた」

「ああ、君の彼女か」

「別に好きって訳じゃないよ!」


その後、颯佚はある場所へ向かった。段ボールで隠された教室からは、女の子の悲鳴が木霊する。

「お化け屋敷、優月君が来ないとは」

優月は心臓に悪いものは苦手らしい。だから断られた颯佚は、ひとりだ。

「まぁ、大丈夫だろ」

そう言って颯佚は教室へと入って行った。


中は真っ暗だった。青白い陽の光が差し込む。それが手がかりには成らない。そして段ボールで区画された道に従う。

「新聞紙に赤い絵の具、なんだ…」

各ギミックを見破る彼は、そのまま背後を見ることなく、前へと進む。


しかし、次の瞬間、床へ腐った血がしたたる。

「えっ?」

同時に背後からぬるりと何かが迫る。

「なんだ…?…ああ」

その僅かな音を聴いた彼は、恐る恐る振り返る。

「…ぐはっ」

背後を見た颯佚は絶叫した。

「うわぁぁぁぁぁああ!?」


「ったく、颯佚君、大丈夫かな?あ、」

その頃、優月は、美術室にて手作り絵はがきを見ていた。

「これ、綺麗」

その手にはがき2枚を手に、生徒に話しかける。

「すみません、お願いします」

「はい、300円です」

優月は硬貨3枚を置く。すると「ありがとうございます」と生徒は硬貨を受け取った。すると女の子が目を見開く。

「…あ、優月だ!」

「ん?あ、黒坂さん!」

黒坂という女の子は、優月の中学時代の友達だ。美術部繋がりでたまに話していた。

「黒坂さん、高校でも美術部なんだ」

「うん。優月は?」

「僕は吹部だよ」

「あー、そっか」

そうして少し話すと、優月は美術室を出ていった。

「じゃね」

優月はそう言って、階段を降りていった。


その時、颯佚はお化け屋敷から出ていた。

「かぁ、死ぬかと思った」

その後ろには朱雀美玖音。茂華高校吹奏楽部のパーカッションパートのトップランカーだ。

そんな彼女は朗らかな笑みを浮かべる。

「ふふ、びっくりしたでしょう?」

そう言って、彼女のエプロンに付いた赤い液体をひらひらと見せる。

「はぁ」


彼女のネタバラシとしては、こうだ。

美玖音は、段ボールナイフを腹に刺したフリをし、死にかけの怪物の如くうめく。突然の状況に衝撃を受けた彼は絶叫したというわけだ。


「…全く、びっくりした」

颯佚はそう言ってブルブルと肩を震わせた。

「まぁ、さっきので私、最後のシフトだからね」

「えっ?」

「だから、一緒に見に回らない?」

「えっ?優月君がいるんだけど」

「優月君?打楽器の?」

颯佚は頷いた。

「それなら、会ったらで良いでしょう?」

「はぁ。じゃあ、優月君に見つかるまで回るか」

そう言って、美玖音と颯佚は2年教室フロアから去って行った。


「あれ?颯佚君、来るのが遅かったか…」

待ち合わせもしていないので案の定、優月はそう言って颯佚を探しに行った。





ー6年前ー

その時、彼女は小学4年生だった。

朱雀美玖音。小さい頃からそう呼ばれていた。その名に違和感は無かった。

『…失礼します』

その小さい手が開いた先は、音楽室だった。

すると数人の楽器を持つ年上たちがコチラへ凝視してきた。

『あら、もしかして4年生?』

すると楽器を持った女の子が話しかけてきた。その楽器はコルネットと言うらしい。

『う、うん』

美玖音は素直に頷いた。

その後は絵に描いたような歓迎を受けた。

『何の楽器にする?』、『これ吹いてみてよ』と言われる。美玖音は丁寧に全ての楽器を体験した。

『…わぁ!綺麗な音!』

白銀の光を反射するフルートを唇から離した美玖音は、上級生を凝視する。

『そ、そうですか?』

真ん丸の瞳が可愛らしく揺れる。その艷やかな表情に、上級生は頷いた。

『すごいね!美玖音ちゃん。コルネットも、アルトホルンも、クラリネットも、ユーフォも、フルートも吹けるなんて』

すると隣りにいた上級生の友人も同意する。

『これで、神平小の吹部は安泰だな』

『あん…たい?』

『安心ってことだ』

『へぇ…』

やはり、自分は優秀なのかな?と美玖音は思う。

『あとは、打楽器かな?』

『打楽器?』

『ああ、あれだよ』

そう言って上級生が指さしたものは、音楽室内の大半を占める打楽器の群だった。

『…わぁ、大っきい』

美玖音はそう言って、たたた…と打楽器の群れへ歩き出す。

『わ!びっくり!?』

その時、打楽器の上級生が声を上げる。

『…よ、4年生?』

『うん!』

『おっけ!打楽器確保!!』

『きゃー♡』

『えっ!?あっ!ちょっと!?その子は我がコルネットに…』

『何よ?コルネットは事足りるでしょ?』

『打楽器だって4人も…』

『この子にはドラムをやらせるんだ!!』

他の勧誘を断固拒否するのは、何故か打楽器の上級生。

『…ドラムって何ー?』

美玖音は、その会話を打ち破る。

『えっ…?めっちゃカッコいい楽器だよ!』

『わぁーい、私それやろ』

光の速さで決意した彼女は、その後打楽器をすることになった。


しかし、それが後に大きな事態を起こす事になる。

『萌奈ちゃん、もうタンバリンできたぁ!』

『えっ?まだ楽譜出て、1時間だよ!』

美玖音の打楽器の演奏センスは、群を抜いていた。

『えぇ…』

タンバリンを寸分の狂いなく打てる彼女に、上級生の鴨茂(かもしげ)萌奈(もな)は、指導に困ってしまった。

その時だった。 

『じゃあ、本当にドラムやらせますか』

男性が2人に話しかける。この吹奏楽部の顧問だ。

『えっ…?』

『わぁい!やりたぁい!!』

『小学4年生でドラムやってる子は、初めてだけどね』

美玖音のあまりのスピード出世に、萌奈は自身の表情が引きつった。

それから、コンサート、コンクールでも演奏技術のレベルが高い曲を任された。高い壁に当たる度、顧問の付きっきり指導をされながらも、演奏技術を伸ばしていった。

『先生、ありがとうございました』

『いやいや、美玖音ちゃん程、自主練したがる子は初めてですよ』

『だって、楽しく演奏したいんですもん』

『ふふ、いいことです』

そうして彼女は、小学校卒業時点で、既に中学生レベルの演奏を身に着けていた。その頃には、努力というより遊び感覚で演奏するようになった。

      ○  ○   ○

そして中学校に上がってからも、彼女の成長は驚くものだった。

『先輩、そこのティンパニ、少しズレてますよ』

こうして先輩に教えることもしばしあった。

『い、いや、ティンパニの調子が悪いだけじゃない?』

『…では、部活終わりに調子良くしておきます』

その会話を聞いて、サックスの音羽妹夕は『フフッ』と笑っていた。

いつの間にか、先輩が言い訳すら出来ない環境を、美玖音は作り上げていた。

彼女の打楽器のチューニングの技術は、とても高かった。まるで高級な楽器を使っているように思える程だった。






「おーい、朱雀?」

その時、美玖音の視界が白い光に包まれる。その横には颯佚がいた。

「あ、ごめんね」

美玖音はそう言って、目をゴシゴシと擦った。

「ちょっと、昔を思い出してた」

「それ、年取ってんじゃないの?」

颯佚がケラケラ笑う。美玖音は「かもね」と言って、両腕を天に挙げた。

「あ、そういえば、妹夕ちゃんね」

「うっ!何だよ?」

突然、颯佚は眉をひそめる。

「あなたに会いたいと」

「…はぁ」

颯佚は当時のことを思い出す。あまり良い話ではない。


美玖音の入部から2年後の夏。颯佚と妹夕に事件が起こる。

『ねぇ、美玖音ちゃん』

妹夕(まゆ)ちゃん?どうかしたの?』

『私、颯佚とね』

『颯佚?ああ、夏矢君ですか』

美玖音と颯佚は、同じ吹奏楽部だった。

『別れろって、川傘に言われたの』

『えっ?玲海さんに?』

川傘(かわかさ)玲海(れいみ)は、いわゆる支配者だった。

『そんなの断りなさい。そっか!』

美玖音は思い出したように手を打つ。

『あの人、夏矢君のことが好きなのか』

『そうなの。それで私を妬んで』

『はぁ。それは放置しなさい』

美玖音はそれだけ言って、彼女とは反対の方へ歩き出した。しかしその1カ月後。


『はぁ…!』

颯佚が、頭を押さえながら音楽室へ入ってきた。

『…ん』

彼は妹夕に話しかけること無く、サックスを手にする。

『なぁ…』

しばらくした時、颯佚が口を開く。

『…誰が、俺と妹夕ちゃんがキスしたなんて(デマ)流したんだろうな?』

『川傘さん…だと思う』

『なるほどな。アイツ、影響力はあるからな』

その2人の声は、とても小さかった。まるで何かに恐れているかのように。

『…このまま私ら、2人で居たら、きっと友達以外にも進路にも影響するかもしれない』

『…えっ?』

『別れない?噂が広まるのも嫌だし…』

その言葉は颯佚にとっては、大分ショックだった。

『はぁ。そうだな。川傘が今度、どんな噂を流すかも分からないしな』

『うん』

『もっと一緒に居たかった』

この日、3年続いた交際に幕が下ろされた。川傘という1人の人間の嘘によって。 それからは噂はパッタリと消えた。人間というのは本当に都合が良い。

しかし、颯佚は自分の恋を忘れることが苦しかった。いつしか、もう会いたくない、そう自分に言い聞かせることしか出来なかった。


そんな事件から2年。

「…はぁ。もう嫌だ。あの子と居て、今度はどんな目に遭わされるのか」

それは颯佚の本音だった。また同じ噂が付きまとわれることが怖い。

彼女がトラウマだ。

「まだ好きなくせに」

そう言って美玖音はくすりと笑う。まるで彼の心情を見透かしているかのように。

「ね」

その時、颯佚、と彼の名を呼ぶ声が聞こえた。そして声のする方へ向いた彼は、大きく目を見開いた。

「妹夕」


その頃、優月はかつての友達と話していた。

「お茶、全然苦くなかったよ」

「まじ?」

茶道部の茶会を終えた優月は、茶道部員の友達に言う。

「なんか、水飲んでる感覚だった」

「すげぇな」

「へへへ」

「じゃあな」

「うん!頑張ってね!」

そうして、優月は再び颯佚を探しに歩き出した。

たった1人で。



その少し前、颯佚を探す優月。

しかし、全く彼が見つかる気配がない。箱に詰め込まれたかのような人混み。見つけることは至難の業だ。電話にも出ないのでどうしょうもない。

なので、かつての友達がいる茶道部に行くことにした。

『…どうぞ』

出されたのは猪口に入った深緑の液体。茶だ。

『いただきます』

優月は熱い茶を飲み込む。熱いので中々流し込めない。

その時、和紙に鎮座する饅頭が目に付く。ハッキリ言って気付かなかった。この饅頭は、茶を飲み切った後にしよう。

 


一方の颯佚。

その時、颯佚は目の前に現れた人物に、目を疑っていた。

「…妹夕ちゃん」

彼の呼んだその名は、彼の元彼女だ。

「…颯佚」

彼女の容姿は、あの頃のままだ。紫交じりの細い髪に穏やかそうな瞳。

「…久し振り」

颯佚が相手に放った第一声はこれだった。

「うん、久し振り。元気だった?」

2人の脳裏に、別れたあの光景が蘇る。

学校の支配者とも言える女の子、川傘に目を付けられて、不遜な感情の中別れたのだ。

「…うん」

妹夕はこくりと頷く。

「…あの、一緒に学校巡らない?」

「あ…いいよ」

2人は過去のわだかまりの中に押し込められながらも、成り行きで共にゆくことになった。


そんな事は露知らず、優月は各クラスの露店を見回っていた。

射的と書かれたコーナー。

「優月、やってくか?」

そこで、優月の名が呼ばれる。

「えっ?篠原君」

「射的♪」

その軽い言い方に、優月は大きく頷いた。友達と話すことなどいつぶりか。

割り箸で出来た銃。射的といえば去年の東藤祭を思い出す。射的をして騒いでいたものだ。

「的に向かってショットだ!!」

「あ、うん」

優月は割り箸銃を撃つ。引き金を引くと、輪ゴムが光のような速さで的を掠める。外れた。

「うわぁ」

「残念、もう1回!」

言われるがまま、彼はもう1発を放つ。パン!という壁に着弾する音が響くも、的からは大きくズレていた。

「よし!もう一丁!!」

篠原に押され、優月は照準を定める。両手で構え放った。しかし再び的を掠める。

「えっ!難しい!!」

「頑張って!お前の執念、期待する!」

「おお、偶然の五七五」

そう言いながら優月は、輪ゴム銃を構える。ドラムを叩く時の集中力。殆ど集中(ゾーン)に入った彼の輪ゴムは、ようやく的を打ち倒した。

「おお!!お菓子1個だ!おめでとう!!」

「へ、へはは、やってやったぞ」

すると篠原は心配そうに辺りを見回す。

「あれ、ひとり?」

「あ、うん。ひとり」

ひとり。嫌な言葉だな、優月はそう思いながら、眉をひそめた。

再び彼を探しに歩き出す。


そして、連絡橋を渡る。

「うん、茂華町が一望できるんだな」

風を受ける優月の目に飛び込んだものは、建物の群だった。小学校、マンション、住宅街、役所、大通り。綺麗だな、そう思っていると、

『そこのキミー!』

女の子の声が聞こえてきた。

「ん?」

優月は声のする方へ振り返る。するとピンクのシャツを着た女の子が手を振ってきていた。

『こっちおいでー!』

陽キャか、と思うほど、その声に容赦はない。優月は対方向にある連絡橋へ向かって頷き返した。

そしてそのフロア、1年教室へ向かった。


すると先程の女の子が歓迎する。

「こんにちは!!」

「こんにちは」

優月は年下だろうと、丁寧に返す。

「あれ、ひとり?」

するとその女の子も同じ事を言う。

「あ、えっと、そうです」

何故か、颯佚のことを言いたくなかったのか、優月はそう答えてしまった。

「うーん、じゃあ、おいで!」

そう言って連れて行かれたのは、1年3組の教室だった。

フォトスポット、クイズコーナーと、随分と手の込んだ場所へ足を踏み入れる。

「すげぇ」

室内はオシャレの一言。あまりの場違いな場所に、メンタルが削られるのを感じた。

「さて、問題です!イノシシは何科でしょうか?」

突然、その女の子が出す問題に、優月は頭を捻る。

「イノシシ科?」

「おお!正解!博識!!」

偏差値の高い高校だから?褒め言葉も秀逸。そんな感じがした。

「…じゃあ、次の問題!!」

それから、優月は壁掛けクイズに何問か挑んだ。間違えた問題もあれば、正解できた問題もあった。

「よし!終わったぁ」

女の子が満足そうに言う。

「…そういえば、君、何年生?」

優月が気になったことを彼女に聞く。すると女の子は、

「1年生です!吹奏楽部です!」

と部活まで答えた。

「えっ?吹奏楽部!?何の楽器?」

「バスクラリネットです!」

バスクラリネット。何度か聴いたことがある。御浦楽団の定期演奏会にて。

「バスクラリネット…」

すると優月は向き直る。

「僕は打楽器だよ」

「へぇ」

話すことが尽きると、フォトスポットへ向かわされた。

「じゃあ、一緒に獲りましょうよ」

「えっ、ああ」

「このボードで良いですね?」

そうして、優月は半ば強制的に写真を撮らされることになった。

「笹川、写真お願い!!」

「えっ?ツーショット?」

「いいじゃん!!」

結局、数枚の写真を、優月と彼女は撮ることになった。

「じゃあ、他の所も楽しんでね」

飯村(いいむら)望美(のぞみ)と言った女の子が、優月を廊下まで見送る。

「ありがとうございます」

優月は丁寧に礼を言うと、手を振って階段を降りていった。

(いい人だな…)

飯村望美。面白い出会いをした、優月はそう思った。きっとまた何処かで会うのだろう。

吹奏楽部として生きる限り…。


その頃。

颯佚は、妹夕と話していた。

「…中学校…卒業してからはどうだった?」

颯佚が訊ねる。その言葉はまだぎこちない。

「…川傘さんとは別のクラスになったよ。高校行ってからは、少し大人しくなった」

「そうか」

颯佚は何度もこくりと頷いた。

「それなら、安心か」

「ごめんね。私のせいで」

「別に妹夕ちゃんだけが悪いわけじゃない」

最後まで、苛めを黙っていた彼女も彼女だが、それは仕方がない。

「颯佚は、もう吹部続けていないでしょ?」

「いや、テナーサックスやってる」

「!?」

妹夕は口元に手を当てる。

「アルトじゃないの?」

「ああ、アルトやってた人が入って来てな。移動になったんだ」

「そうなんだ」

颯佚はテナーも吹けたのか、と思う。颯佚は優秀だからなぁ、と納得する自分もいる。

彼はプレッシャーの中、実力を着々と付けていたのだ。だから努力した自分を誇りたがる習性がある。

そして暫く話していると、颯佚の話しが尽きた。

「…あの颯佚…」

「ん?」

その時、妹夕が口を開く。

「また連絡、取り合わない?」

「…」

それは、そういうことだ。

「…また、辛い目を見るかもしれない」

その言葉に、妹夕は首を横に振る。

「大丈夫だよ。私と颯佚なら絶対」

その言葉に隠されるは絶対的な自信。

「ふふ、どっからそんな自信あるんだよ?」

そこで颯佚はようやく表情を崩した。

その時、誰かとすれ違う。

「…ん?」

颯佚は横目にその人物を見る。

「比嘉…?」

その名を呼び、彼は妹夕と並んで歩き出した。


優月はやっとの思いで、美玖音に話しかける。

「…えっ?夏矢君?」

「うん」

「あの人なら、彼女と一緒だよ」

「えっ!?好きな人?」

「そう。好きピ」

優月はガックリと肩を落とす。誤算だった。これから1人か、と絶望の底へ叩き落される。

「…まぁまぁ、私とお化け屋敷行く?」

「それは結構」

「じゃあ、射的は?」

「いいね」

そうして、優月は美玖音と歩き出した。

「…そうだ、美玖音ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」

「はい?」

「…どうすれば、打楽器、上手くなれるかな?」

すると美玖音は少し可愛らしく笑う。

「基礎練習と楽器の特徴を熟知しとくことかな」

「楽器の特徴?」

「そう。ここを叩けば良い音が出るとか、こう振れば音が大きくなりやすい、とかね」

「…へぇ」

「まぁ、優月君なら大丈夫だと思う」

その時、優月の喉がヒュッと鳴る。

「えっ?」

「まだ課題はあるけど、上手くなれるはずだよ」

「ありがと…」

優月はそう言って黙り込んだ。

上手くなりたい、上手くなれる。対比された言葉に優月は決意を新たにする。

「じゃあ、私はここで」

「あ、ありがとう」

優月と美玖音は別れると、彼はまた1人だ。

ひとり。やはり慣れないな。それは華高祭が終わるまで変わることはなかった。

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