【朱雀美玖音誕生日記念】 華高祭総集編
11月6日。茂華高校吹奏楽部2年生の打楽器奏者、朱雀美玖音の誕生日です!
美玖音は、殆どの楽器を扱うことができ、性格も頭も良い最強キャラです!
…そんな訳で、今回は美玖音の活躍する『華高祭』の総集編を送ります!!
一部、原作改変したので是非読んでみてください!!
箏馬が復帰した翌日、茂華町の高校では、文化祭が行われる。各クラス露店を開いたり、体育館でコンサートをするのだ。
そこへ優月は、颯佚と行くことになった。
朝、ベットから身を起こした優月は、私服に身を包む。そしてリュックを手にする。
『ゆづきー!』
その時、寛美が彼を呼んだ。
「…ん?」
優月は重たい瞼を擦ると、母の元へ向かう。
「これ、お昼食べるんでしょ?」
「あ、ありがとうございます」
優月は、母から頂いたお金を財布へ仕舞うと、家を出た。
今日は華高祭に行くのだ。
華高祭とは、茂華高校の文化祭のことだ。ちなみに、他の吹奏楽部員も来るらしい。去年はコンクールで来れなかったのだが、今年はコンクールに出ないので、行けることになったのだ。
ネイビーグリーンの半袖に、黒いズボンとごく普通の容姿をした彼は、茂華駅で颯佚を待つことになっている。
「想大君、いいなー」
ちなみに親友の小林想大だが、彼女の瑠璃とデートだ。吹奏楽部では無い彼は、明日も暇だと騒いでいた。
そうして、待っていると颯佚が来る。颯佚へ優月は手を振ると、彼も振り返した。
そうして、茂華高校へ歩き出した。
「夏矢君、美玖音ちゃんと仲いいの?」
優月がそう訊ねると、颯佚はコクリと頷いた。
「まぁ、元カノとの恋の相談に乗ってくれてたしな」
「えぇ!?そうなんだ!」
羨ましそうに言う優月に、颯佚は首を横に振る。
「でも、あんな思いをするんだったら、付き合わなかった方が幸せだったかもな」
「えっ?何があったの?」
「それは、時が来れば言う」
それっきり彼は黙り込んでしまった。
その後、優月たちはようやく茂華高校へ到着した。ここへ来るは2度目だ。
「…優月君はどうする?」
「えっ?」
「俺、吹部見に行くけど」
「僕も行く」
優月はそう言って、ふふっと自慢げに笑った。
「…そうか」
颯佚の口角が小さく上がった。
そうして2人は、体育館へと向かった。通路を抜けた先に、ステージが待ち構えている。
「…おぉ!」
すると颯佚が「やはり違うな」と言う。
木管、金管、低音、パーカッション。全てが揃っている。流石、県内でも強い高校だ。
「神平って、あれくらいいたの?」
「いや、そんなにいなかった。あれの三分の二くらいかな」
すると、辺りが静寂に包まれる。
「…どっか座ろ」
「ああ」
そう言って、優月と颯佚は、パーカッションパートがよく見える席に付いた。
「…ふふ、楽しみだ」
颯佚はとても楽しそうだ。美玖音以外にも友達が所属しているようだが、やはり美玖音にはそれなりの恩義が有るのだろう。
『それでは、茂華高校吹奏楽部、どうぞ!』
次の瞬間、ドコドン!!と低くお腹へ響くような音が木霊する。
(タムとボンゴか)
この1年、打楽器を知り尽くした優月にとっては、馴染みある楽器だ。
(よく、チューニングされてる…)
優月は、そのタムが丁寧に調整されていることに気付いた。
そして、グロッケンの一糸乱れぬ音。明らかに洗練されている。
すると管楽器の音が入り込む。その音はまるで原曲から切り取ってきたかのようだ。上手い、極限まで洗練している、それは優月にもすぐに分かった。
フルートの丁寧な音色、ホルンの煌びやかな音が、ゆるりと響く。初芽や卒業した周防奏音にも、劣らない程のクオリティーだった。
そして特筆すべき点はやはり打楽器だった。朱雀美玖音。彼女の放つ音は打楽器奏者にとっての模範のようだった。
クラベスを軽く打ち鳴らした。それだけなのに、この耳にまで、きっちりと響いてくる。どこを打てばより良い音が出るかを熟知している。
するとティンパニの跳ねる音が聴こえる。大きい。音圧だけで、この体育館を吹き飛ばしてしまいそうな程に。
(ティンパニの音も良い…。誰が調節したんだ?)
優月の素朴な疑問を打ち破るかのように、バスドラムの音が響く。
ドン!! ドン!! ドン!!
白い皮が大きく揺れる。両手で打つ美玖音の表情は、あのコンサートとは違って真剣だった。怖いくらいに。
そして、音が佳境へ入る。
サックスやトランペットの音が弾ける。華やかな音。そこへ各管楽器も入り込む。
そして、彼女はティンパニを打つ。先程の奏者とは音自体が違った。音は更に大きい。しかし全くうるさいとは感じなかった。安っぽく音を反響させる板が、唸りを上げる。大きい音だが、その音で身震いさえする。まるでプロの演奏を見せられているようだった。
それは、上手くなりたいと思う優月の視線を釘付けにした。
そして管楽器のパァン!と弾けるようなメロディーで曲は終わった。
『皆さん、こんにちは!』
するとホルンを持った少女がマイクを持って、語りかけてくる。10分近く演奏したというのに、全く疲れた様子は無い。
『茂華高校吹奏楽部です。今日は来ていただきありがとうございます!』
すると、楽譜をペラッと捲る音があちらこちらへ反響する。
『さて、次はMrs.GReeeeNAppleさんのMagicです!』
すると、トランペットの高らかな音が響く。御浦の奏者にも劣らない演奏。氷空より上手いことは明確だ。そして、ボンゴの音が響く。1年生らしき女の子が叩いていた。春には会わなかったが、彼女も経験者なのだろう。
ドラムは想像通り、美玖音が務めていた。タムタムの繊細なリズムを難なく打つ。タムの音が心地よい。彼女の演奏技術と併用して素晴らしい。
そして、管楽器の音が打楽器の音と、共に吹き現れる。その音はドラムに負けず劣らずだった。
(すげぇ。絶対、鳳月さん以上だ)
楽器の実力を比べることはあまり芳しく無いのだが、優月はついそう思った。バスドラの細かい打撃も抜かすことがない。その模範的な演奏は、恐らくゆなには出来ない。
経験6年の本懐が今、ここで伺い知れる。
(更にうまくなったな。朱雀)
颯佚も心の中で絶賛する。
原曲の素晴らしいメロディーを、それ以上の魅力を引き出している。
シンバルの音もパシン!と最大限に引き出す術を知る彼女の演奏は、重過ぎず、雑過ぎない演奏だった。
恐ろしかった。彼女が先輩でも後輩でも無く、同じ同級生であることが。
そうして、数曲のポップスを終えた。ドラムパートはサイクル式でそれぞれ人が違っていた。最終的には美玖音がドラムを使う。
『さて、最後の曲です!』
部長が言うと、全員が楽器を構えた。
『皆さん、手拍子をお願いします!Re start!』
するとティンパニのロールが響く。それと同時にハイハットのツッツッツッツッ!という音が響く。
ドド…!とバスドラムの音が響く。その繊細な音を足で打ち鳴らせることが羨ましい。そしてオープンクローズもうるさすぎず、管楽器の音に便乗するように響く。
すると美玖音を除く打楽器パートの全員が、両手を天に挙げる。音が少し収まったかと思うと、パパン!と絶妙なタイミングで手拍子が響く。それからは、オーボエやフルートのメロディーソロ。サビも様々な楽器が、体育館を跳ね回った。
ドドドドドド!
今度はスネアとフロアタムが跳ねる。その音は重厚なものだった。すかさずシンバルが打たれる。全てがプログラムされているかのようにブレない。上手い、上手い、上手い。何処を見ても非の打ち所がない。
彼女のパーカッションを聴いてからは、演奏そのものが別格だと感じた。
やはり吹奏楽において、打楽器つまり、パーカッションは重要だ。
グロッケンソロで曲は終わった。1年生のタンバリンも素晴らしい。打楽器のレベルが全然違う。優月はそう思った。そして管楽器。常に耳の中へ響く。そのプロのような音は他の模範だろう。
茂華高校吹奏楽部。全く底が見えない…。
「朱雀、更に上手くなったな」
「うん!ってか、打楽器の音、良くなかった?」
「優月君はそこまで気にするのか。朱雀がやったんだ」
「えっ?美玖音ちゃんが?」
「ああ。あいつ、チューニング大好きだからな。しかもチューニングした楽器が神がかった音を出すことから、あだ名は」
「裏で暗躍する神だから、裏神でしょ?」
「え、よくわかったな?」
「この前、咲慧ちゃんが言ってた」
「ああ、君の彼女か」
「別に好きって訳じゃないよ!」
その後、颯佚はある場所へ向かった。段ボールで隠された教室からは、女の子の悲鳴が木霊する。
「お化け屋敷、優月君が来ないとは」
優月は心臓に悪いものは苦手らしい。だから断られた颯佚は、ひとりだ。
「まぁ、大丈夫だろ」
そう言って颯佚は教室へと入って行った。
中は真っ暗だった。青白い陽の光が差し込む。それが手がかりには成らない。そして段ボールで区画された道に従う。
「新聞紙に赤い絵の具、なんだ…」
各ギミックを見破る彼は、そのまま背後を見ることなく、前へと進む。
しかし、次の瞬間、床へ腐った血がしたたる。
「えっ?」
同時に背後からぬるりと何かが迫る。
「なんだ…?…ああ」
その僅かな音を聴いた彼は、恐る恐る振り返る。
「…ぐはっ」
背後を見た颯佚は絶叫した。
「うわぁぁぁぁぁああ!?」
「ったく、颯佚君、大丈夫かな?あ、」
その頃、優月は、美術室にて手作り絵はがきを見ていた。
「これ、綺麗」
その手にはがき2枚を手に、生徒に話しかける。
「すみません、お願いします」
「はい、300円です」
優月は硬貨3枚を置く。すると「ありがとうございます」と生徒は硬貨を受け取った。すると女の子が目を見開く。
「…あ、優月だ!」
「ん?あ、黒坂さん!」
黒坂という女の子は、優月の中学時代の友達だ。美術部繋がりでたまに話していた。
「黒坂さん、高校でも美術部なんだ」
「うん。優月は?」
「僕は吹部だよ」
「あー、そっか」
そうして少し話すと、優月は美術室を出ていった。
「じゃね」
優月はそう言って、階段を降りていった。
その時、颯佚はお化け屋敷から出ていた。
「かぁ、死ぬかと思った」
その後ろには朱雀美玖音。茂華高校吹奏楽部のパーカッションパートのトップランカーだ。
そんな彼女は朗らかな笑みを浮かべる。
「ふふ、びっくりしたでしょう?」
そう言って、彼女のエプロンに付いた赤い液体をひらひらと見せる。
「はぁ」
彼女のネタバラシとしては、こうだ。
美玖音は、段ボールナイフを腹に刺したフリをし、死にかけの怪物の如くうめく。突然の状況に衝撃を受けた彼は絶叫したというわけだ。
「…全く、びっくりした」
颯佚はそう言ってブルブルと肩を震わせた。
「まぁ、さっきので私、最後のシフトだからね」
「えっ?」
「だから、一緒に見に回らない?」
「えっ?優月君がいるんだけど」
「優月君?打楽器の?」
颯佚は頷いた。
「それなら、会ったらで良いでしょう?」
「はぁ。じゃあ、優月君に見つかるまで回るか」
そう言って、美玖音と颯佚は2年教室フロアから去って行った。
「あれ?颯佚君、来るのが遅かったか…」
待ち合わせもしていないので案の定、優月はそう言って颯佚を探しに行った。
ー6年前ー
その時、彼女は小学4年生だった。
朱雀美玖音。小さい頃からそう呼ばれていた。その名に違和感は無かった。
『…失礼します』
その小さい手が開いた先は、音楽室だった。
すると数人の楽器を持つ年上たちがコチラへ凝視してきた。
『あら、もしかして4年生?』
すると楽器を持った女の子が話しかけてきた。その楽器はコルネットと言うらしい。
『う、うん』
美玖音は素直に頷いた。
その後は絵に描いたような歓迎を受けた。
『何の楽器にする?』、『これ吹いてみてよ』と言われる。美玖音は丁寧に全ての楽器を体験した。
『…わぁ!綺麗な音!』
白銀の光を反射するフルートを唇から離した美玖音は、上級生を凝視する。
『そ、そうですか?』
真ん丸の瞳が可愛らしく揺れる。その艷やかな表情に、上級生は頷いた。
『すごいね!美玖音ちゃん。コルネットも、アルトホルンも、クラリネットも、ユーフォも、フルートも吹けるなんて』
すると隣りにいた上級生の友人も同意する。
『これで、神平小の吹部は安泰だな』
『あん…たい?』
『安心ってことだ』
『へぇ…』
やはり、自分は優秀なのかな?と美玖音は思う。
『あとは、打楽器かな?』
『打楽器?』
『ああ、あれだよ』
そう言って上級生が指さしたものは、音楽室内の大半を占める打楽器の群だった。
『…わぁ、大っきい』
美玖音はそう言って、たたた…と打楽器の群れへ歩き出す。
『わ!びっくり!?』
その時、打楽器の上級生が声を上げる。
『…よ、4年生?』
『うん!』
『おっけ!打楽器確保!!』
『きゃー♡』
『えっ!?あっ!ちょっと!?その子は我がコルネットに…』
『何よ?コルネットは事足りるでしょ?』
『打楽器だって4人も…』
『この子にはドラムをやらせるんだ!!』
他の勧誘を断固拒否するのは、何故か打楽器の上級生。
『…ドラムって何ー?』
美玖音は、その会話を打ち破る。
『えっ…?めっちゃカッコいい楽器だよ!』
『わぁーい、私それやろ』
光の速さで決意した彼女は、その後打楽器をすることになった。
しかし、それが後に大きな事態を起こす事になる。
『萌奈ちゃん、もうタンバリンできたぁ!』
『えっ?まだ楽譜出て、1時間だよ!』
美玖音の打楽器の演奏センスは、群を抜いていた。
『えぇ…』
タンバリンを寸分の狂いなく打てる彼女に、上級生の鴨茂萌奈は、指導に困ってしまった。
その時だった。
『じゃあ、本当にドラムやらせますか』
男性が2人に話しかける。この吹奏楽部の顧問だ。
『えっ…?』
『わぁい!やりたぁい!!』
『小学4年生でドラムやってる子は、初めてだけどね』
美玖音のあまりのスピード出世に、萌奈は自身の表情が引きつった。
それから、コンサート、コンクールでも演奏技術のレベルが高い曲を任された。高い壁に当たる度、顧問の付きっきり指導をされながらも、演奏技術を伸ばしていった。
『先生、ありがとうございました』
『いやいや、美玖音ちゃん程、自主練したがる子は初めてですよ』
『だって、楽しく演奏したいんですもん』
『ふふ、いいことです』
そうして彼女は、小学校卒業時点で、既に中学生レベルの演奏を身に着けていた。その頃には、努力というより遊び感覚で演奏するようになった。
○ ○ ○
そして中学校に上がってからも、彼女の成長は驚くものだった。
『先輩、そこのティンパニ、少しズレてますよ』
こうして先輩に教えることもしばしあった。
『い、いや、ティンパニの調子が悪いだけじゃない?』
『…では、部活終わりに調子良くしておきます』
その会話を聞いて、サックスの音羽妹夕は『フフッ』と笑っていた。
いつの間にか、先輩が言い訳すら出来ない環境を、美玖音は作り上げていた。
彼女の打楽器のチューニングの技術は、とても高かった。まるで高級な楽器を使っているように思える程だった。
「おーい、朱雀?」
その時、美玖音の視界が白い光に包まれる。その横には颯佚がいた。
「あ、ごめんね」
美玖音はそう言って、目をゴシゴシと擦った。
「ちょっと、昔を思い出してた」
「それ、年取ってんじゃないの?」
颯佚がケラケラ笑う。美玖音は「かもね」と言って、両腕を天に挙げた。
「あ、そういえば、妹夕ちゃんね」
「うっ!何だよ?」
突然、颯佚は眉をひそめる。
「あなたに会いたいと」
「…はぁ」
颯佚は当時のことを思い出す。あまり良い話ではない。
美玖音の入部から2年後の夏。颯佚と妹夕に事件が起こる。
『ねぇ、美玖音ちゃん』
『妹夕ちゃん?どうかしたの?』
『私、颯佚とね』
『颯佚?ああ、夏矢君ですか』
美玖音と颯佚は、同じ吹奏楽部だった。
『別れろって、川傘に言われたの』
『えっ?玲海さんに?』
川傘玲海は、いわゆる支配者だった。
『そんなの断りなさい。そっか!』
美玖音は思い出したように手を打つ。
『あの人、夏矢君のことが好きなのか』
『そうなの。それで私を妬んで』
『はぁ。それは放置しなさい』
美玖音はそれだけ言って、彼女とは反対の方へ歩き出した。しかしその1カ月後。
『はぁ…!』
颯佚が、頭を押さえながら音楽室へ入ってきた。
『…ん』
彼は妹夕に話しかけること無く、サックスを手にする。
『なぁ…』
しばらくした時、颯佚が口を開く。
『…誰が、俺と妹夕ちゃんがキスしたなんて嘘流したんだろうな?』
『川傘さん…だと思う』
『なるほどな。アイツ、影響力はあるからな』
その2人の声は、とても小さかった。まるで何かに恐れているかのように。
『…このまま私ら、2人で居たら、きっと友達以外にも進路にも影響するかもしれない』
『…えっ?』
『別れない?噂が広まるのも嫌だし…』
その言葉は颯佚にとっては、大分ショックだった。
『はぁ。そうだな。川傘が今度、どんな噂を流すかも分からないしな』
『うん』
『もっと一緒に居たかった』
この日、3年続いた交際に幕が下ろされた。川傘という1人の人間の嘘によって。 それからは噂はパッタリと消えた。人間というのは本当に都合が良い。
しかし、颯佚は自分の恋を忘れることが苦しかった。いつしか、もう会いたくない、そう自分に言い聞かせることしか出来なかった。
そんな事件から2年。
「…はぁ。もう嫌だ。あの子と居て、今度はどんな目に遭わされるのか」
それは颯佚の本音だった。また同じ噂が付きまとわれることが怖い。
彼女がトラウマだ。
「まだ好きなくせに」
そう言って美玖音はくすりと笑う。まるで彼の心情を見透かしているかのように。
「ね」
その時、颯佚、と彼の名を呼ぶ声が聞こえた。そして声のする方へ向いた彼は、大きく目を見開いた。
「妹夕」
その頃、優月はかつての友達と話していた。
「お茶、全然苦くなかったよ」
「まじ?」
茶道部の茶会を終えた優月は、茶道部員の友達に言う。
「なんか、水飲んでる感覚だった」
「すげぇな」
「へへへ」
「じゃあな」
「うん!頑張ってね!」
そうして、優月は再び颯佚を探しに歩き出した。
たった1人で。
その少し前、颯佚を探す優月。
しかし、全く彼が見つかる気配がない。箱に詰め込まれたかのような人混み。見つけることは至難の業だ。電話にも出ないのでどうしょうもない。
なので、かつての友達がいる茶道部に行くことにした。
『…どうぞ』
出されたのは猪口に入った深緑の液体。茶だ。
『いただきます』
優月は熱い茶を飲み込む。熱いので中々流し込めない。
その時、和紙に鎮座する饅頭が目に付く。ハッキリ言って気付かなかった。この饅頭は、茶を飲み切った後にしよう。
一方の颯佚。
その時、颯佚は目の前に現れた人物に、目を疑っていた。
「…妹夕ちゃん」
彼の呼んだその名は、彼の元彼女だ。
「…颯佚」
彼女の容姿は、あの頃のままだ。紫交じりの細い髪に穏やかそうな瞳。
「…久し振り」
颯佚が相手に放った第一声はこれだった。
「うん、久し振り。元気だった?」
2人の脳裏に、別れたあの光景が蘇る。
学校の支配者とも言える女の子、川傘に目を付けられて、不遜な感情の中別れたのだ。
「…うん」
妹夕はこくりと頷く。
「…あの、一緒に学校巡らない?」
「あ…いいよ」
2人は過去のわだかまりの中に押し込められながらも、成り行きで共にゆくことになった。
そんな事は露知らず、優月は各クラスの露店を見回っていた。
射的と書かれたコーナー。
「優月、やってくか?」
そこで、優月の名が呼ばれる。
「えっ?篠原君」
「射的♪」
その軽い言い方に、優月は大きく頷いた。友達と話すことなどいつぶりか。
割り箸で出来た銃。射的といえば去年の東藤祭を思い出す。射的をして騒いでいたものだ。
「的に向かってショットだ!!」
「あ、うん」
優月は割り箸銃を撃つ。引き金を引くと、輪ゴムが光のような速さで的を掠める。外れた。
「うわぁ」
「残念、もう1回!」
言われるがまま、彼はもう1発を放つ。パン!という壁に着弾する音が響くも、的からは大きくズレていた。
「よし!もう一丁!!」
篠原に押され、優月は照準を定める。両手で構え放った。しかし再び的を掠める。
「えっ!難しい!!」
「頑張って!お前の執念、期待する!」
「おお、偶然の五七五」
そう言いながら優月は、輪ゴム銃を構える。ドラムを叩く時の集中力。殆ど集中に入った彼の輪ゴムは、ようやく的を打ち倒した。
「おお!!お菓子1個だ!おめでとう!!」
「へ、へはは、やってやったぞ」
すると篠原は心配そうに辺りを見回す。
「あれ、ひとり?」
「あ、うん。ひとり」
ひとり。嫌な言葉だな、優月はそう思いながら、眉をひそめた。
再び彼を探しに歩き出す。
そして、連絡橋を渡る。
「うん、茂華町が一望できるんだな」
風を受ける優月の目に飛び込んだものは、建物の群だった。小学校、マンション、住宅街、役所、大通り。綺麗だな、そう思っていると、
『そこのキミー!』
女の子の声が聞こえてきた。
「ん?」
優月は声のする方へ振り返る。するとピンクのシャツを着た女の子が手を振ってきていた。
『こっちおいでー!』
陽キャか、と思うほど、その声に容赦はない。優月は対方向にある連絡橋へ向かって頷き返した。
そしてそのフロア、1年教室へ向かった。
すると先程の女の子が歓迎する。
「こんにちは!!」
「こんにちは」
優月は年下だろうと、丁寧に返す。
「あれ、ひとり?」
するとその女の子も同じ事を言う。
「あ、えっと、そうです」
何故か、颯佚のことを言いたくなかったのか、優月はそう答えてしまった。
「うーん、じゃあ、おいで!」
そう言って連れて行かれたのは、1年3組の教室だった。
フォトスポット、クイズコーナーと、随分と手の込んだ場所へ足を踏み入れる。
「すげぇ」
室内はオシャレの一言。あまりの場違いな場所に、メンタルが削られるのを感じた。
「さて、問題です!イノシシは何科でしょうか?」
突然、その女の子が出す問題に、優月は頭を捻る。
「イノシシ科?」
「おお!正解!博識!!」
偏差値の高い高校だから?褒め言葉も秀逸。そんな感じがした。
「…じゃあ、次の問題!!」
それから、優月は壁掛けクイズに何問か挑んだ。間違えた問題もあれば、正解できた問題もあった。
「よし!終わったぁ」
女の子が満足そうに言う。
「…そういえば、君、何年生?」
優月が気になったことを彼女に聞く。すると女の子は、
「1年生です!吹奏楽部です!」
と部活まで答えた。
「えっ?吹奏楽部!?何の楽器?」
「バスクラリネットです!」
バスクラリネット。何度か聴いたことがある。御浦楽団の定期演奏会にて。
「バスクラリネット…」
すると優月は向き直る。
「僕は打楽器だよ」
「へぇ」
話すことが尽きると、フォトスポットへ向かわされた。
「じゃあ、一緒に獲りましょうよ」
「えっ、ああ」
「このボードで良いですね?」
そうして、優月は半ば強制的に写真を撮らされることになった。
「笹川、写真お願い!!」
「えっ?ツーショット?」
「いいじゃん!!」
結局、数枚の写真を、優月と彼女は撮ることになった。
「じゃあ、他の所も楽しんでね」
飯村望美と言った女の子が、優月を廊下まで見送る。
「ありがとうございます」
優月は丁寧に礼を言うと、手を振って階段を降りていった。
(いい人だな…)
飯村望美。面白い出会いをした、優月はそう思った。きっとまた何処かで会うのだろう。
吹奏楽部として生きる限り…。
その頃。
颯佚は、妹夕と話していた。
「…中学校…卒業してからはどうだった?」
颯佚が訊ねる。その言葉はまだぎこちない。
「…川傘さんとは別のクラスになったよ。高校行ってからは、少し大人しくなった」
「そうか」
颯佚は何度もこくりと頷いた。
「それなら、安心か」
「ごめんね。私のせいで」
「別に妹夕ちゃんだけが悪いわけじゃない」
最後まで、苛めを黙っていた彼女も彼女だが、それは仕方がない。
「颯佚は、もう吹部続けていないでしょ?」
「いや、テナーサックスやってる」
「!?」
妹夕は口元に手を当てる。
「アルトじゃないの?」
「ああ、アルトやってた人が入って来てな。移動になったんだ」
「そうなんだ」
颯佚はテナーも吹けたのか、と思う。颯佚は優秀だからなぁ、と納得する自分もいる。
彼はプレッシャーの中、実力を着々と付けていたのだ。だから努力した自分を誇りたがる習性がある。
そして暫く話していると、颯佚の話しが尽きた。
「…あの颯佚…」
「ん?」
その時、妹夕が口を開く。
「また連絡、取り合わない?」
「…」
それは、そういうことだ。
「…また、辛い目を見るかもしれない」
その言葉に、妹夕は首を横に振る。
「大丈夫だよ。私と颯佚なら絶対」
その言葉に隠されるは絶対的な自信。
「ふふ、どっからそんな自信あるんだよ?」
そこで颯佚はようやく表情を崩した。
その時、誰かとすれ違う。
「…ん?」
颯佚は横目にその人物を見る。
「比嘉…?」
その名を呼び、彼は妹夕と並んで歩き出した。
優月はやっとの思いで、美玖音に話しかける。
「…えっ?夏矢君?」
「うん」
「あの人なら、彼女と一緒だよ」
「えっ!?好きな人?」
「そう。好きピ」
優月はガックリと肩を落とす。誤算だった。これから1人か、と絶望の底へ叩き落される。
「…まぁまぁ、私とお化け屋敷行く?」
「それは結構」
「じゃあ、射的は?」
「いいね」
そうして、優月は美玖音と歩き出した。
「…そうだ、美玖音ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
「はい?」
「…どうすれば、打楽器、上手くなれるかな?」
すると美玖音は少し可愛らしく笑う。
「基礎練習と楽器の特徴を熟知しとくことかな」
「楽器の特徴?」
「そう。ここを叩けば良い音が出るとか、こう振れば音が大きくなりやすい、とかね」
「…へぇ」
「まぁ、優月君なら大丈夫だと思う」
その時、優月の喉がヒュッと鳴る。
「えっ?」
「まだ課題はあるけど、上手くなれるはずだよ」
「ありがと…」
優月はそう言って黙り込んだ。
上手くなりたい、上手くなれる。対比された言葉に優月は決意を新たにする。
「じゃあ、私はここで」
「あ、ありがとう」
優月と美玖音は別れると、彼はまた1人だ。
ひとり。やはり慣れないな。それは華高祭が終わるまで変わることはなかった。




