【第3話:誰よりも先に動くということ】
店舗の営業が終わったあと、
カノンはパソコンの前で、今日のSNSデータを眺めていた。
インプレッション。エンゲージメント率。クリック数。
数字は、正直だ。
何に反応されて、何がスルーされたのか。
フォロワー数は、ただの通過点にすぎない。
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「そろそろ、“見られるための投稿”から、“動かす投稿”に変えないと。」
小さな声で、自分に言い聞かせるように呟いた。
バズらせることが目的じゃない。
集客の導線をつくる。来店理由を生み出す。
この店を「行ってみたい店」に変える。
それが、広報の仕事だ。
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他の幹部たちが営業に出ている間、
カノンは写真を整え、ストーリーの順番を並べ直し、
ハッシュタグを再構成して投稿を仕込んだ。
ただの“今日もありがとう”じゃない。
そこに一つ、「意図」を入れた。
《はじめての人も、女の子も、すでにこの空間の一部だよ。》
店に来ることが“特別じゃない”と思わせる一文。
この言葉に引っかかった人が、
いつか扉を開けるかもしれない。
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次の日、X(旧Twitter)の通知が止まらなかった。
DMには「前から気になってました」「今度行きます」の文字が並んでいる。
バズではない。
でも、確実な“反応”だった。
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店に来たお客さんが、こう言った。
「昨日の投稿、あれ見て来ました。
なんか、入りやすそうって思って。」
それを聞いたミユが、ぽつりとつぶやいた。
「……カノン、すご。」
その言葉にカノンは首を振る。
「まだ何もすごくないよ。
でも──やらなきゃ、始まらない。」
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小さな火が灯った。
それはまだ、静かで、誰にも強制するものじゃない。
けれど、確かに“始まった”という空気だけは、
組織の中に、静かに広がっていった。