第1節:空爆の日
# 第1節:空爆の日
【登場人物紹介】
・ハサン:17歳のシリア人青年。アレッポの高校生。両親と妹と暮らしている。
・アミラ:9歳の少女。ハサンの妹。明るく好奇心旺盛な性格。
・アフマド:40代のシリア人男性。ハサンとアミラの父親。大学で歴史を教えていた。
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空が割れるような轟音が、シリア北部の古都アレッポの朝を引き裂いた。かつては「中東のパリ」と称され、石灰岩の美しい建築物と活気ある市場で知られたこの街は、内戦の炎に包まれ、今や廃墟と化しつつあった。
「アミラ!」
17歳のハサンは叫びながら、9歳の妹の小さな体を覆い被さった。オリーブ色の肌と黒い巻き毛を持つハサンは、学校でトップの成績を誇る優秀な生徒だった。英語と数学が得意で、将来は医者になる夢を持っていた。窓ガラスが粉々に砕け散り、鋭い破片が室内に飛び込んでくる。壁が揺れ、天井から砂埃が降り注ぐ中、彼は本能的に妹を守った。
「お兄ちゃん、怖い…」
アミラの細い腕がハサンの首にしがみついた。大きな茶色の瞳と母親譲りの長い黒髪を持つアミラは、絵を描くのが好きな繊細な少女だった。彼女はまだ9歳。戦争が始まってからの5年間、彼女の人生の半分近くが爆撃の恐怖の中で過ぎていった。かつては毎日のように聞こえていた笑い声は、今や恐怖の叫びに変わっていた。
「大丈夫だ。ここにいれば安全だ」
そう言いながらも、ハサンは自分の言葉に確信が持てなかった。もはやシリアに安全な場所などない。特に反政府勢力の拠点とされるアレッポの東部地区では。一度は豊かな中産階級が住んでいたこの地区も、今や砲撃の痕が刻まれた建物と瓦礫の山が広がるだけだった。
二度目の爆発は、さらに近くで起きた。三階建ての石造りの家全体が揺れ、代々受け継がれてきた家具や、母が大切にしていた陶器のコレクションが棚から落ちて砕ける音が響いた。
「ハサン!アミラ!どこにいる?」
父の声が一階から聞こえた。教師だった父アフマドは、戦争が始まっても街を離れることを拒み、子供たちに教育を続けていた勇敢な男だった。灰色が混じり始めた黒髪と、いつも本を読むときに使う丸眼鏡が特徴的だった。
「二階だ!僕たちは無事だ!」
ハサンは叫び返した。しかし、三度目の爆発が彼の言葉を飲み込んだ。今度は、まるで世界そのものが崩れ落ちるような衝撃だった。空気が振動し、耳が痛くなるほどの轟音が響き渡った。
一瞬の静寂。
そして、轟音と共に床が傾き始めた。漆喰の壁にはひびが走り、天井から塵と小さな破片が雨のように降ってきた。
「アミラ、つかまって!」
ハサンは妹を抱きかかえ、崩れ落ちる床から離れようとした。彼の手には、父からの16歳の誕生日プレゼントだった腕時計がきらりと光った。だが遅かった。二人の体は傾いた床を滑り落ち、かつては家族の団欒の場だった一階のリビングへと転落していった。
意識が戻ったとき、ハサンの目に飛び込んできたのは灰色の光景だった。かつて自分の家だった場所は、今や瓦礫の山と化していた。空気は埃と火薬の匂いで満ちていた。太陽の光が瓦礫の隙間から差し込み、かつての生活の断片を照らしていた。
「アミラ…」
彼は咳き込みながら、自分の体の下にいるはずの妹を探した。アミラは無事だった。額に小さな切り傷があり、白いワンピースは埃で灰色になっていたが、呼吸はしている。
「お父さん!お母さん!」
ハサンは叫んだ。返事はない。周囲には、かつてのリビングルームの面影はなかった。母が大切にしていたペルシャ絨毯は瓦礫の下に埋もれ、壁に飾られていた家族写真のフレームだけが、奇跡的に無傷で床に落ちていた。
彼は慎重にアミラを安全な場所に移すと、瓦礫の中を這いずり回った。父と母を見つけなければ。彼らは一階にいたはず。キッチンか、それとも居間か。母ファティマはいつも朝はキッチンで家族の朝食を準備していた。彼女の作るザータルとオリーブオイルを塗ったパンの香りが、今も記憶に鮮明に残っている。
「お父さん!」
崩れた壁の向こうから、かすかに手が見えた。ハサンは必死に瓦礫を取り除いた。手が切れ、血が流れても気にしなかった。そこには父が横たわっていた。胸に大きな梁が落ちている。かつては力強かった体は、今や弱々しく、顔は埃と血で覆われていた。
「ハサン…」父の声はかすかだった。「アミラは…?」
「無事だ。気を失っているけど、怪我はない」
「良かった…」父は安堵の表情を浮かべた。血が口から流れ出ていた。「お前たちは…生きろ…」
「一緒に行こう!助けを呼んでくる!」
ハサンは叫んだが、父の目から既に光が消えていくのが分かった。かつて知識と愛情で輝いていた瞳は、今や曇り始めていた。
「お母さんを…探して…」
それが父の最後の言葉だった。ハサンは父の目を静かに閉じ、額にキスをした。
母を見つけるのに時間はかからなかった。いつも家族のために料理を作っていたキッチンの瓦礫の下で、彼女は既に息絶えていた。花柄のスカーフで覆われた頭は無傷だったが、体は建物の残骸に押しつぶされていた。ハサンは涙も出なかった。ただ、胸の中に広がる虚無感だけがあった。母の手から、彼女が大切にしていた祈りの数珠が落ちていた。ハサンはそれを拾い、ポケットに入れた。
遠くでサイレンの音が聞こえ始めた。救急車か、それとも別の爆撃の前触れか。もはや区別がつかない。アレッポの空は、かつての澄んだ青さを失い、今や煙と埃で覆われていた。
ハサンはアミラのところに戻った。妹はまだ意識を取り戻していなかった。それは良いことかもしれない。目を覚ましたとき、彼女が見る世界は、もう二度と同じではないのだから。彼は妹の顔から埃を優しく拭い、小さな切り傷に自分のシャツの袖を破って作った包帯を巻いた。
「生きよう、アミラ」
ハサンは妹の小さな手を握りしめた。その手は、かつては絵筆を持ち、カラフルな絵を描いていた。今は埃と血で汚れていた。
「僕たちは生きる。父さんとの約束だ」
空には、次の爆撃機の影が見え始めていた。金属の鳥が太陽の光を反射して輝いていた。かつては鳥の飛ぶ姿に自由を感じたハサンだったが、今やそれは死と破壊の象徴でしかなかった。