おつかい
「"おつかい"?」
「えぇ、大根を買い忘れてしまったの」
二月の眠りから覚めたばっかりで、まだ体が重たいけど、なんとか一人で自由に動けるようになった。
けれどする事も無いので、皆の稽古を見ていたら、ツネさんに呼ばれて"おつかい"を頼まれた。
「八百屋で一つ、買って来てほしいんだけど……分かる?」
「えーと……"やおや"さん、ですか」
「そうよね……でも皆さんお稽古の最中だし……」
いのうえさんだったら一緒に行ってくれるかもしれないけれど、生憎今日はひじかたさんといのうえさんは来ていない。
「……あの」
「わっ!?」
振り返ると、いつの間に人が来ていた。そうじさんと同じくらい背が高くて、キリッとした鋭い目をしている。
「俺、行って来ます」
私がボーッとしていると、その人はさっさと行ってしまおうとする。
「わ、私も行きます!」
慌てて私も追いかけようとするが、袖を引っ張られた。
「真白さん、お金!」
「えっと……名前を聞いても良いですか?」
「……山口一」
「や、やまぐちさんですね!」
やまぐちさんも、"しえいかん"の人なのだろうか。
そう思って下からじーっと見ていると、やまぐちさんが言った。
「記憶が無い云々の話は聞いている。……災難だったな」
「そんな……私なんかより、皆さんにたくさん迷惑と心配をかけてしまって……」
もう目を覚まさないと思った時もあっただろう。それでも、こんどうさんたちは私を待っていてくれたのだ。
「やまぐちさん、私達って知り合いだったんですか?」
「……俺は、あんたが眠っている間に通う様になったから」
「へえ、じゃあ、私の方が先輩ですか?」
「記憶が無いのだから、そんな事言っても意味は無い」
「確かに」
やまぐちさんは、必要な事しか話さない。それでも、話しかけると返してくれる。
「私の周りの人は皆、とっても優しいです」
「……俺以外はね」
「それでもこうやって返事をしてくれますよね」
「じゃあ返事しない」
「ひどい!」
横に歩くやまぐちさんは、背が高い。なのに、私に合わせてくれている。ちらりと顔を見ると、頬が赤い。
("てれかくし"ってやつ?)
やまぐちさんは、分かりにくそうで、分かりやすい人みたいだ。
「真白ちゃん、山口くんと買い物行ってたんですか?」
"しえいかん"に帰った途端、そうじさんがやって来て、そう訊ねてきた。
その顔には珍しく、焦った様な表情が浮かんでいる。
「はい。"やおや"さんに行って来ました」
「そ、そう……大丈夫でした?」
「ええ、結局やまぐちさんに"だいこん"、持たせてしまいましたけど……」
そう言うとそうじさんは、安心したように下を向いて息を吐いた。
私はまだ危なっかしいから、知らない内に、そうじさんに沢山心配をかけていたようだった。
「すみません。今度からは、ちゃんと声をかけてから行きますね」
「そうして下さい……」
「それよりも、早くツネさんに"だいこ"……ってうわぁ!!」
"だいこん"を抱えて走り出した瞬間に、着物の裾を踏んづけて躓いた。
(あれ、痛くない……)
振り返ると、そうじさんとやまぐちさんが、二人で私の事を引っ張り戻してくれていた。
「まだ麻痺が残ってるんですから……!!」
「本当に危なっかしいな……」
「す、すみません」
どうやら私は、まだまだ皆さんに心配をかけてしまうみたいです。