てんぷら
今回はたくさん人が出てきます。
「はっ……こ、これは……!!」
「これは?」
こんがりとしたさくさくしたモノ、つまり"てんぷら"を前に息を呑む。隣ではそうじさんが不思議そうな顔をした。
食べ物らしいので、何となく手元にあった"はし"で掴む。思いっきり口の中にそれを突っ込むと、すごく熱かった。痛みで目から涙が出る。
「い、いは、はふはふ、」
「真白ちゃん、慌てずとも天ぷらは逃げませんよ」
そう微笑むのはやまなみけいすけさん。この人も、"しえいかん"に通う人らしい。頭が良く優しい人で、私が何かする度にころころ笑っている。ただ面白がってるだけかもしれないが。
「行儀悪ぃぞー」
言葉遣いとは裏腹に、背筋を伸ばして綺麗にご飯を食べるこの人は、とうどうへいすけさん。やまなみさんととうどうさんは、元は別の"どうじょう"に居て、其処の知り合いだったらしい。
「あつ……あ、でもおおひい……」
何となく、"おいしい"と言う単語が出てきた。この様なモノを"おいしい"と言うのだろうか。
「ひょうのめひは豪勢だな。やっぱまひろがおひはからかよ」
もぐもぐと咀嚼しながら話すのは、ながくらしんぱちさん。この人も、前はやまなみさん達とは別の"どうじょう"に通っていたらしい。
「ああ、ツネも大喜びでな」
こんどうさんの奥さん・ツネさんは、私を見ると走って来て、ぎゅっとしてくれた。それから大喜びで、"てんぷら"を作ってくれたのだ。
「こんどうさんがお父さんって事は、ツネさんはお母さんなんですよね。多分」
「そう言う事じゃない?」
そうじさんが言いながら、天ぷらを一つ取ってくれた。
「わぁ、ありがとうございます。でもなんだか変なんですよね」
「え?何がですか?」
「さっき"てんぷら"を食べてから、口の……なんか、感覚が無い、みたいな」
そう言うとそうじさんは、あぁ、と言う顔をした。
「火傷しちゃったんですね」
「や……"やけど"しちゃったんですか、私」
ふむふむ、と考える。おいしいモノにはこんな欠点があったとは。
そう思っていると、ながくらさんと目が合った。
「どうかしましたか?」
「なんでもねぇよ」
(馬鹿になったな、コイツ)
それは永倉以外の皆も思った事だった。
「寝れないなあ」
ひじかたさんもいのうえさんも、家に帰ってしまった。
もう寝なさい、と言われて"へや"に押し込まれたが、目がパッチリ開いてて、眠れない。
「あ、居た」
「そうじさん」
"へや"の障子を開け、庭に繋がる所に出てみた。空をぼーっと見てると、そうじさんに見つかってしまった。
「真白ちゃん、寒くないんですか?」
「むしろポカポカしてます」
今は"ふゆ"で、寒いらしい。しかしさっきまで"ふとん"でぬくぬくしていたので、むしろ暖かいくらいだ。
「寝れませんか?」
「……いいえ。今日、色んな事があったなぁ、って。思い出してたんですよ」
起きたばっかりなのに。
「そうですね。……起きて、天ぷら食べて、皆で双六して……」
「はい……やまなみさん達に、沢山笑われてしまいました……」
しょんぼりしながら呟くと、そうじさんは「ああ、」と話し始める。
「永倉さん達は分からないけど。山南さんはさ、子供好きなんですよ」
「……でも私は十五なんでしょう?」
私は十五才らしい。記憶は無いがこの体は、二月を、なんと八十四回も過ごしたと言う。
「山南さんからしたら子供ですよ」
「そりゃそうですけど……」
そんな事言ったら、私より三つ上のそうじさんだって子供じゃないか。
「お月様が綺麗」
ぷいっとそうじさんから目を離して、空を見上げた。丁度真ん中に、大きくて真ん丸な月がある。
「満月ですかね」
「"まんげつ"?」
「月は憶えてるのに、満月は憶えて無いんだ」
そう言われると、忘れてしまった私は何も言えないので、なんとなく、無言で微笑んだ。
するといきなり、そうじさんが私の頬に手を乗せる。突然な事に私が戸惑っていると、そうじさんが口を開いた。
「……そんな顔、しないで下さい」
「……え?」
(そんな顔って?)
そうじさんは私の思っている事が分かったのか、
「……ほっぺたが引きつってます。無理に笑う事は無いですよ」
と言った。
え?ともう片方の頬を自分で触ると、確かに固くて、持ち上がっていない。
「ごめんなさい。真白ちゃんも、辛いですよね」
辛くなんてない。忘れられてしまって、今も悲しそうな顔をしてる貴方の方が、よっぽど辛いに決まっている。
それなのに。
「そうじさん……何か、目から……」
「それは涙です。悲しい時とか辛い時とかに出るんです」
悲しくない、辛くない。そう思っていたのに、目から"なみだ"が止まらない。
そうじさんは私の体を引き寄せて、後ろからそっと、肩を抑えた。
「人は泣くだけ強くなれます。沢山泣いて下さい」
その言葉で、抑えていたモノが溢れた。
「本当は、本当は、怖かったんです。……皆、優しくしてくれてるのに、私は何一つ分からない……皆さんに申し訳なくて。……もしかしたらいつか、皆私を置いて行ってしまうんじゃないかって……」
「大丈夫ですよ。国中の人が真白ちゃんを置いてきぼりにしても、僕は一緒に居ます」
そう言って、安心する笑みを見せてくれた。
「本当?」
「本当です。……それに、人はね、嬉しい時にも涙を流すんですよ」
その後も、訳が分からないくらい私は泣いた。そうじさんは、泣き止むまで側に居てくれた。
その所為で、そうじさんの体はすっかり冷えてしまった。
「そうじさん……その、ごめんなさい」
別れ際に、呟く様に謝った。
「ごめんなさいじゃなくて、ありがとう、ですよ」
「……また"なみだ"が出そうです」
私は"なみだもろい"、らしい。
「ごめんって」
「……ありがとうございます。また、明日」
「はい、また明日。お休みなさい」
私はそれから"ふとん"に入ると、すぐに眠りに落ちた。
ずっと感じていた黒く恐ろしい気持ちは、もう消え失せていた。
知らない人しか居ない所で記憶も無いって、かなり不安かも?
箸で掴むとか、箸の使い方とか、割と真白の体が憶えてたりするので、一話から読み返してみると分かりやすいと思います。