何故
「まっ、真白か!」
大きな音と共に、そんな声がした。
その方向を振り返ると、"どうじょう"の入り口で男の人が尻もちをついている。
(……誰!?)
私が突然の事で動けずにいると、その男性はどんどん近付いて来て、私の肩を持って揺さぶった。
「お前なぁ、心配したんだぞ!」
「え、ええー?」
近くに居たひじかたさんを、助けて、の目で見る。しかしひじかたさんは、「やられとけ」とばかりに、そっぽを向いてしまった。
「お前が頭を打って、二月も目を覚まさないから!!」
私はやはり、相当寝ていたらしい。それにしても、二月って長いのか?
「二月って、どのくらいですか?」
「そうだな……起きて寝るまでが一日で、その一日が六十回分あるくらいだ」
いのうえさんが、そう教えてくれた。
「なるほど……」
起きて寝るまで……さっき起きたばかりだから分からないけど、私が稽古を見ている間、誰も寝たり起きたりしなかった。それに、その間は私にとってすごく長い様に感じた。
「私はどのくらい稽古を其処で見てましたか?」
「えー、半刻くらいかな」
今度はそうじさんが教えてくれた。
「一日は、半刻が何回ありますか?」
「二十四だ」
ひじかたさんが言った。
さっきの長いのを、二十四……そしてその長い"一日"を、六十回。
(めっちゃ寝てる!!!!)
「そ、そんな寝てたんですか!私!!」
「あぁ……にしてもどうしたんだよ、真白。さっきから様子がおかしいぞ」
確かに、今の会話を変に思うのは、無理もない。
「すみません。なんか、起きてから何も分からなくなってて」
「は、はぁ!?」
「お前、もう少し順序と言うものをな……」
ひじかたさんは呆れ顔だ。前の私も、こんな感じだったのだろうか?
「つーことは、俺も憶えて無いのか、真白」
「ごめんなさい……その、お名前は……?」
恐る恐る訊いてみる。申し訳ないが、そうする事しか出来ない。男の人は、痛みを堪えるように、ニッと笑った。
「近藤勇と申す。試衛館が道場主、近藤周助の養子である」
「な、なるほど……?」
"どうじょうぬし"は知らないが、おそらく"どうじょう"の偉い人とかそんなものだろう。養子と言う事は、こんどうさんもこの"どうじょう"の偉い人なのだろうか。
(はっ、!)
「もしかして、そうじさんの師匠ですか」
「え?まあそうだな」
「当たり。真白ちゃん、さすがです」
そうじさんが褒めてくれて、つい嬉しくなってしまう。
するとこんどうさんが、少ししょんぼりして言った。
「…お前の親代わりでもあるんだぞ」
「え……」
確かに、内弟子の"様な"もの、と言っていた。
(だからって……親子!)
「……あれ、じゃあ私は親が居ないんですね」
「まあ、血縁上のはな」
なんだか決まり悪そうに言うこんどうさんに、「ふうん」と言って目をそらす。
何となく気まずい雰囲気を察したのか、いのうえさんが、「昼飯にしよう」と言ってくれた。