何を
(……暇かも)
かなり時間が経って、やることも無くぼーっとしていた。皆"けんじゅつ"を頑張っていて、何となく居心地の悪さを覚える。
やっぱり部屋に戻った方が良かったかもしれない。
「おい、其処の餓鬼」
「え?」
"がき"って私の事を言っているのだろうか。
(よく分からないけど、何となく貶されてる気がする)
誰だ、と振り返ると、一人の男が立っていた。
背が高くて、何かの籠を背中に抱えている。
「……は?真白、……」
「こんにちは」
被った。
「いやこんにちはじゃねぇだろ!お前起きたのかよ!」
「えっと、それは……い、いのうえさん!!」
肩をがしっと掴まれて、ものすごい剣幕で怒鳴られるので、慌てていのうえさんに助けを求める。
私のいのうえさん、と言う言葉を聞くと、男は少し怪訝な顔をした。もしかしたら、前の私は、いのうえさんじゃない呼び方をしていたのかもしれない。
すると、私の声を聞いたいのうえさんが、そうじさんと走って来た。
「あぁ、歳。その……こいつはだな……」
「土方さん、真白ちゃんは土方さんの事、度忘れしちゃったらしいですよ」
横からそうじさんが言った。このひじかたさん、と言う人を、からかっているのかもしれない。
「な、なんだと!本当か!」
「はい……そうじさんの事も憶えてないですが」
言ってしまった。
「うぐっ」
「だとよ、総司」
いのうえさんが笑って茶々を入れる。
言い負かされたそうじさんは、悔しそうな顔でひじかたさんを睨む。
しかし、何か大事な事を忘れているような……
「それで、真白。忘れたってどーゆーこったぁ?」
「いい、いのうえさんんっ」
頭を鷲掴みにされて、半泣きでいのうえさんに助けを求める。いのうえさんは、「起きたばかりなんだから、やめてやれ」と、ひじかたさんを諌めてくれた。
「はぁ?こいつ、今日起きたのかよ」
「図太いんだか繊細なんだか……」と呆れた顔のひじかたさん。
どーゆー意味だ、この野郎。
「ひじかたさんは、毎日来る訳ではないんですね」
「あ?……まぁ、普段は日野で稽古してっからな」
「ふぅん。いのうえさんとそうじさんは?」
私はまだ何も知らない。だから何でも聞きたい。
此処の人達は、きっと私に良くしてくれたんだろう。それを忘れてしまった、せめてもの罪滅ぼしに。
「私も、普段は歳と同じ所で稽古してるぞ」
「僕は内弟子として、此処に住んでいるので」
「なるほど」
そこで、少し気になる事がある。此処は"えど"で、そうじさんは内弟子だから此処に住んでいる。
いのうえさんとひじかたさんは、"ひの"と言う所の人だから、普段はそっちに居る。
「私は?」
「真白ちゃんも、此処に住んでましたよ」
私の問いを返してくれたのは、そうじさんだった。
「私も、内弟子なんですか?」
「まあそんなもんだな。入門はしてないが」
今度はいのうえさんが教えてくれた。なるほど、この人達とはそう言う繋がりだったのか。
「……あれ、弟子って言ってましたけど……じゃあ師匠は誰なんですか?」
そう言った瞬間、ドタンと言う大きな音がした。
「まっ、真白か!」
(……誰!?)