誰
「だれ……?」
言ってから後悔した。目の前の人も、少し離れて見守っていた人も、時間が止まった様に固まってしまった。
「ごめ、……けほっ」
ああ、なんだか頭の中がイライラしてしまう。こんな時も、上手く話せないなんて。
私がどうにか声を出そうとしていると、私の体に手を乗せた人は、一段と大きく震えた。手に力がこもって、少し痛いくらいだった。
「ほんとに……何も憶えてないんですか?」
そう言った唇が震えていた。この人は、私を知っているのかもしれない。それなのに、私はこの人の事が何も分からない。
「分から、な……ご、ごめんなさい……」
やっと、ちゃんと謝れた。それなのに、目の前の男の人達の顔には、どんどん悲しみの色が浮かぶ。
私は勿論、相手もかなり混乱していて、完全に膠着状態に陥った。
そんな時だった。
「お、おい!」
もう一人、男性が入って来た。顔を見るに、おそらくこの人が一番年上ではないだろうか。
「あの、わた……げほっ、げほっ」
さっき無理をした所為か、盛大にむせてしまった。私を掴んでいた人は、慌てた様に、背中を撫で始めた。
「……とにかく、一旦部屋に戻ろう」
さっきの年長らしき人が、私を持ち上げて元の場所に戻してくれた。彼は、いのうえげんざぶろう、と言うらしい。
その人がゆっくりと容れ物を持って水を飲ませてくれて、今度はむせなかった。
「あの、いのうえさん。私、えっと、あの……」
「大丈夫だから、落ち着け。どうした?」
優しそうな瞳に、何かを思い出しかける。
「私……な、何にも分かんなくて……」
「……そうか。私の顔も分からない?」
そう言われて、もう一度いのうえさんの顔をじっと見る。ずっと何かが頭に引っ掛かっていて、思い出せそうで思い出せない。
「痛っ」
いきなりの痛みで、思わず頭を抑える。いのうえさんは、慌てて私の背中をさすった。
「ごめんな、無理に思い出さなくていいぞ」
私は何も言えなかった。いのうえさんの顔が、すごく悲しそうで。
不意に、チクリと体の真ん中が痛んだ。