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老漁師の箱舟とグランマの女神像

作者: 虎次郎

どうぞお楽しみください。

 もうじき水平線に夕日が掛かりそうだ……。


 岬からハバナ湾奥のバラコアの町へ続く街道には、数キロに亘って桜の木が植えてあり、桜の花は夕日に照らされて美しく輝いている……。


 桜はおおよそ満開に近いためか、花弁が舞い散って私の頭の上からはらはらと降りかかってくる。

 肩に落ちた一片を手に取ってみると、それは私が知っている桜の花弁とほとんど同じような形をしていた……。


 冒険者ギルドで聞いた話によると、このバラコアの桜は、パンゲア大陸の東にあるヤマト帝国皇帝『アマテラス二世』より、友好の証として60年程前に寄贈された桜と言うことらしい……。


 ヤマト帝国は蓄魔力池――魔力のバッテリー――に大量の魔力を貯めて、その魔力エネルギーを一気に放出することにより、あらゆるものを破壊するという、『魔道砲』という超巨大な魔法の戦略兵器を所有しており、それを使ってこの世界を手に入れようと目論んでいるらしい……。


 そのため、金、権力、暴力、こね、つて等、ありとあらゆる手段を講じて魔力を搔き集め、長年にわたり、着々と魔導砲の発射準備を整えているとのことで、ヤマト帝国に関わる冒険者ギルドの情報は、きな臭い噂しか入ってこない……。


 そういった理由で、ヤマト帝国からの直接の依頼クエストや、それに関係のありそうな間接的な依頼については、十分注意して受諾するよう、冒険者ギルドより厳しい御達しが出ている。


 さて、まもなくバラコアの町に到着する……。


 バラコアは漁港として有名な都市で、少し離れたこの岬付近の街道からでも、たくさんの大型の帆船が見えている。

 この岬は『ロカの岬』と呼ばれており、ロカの岬の突端には、大理石でできた高さ2メートル程の両腕のない半裸の女神像が、灯台のように据え置かれていた。

――漁師たちの安全航海を祈る灯のようなものかな……姿形はミロのヴィーナスに実に良く似ているし~――


 バラコアの町に着いてから、私はいつも通り情報収集のために冒険者ギルドに向かった……。

 バラコアの冒険者ギルドは、海の魔獣の襲撃にいつでも対処できるように、都市の中心ではなく漁港の傍にあり、その建物は街の家々と同様、白い石灰岩のブロック壁に朱色の瓦屋根がとても美しい。


『ギィ~ギィィィ~』

 潮風で錆びついた建付けの悪い扉を開けて冒険者ギルドの中に入ると、正面に受付のデスクがあり、そこには美しい受付嬢が座っていた。


「いらっしゃいませ……ようこそバラコアの冒険者ギルドへ」

「こんにちは♪」

「はい、こんにちは……私の名前はラナ……何かご入用でしょうか?」と言って、ラナが丁寧に私に声を掛けてくれた。

――受付嬢の名前はラナと言うらしい、彼女の雰囲気に合った良い名前だ――


 ラナは、ブルーダイヤモンドのような光沢のある薄い水色の髪に、ペリドットの大きな黄緑色の瞳で、ショートカットの短髪がよく似合う、ぷっくりとした唇がとても可愛い人族の女性だった。


「ラナさん、はじめまして……私の名前はダイサクです。バラコアは初めてなので、いろいろと情報を頂きたいのですが?」

 そう言って私はラナにアイアン等級の首掛けの認識プレートを見せる……。

「承知しました。どのような情報が必要でしょうか?」

「それでは……お勧めの宿、割のいいクエスト、それからバラコア付近の迷宮ダンジョンについての情報を頂けますか?」


「かしこまりました。先ずお勧めの宿ですが……バラコア冒険者組合御用達、安くて、旨くて、良い眺めの三拍子が揃そろった『海ほたる』が一番良いと思います。……こちらの宿に併設されている食堂では、絶品料理に舌鼓を打ちながら、水平線に沈む夕日が織りなすマジックアワーとブルーアワーを、息つく暇もなく楽しむことが出来るんですよ♪ それこそ世界の全てが、黄金の輝きから深淵の青へ変わってゆく、幻想的な時間です……」


「それは素晴らしい……是非一度拝見したいものですね」

「はい、是非ともご覧になってください……」


「ところで……海ほたるでは何の料理がお勧めですか?」

「そうですねぇ~エスパーダフリートやランゴスタでしょうか……どんな料理かは、お店で実際に食べてみてください。本当に美味しいですし、他にも海の幸を中心に、色々と美味しい料理が食べられますよ♪」と言って、ラナは笑顔で話を続けた。


「それから割の良いクエストについてでしたね……バラコアの近くには魚介類が沢山生息していますが、漁を行うことができるのは、フィッシュギルド――漁業組合――に登録している漁師だけです。もし許可なく魚介類を密猟しているのが見つかった場合、漁師から銛で突かれて仕舞います」

「銛で串刺しですか……えぐいですね~」

「本当ですよ……ですので密漁は絶対にしてはいけませんよ」

「はい、肝に銘じておきます」


「そのような理由で、冒険者ギルドで受けることができるクエストは、海獣に関するものになります」

「海獣――海中生活に適応した哺乳類の総称――ですか?」

「はい……その中でも高額なクエストは『イッカクの角』でしょう……イッカクの角は、中級治癒薬のハイポーションや、精力増強剤の原料として使われているため、1本あたり金貨8枚前後で買い取りが行われています」


「イッカクの捕獲は簡単なのですか?」とラナに聞いてみた。

「いいえ……イッカクはロカ岬付近に縄張を作って、それなりの数が生息しているのですが、ロカ岬付近の海は、陸に近く浅瀬で風も強いため大型の帆船が近づけません。従って、イッカクの捕獲は大変困難なクエストとなっています……」

「……浅瀬ですか?」

「まぁ~小型の船を使って、幾つもの罠を仕掛けなければ、イッカクの捕獲は無理でしょう……」

「小型の船と罠ですか……」


「あと最寄りのダンジョンについてですが……バラコアには迷宮はありません。かつて『ムーの迷宮』と呼ばれるダンジョンが、ロカの岬の沖にあったとされていますが、天変地異により海に沈んだとされており、それも今となっては定かではありません」

「ムーの迷宮……伝承……ですか?」


「バラコアの言い伝えでは『グランマの女神像』の目が深紅に染まる時、神は人類の堕落に怒りして竜を放ちて大洪水を起こし、全ての人類はパンゲアの大地から滅び去ると言われています…………まぁ~これはバラコアに古くから伝わる寓話で……こんな御伽話を信じているのは、バラコア中でも老漁師のホセ・・さんくらいのものですよ……ご心配には及びません……あくまで……、話ですから……」

「御伽話……ですか」

――ラナは口ではああ言っているが……火の無い所に煙は立たないよなぁ~――


 ラナから一通りバラコアの情報を仕入れた後で、私はクエストボードを確認した……。


「『ラッコの駆除』は一匹当たり銀貨5枚か……」

 海獺ラッコは漁網を食い千切り、大型の海老や蟹、鮑に帆立と言った高価な魚介類を片っ端から大量に食べるので、可愛い見た目に反して、バラコアの漁師たちからは相当嫌われているようだ!

 まぁ~皮下脂肪が少ない彼らラッコーズにしてみれば、体温維持のために、1日あたり体重の2から3割もの魚介類を、食べざるを得ない具合ではあるのだが……。

――もう少し遠慮して、烏賊や鰯と言った大衆魚を食べさえすれば、目の敵にされなくていいのなぁ~――


 『浜辺の清掃』銀貨1枚/袋、『薬草の収集』銀貨1枚/キロ、『花見の場所取り』銀貨1枚/半日、追加クエスト『炭の火起こし』大銅貨2枚/回。

「他は……ん~どれもこれも余りぱっとしないなぁ~」

 私はざっとクエストボードを見渡して大体の見当をつけ、最終的に、ラナが教えてくれたイッカクの角の依頼を受けることにした……。


 それから私は冒険者ギルドを出て、その足で冒険者ギルドお勧めの宿『海ほたる』を目指した……。

 途中、船着き場には、漁から戻って来た何隻もの大型の帆船が停泊していた。そして、その中に縦帆の小型の釣舟ヨットが一艘だけ混じっていた……。


 その釣舟の帆は蟹の爪のような形をしていて、舟の中心線に沿った方向に帆を張っている。

 縦帆の帆は横帆のものに比べて、風力を推進力に変換する効率の面では劣る一方、風上方向への推進が行い易く、帆の向きを変えることで容易に船に旋回力を与えられるため、浅瀬での漁には向いている。


 大型の帆船の甲板の上から、数人の若い船乗りが小さな釣舟の老漁師を揶揄うように、罵声を浴びせていた……。

「お~い、ポセ~……カカロット――白鯨――は捕まったのか?」


「………………」ホセは何も言わずに淡々と作業を続けている……。

「カカロットを捕まえないと、大洪水が起きて世界が海に沈むんだってなぁ~」

「あっは~そりゃ~てぇへんだ、てぇへんだ♪」

「早くカカロットを捕まえて、おれりゃを助けてくりゃさんせ~」

「むりむり、ホセの『箱舟』じゃ小さすぎて……イルカどころか猫や鼠も乗れやしねぇよ」

「そりゃぁ~ちげえねぇ~」

「アハハハハ~、イヒヒヒヒ~、ウハハハハ~」

「………………」


「ポセよ~俺らの船の近くに、その箱舟を停めねえでくれよ……箱舟の泥が付いたら、俺らの船まで沈んじまうぜ!」

「そうそう……こんな風に『ズッブブブブゥゥゥ~ン』ってな!!」

 そう言いながら、ひとりの船乗りが、船尾から勢いよく垂直に沈む小舟を、手で模して揶揄うと――

「ワァッ~ハハハッ!」

「ア~ハッハツハッ!」

「ヒィッ~腹の皮が捩れちまうぜ~!」

 他の若い船員たちも一緒になって、腹を抱えながらホセを笑いものにした。


 しかし、ホセはそのようなこと、微塵も気にしていない様子だった……。

「『グランマの女神像』の目が赤く変わり始めている……もう余り時間が無い……急がなければ……」

 若い船乗りたちの嘲笑を余所に……老漁師はひとり……海の彼方を見つめて静かにそう呟いた…………。


 ◇ ◇ ◇


 私は冒険者ギルドお勧めの宿『海ほたる』にチェックインした後、さっそく宿のレストランへ晩御飯を食べに行くことにした。


 残念ながら既に外は真っ暗で、この宿自慢の夕日を見ながらの食事はできなかったのだが、海へ突き出したウッドデッキでの食事は、頬にあたる心地よい風と潮の香りが乗じて、とても心安らぐものだった……。


 ラナお勧めの『エスパーダフリート』と『ランゴスタ』については――絶対に頼まねば――と心の中で決めていたのだが、料理人の説明を聞いた後で、ちょっと贅沢して2、3品の料理を追加注文することにした……。


 最初に出てきた料理は『エスパーダフリート』、大きめにぶつ切りにした魚を油でカラッと揚げた料理で、味はカジキマグロに良く似ていて、衣の香辛料がピリッとして効いていて大変美味しかった。

 特に魚が新鮮で、一口食べるとそのおいしさにビックラッコする!

――おまけに魚は体にとても良いし、どこぞのスーパーで聞いた歌によると頭も良くなるそうだ……さかな、さかな、さかなぁ~魚を食べると~――


 次に出てきた料理は『ランゴスタ』という大きな海老の丸焼きで、ロブスターと言うよりは、むしろ伊勢海老に近い、身の食感が柔らかな上品な味だった。

 塩蒸し焼きと、ガーリックバターをたっぷり塗ったオーブン焼きもあるとのことだったので、機会があれば是非どちらかの料理を注文しようと思う……。


 米飯ではないが、ご飯のような調理をした『アロス・コングリ』という料理もあった。赤豆と呼ばれるインゲン豆によく似た豆を使った、見た目はまるで赤飯のような炊き込み料理だ。

 

 一方の『アロス・マリネーラ』は、赤豆、玉葱、豚肉、ニンニク、ピーマンにたっぷりの油を入れて炊き上げた料理だ。新鮮な魚介類をたっぷり使った炊き込みお豆の料理で、見た目はスペイン料理のパエリアにそっくりだった……。

 どちらにするか迷った挙句、今回は『アロス・コングリ』を注文して食べた。


『トルティージャ』はスペイン風の大きなオムレツだ。

 具材に、ジャガイモ、たまねぎ、ほうれんそう、ベーコンを使っていて、固焼きの卵がボリューム満点で、とても美味しかった。


 飲み物は『モヒートウォーター』を頼んだ。

 甘いサトウキビのような植物から搾り取った汁液に、ミントとライムが入った清涼感たっぷりのドリンクだ……。 

 アルコール入りの『モヒート』もあったが、私はアルコールが苦手なので注文は控えた。

 輪切りにスライスされたライムに、ちょこんと乗ったミントがアクセントになっていて、見た目は非常に爽やかだったのだが、やはりアルコールは……。


 食後のデザートには『フラン』を食べた。

 やっぱり締めはスイーツだ! どんなにお腹が一杯であっても、スイーツは別腹と相場が決まっている。

 『フラン』は、まったりとしたカスタードプリン風のデザートだったが、見た目と味にキレが感じられなかった……。

――なっぜだろう、なぜだろう、心が燃える~ 見つけろと、見つけろと、誰かが叫ぶ~――


 程なくして、私は気付いてしまった……。

 プリンに必要不可欠なTHEあのカラメルソースが掛かっていないと言うことに!

 これは万人に対して、フランがプリンの仲間だと言い張るには致命傷となり得る欠陥で、何としてでも、カラメルの作りの奥義を料理長に伝える必要があるだろう……。

 

 ◇ ◇ ◇


 翌日、私は朝一番でバラコア近くのロカの岬へ向かう……。


 『グランマの女神像』は、近くで見ると、ギリシャの大理石の彫刻のような美しい造形をしている……。

 気になったのは、グランマの女神像の目が黄色に見えたことで、これは何かのフラグという訳ではなく、光の当たり方に依るものに違いない。そう自身に言い聞かせつつ、望遠鏡を使ってロカの岬から海を見渡した……。


「う~ん……いるいる……イルカ……じゃなくて、イッカクだ!」

 今回の獲物である、鼻先に3メートル程もある長い角を備えたイッカクが、群れで行動していた。

 良く見ると、角のある複数の個体が角のない個体を挟み、角の長さを競い合っている……。


 ラナの話では、イッカクの角が何のために使われているのか、今のところ理由は明らかになっていないとのことであった。

 冒険者ギルドの推測では、水温、水圧、餌の動きなどの情報を得ているとか、角を持つ個体が圧倒的に雄に多いことから、雌を争う時のアイコンとなっているとか、捕食者から身を守るための武器として使用するとか、海底に潜っている貝を掘るためのスコップの代わりに角を使っているとか、社会的な順位付けのために発達したとか、色々と言われて久しいようではあるが…………。


「……何やかんや言っても、やはり求愛行動だろう……」

 私は単純シンプルにそう結論づけた。

 なぜならば、イッカクたちは水面から角を出し、その長さを競い合って、雌に対して男らしさを誇示しているようしか、私には見えなかったからだ。


「いずれの理由であったとしても、これはチャンスに違いない!」

『ふふふ』と私の顔に思わず笑みが浮かぶ……。

 

 私は、林檎引力アップルパワーをそれぞれ三つの異なる力に変換することで、ロカの岬の浜から船を使わずに、イッカクの角だけを入手する作戦を試みることにした……。

――細工は流流仕上げを御覧じろ――ってもんだ。


林檎減圧アプデコーン、絶対零度!」

『ピッキィィィーン! カチコチカッチ~ン』

 先ずは、イッカクたちの泳いでいる5立方メートル程の空間を減圧し、マイナス273度の絶対零度で海の表面を凍らせて、彼らの動きを一時停止させると――


片手鍋硝子パンスラッガー~あ~らよ!」

『シュッ!』

 水面から突き出ている雄のイッカクたちの2本の角を目掛けて、石水切りのようにパンチャックを1丁、出前一丁、勢いよく投げつけた――


『パシュ、パシュ、パシュ……パシュ…………スパパァァァン!』

 パンチャックは、白波をあげながら海面を13回飛び跳ねると、2頭のイッカクの角を同時に切り落とす――


 それから、最後の締めは本家本元のアップルパワーだ!


『クックックックッ、ギュイ~ン』

「ピィ~ピィ~ピィ~、ピィ~ピィ~ピィ~」

 何かを訴えかけているような、イッカクたちを置いてけぼりにして、私はリンゴではなくイッカクの角だけを、150メートル以上離れた先から手元まで、アップルパワーで『ギュ~ン』と一気に引き寄せた……。

――角だけに、だだ、角だけに、ああ、めぐり逢うためにぃ~♪――

 

「ピィ~ピィ~ピィ~、ピィ~ピィ~ピィ~」 

「聞こえませんね~」

―お前ら、ピ~ピ~うるさいんじゃ~―


 こうして私は難なくイッカクの角の入手に成功し、その角2本をマルコメ気分で胸に抱えたまま、冒険者ギルドに小走りで向かったのであった……。

――イッカク、イッカク、イッカク、イッカク♪――


◇ ◇ ◇


 冒険者ギルドに到着すると、早速、イッカクの角の依頼の達成報告ミッションコンプリートを、

受付嬢のラナに行った……。


「ラナさん、例のもの確保してきました~」

「……えっ……イッ、イッカクの角ですね……本物ですか? 見た限り角だけのようですが……どのように入手されたのでしょう……それからイッカクの身体はどうされたのですか!?」

 随分と驚いた表情をして、ラナが聞いて来た……。


「手に入れたのは依頼クエストのイッカクの角だけです……角だけを切り落として持ってきました……当然ながら、正真正銘の本物ですよ♪ 確認してください。但し、詳細は秘密でお願いします」

 私はいつも通りしらばくれて、ラナの質問をかわす。


「……失礼しました。それは冒険者の秘匿情報ですね……では直ぐに査定して参りますので、少しの間こちらでお待ちください」

 ラナはそう言うと、そそくさとその場を立って裏の事務室へ回った……。


 …………暫く待っていると、ラナが戻って来た。

「ダイサクさん、お待たせしました。イッカクの角だけでしたので、2本合わせて金貨8枚の査定となりますが……これで宜しいでしょうか?」

「はい、それで結構です。ありがとうございます♪」

 私はラナにお礼を言って、その場で8枚の金貨を受け取った。


 そのとき、私の横にいた老漁師と別の受付嬢の会話が、ふと耳に入ってきた……。


「……だから、操舵手を一人手配してくれればいい!」

「そう言われましても……冒険者は舟に慣れていませんし……ましてや白鯨カカロット捕獲なんて危険過ぎます。……冒険者ギルドとして冒険者へそのような依頼クエストは許可できません! そのクエストは漁業ギルドに依頼されたらいかがでしょうか?」


「そんなこと分かっておる……漁業ギルドには何度も話をした……奴らには何を言っても無駄だ! 白鯨カカロットを捕まえれなければ、七日と七夜、大洪水が世界を洗い流し、人類は海の藻屑となる……これは堕落した人類に下される神の鉄槌だ!」

「そう言われましても……」

 老漁師の剣幕に押されて、冒険者ギルドの受付嬢は困り果てている様子だった……。


「あの~ よ、宜しければその操舵手のクエスト、私で良ければ受けさせて頂きますが……」

――折角、この世界で手に入れた新しい人生を、万が一にも大洪水なんぞで棒に振りたくないからな――と思った私は、おっかなびっくり横槍に申し出てみた。


「な、なに言ってるんですかダイサクさん……この方が、先日お話したポセさんですよ! 漁師仲間から気が触れていると言われてい……あっ…………」

 私の突然の申し入れに対して、ラナが止めようと声を掛けたが時すでに遅し、賽は投げられてしまった――


 ポセはラナを一睨すると、私に話しかける。

「黄色いの、若えのにいい心掛けだ! なぁ~に……どうせ白鯨カカロットが捕まらなければ大洪水に呑まれて皆死んじまうんだ。 だったら俺と一緒に海に出て、最後の希望に掛けてみようぜ!」

 ポセは妙な説得力を以て、そう宣した。


 かくして、熟練の老漁師であるポセと、漁などほとんどやった覚えがない私は、白鯨カカロットを求めて、小さな釣舟で荒波立つパンサラッサの大海原へ漕ぎ出したのであった…………。


「ポセさん……カカロットとは一体何ものなのですか?」

「……カカロットは……全長30メートルを越える巨大な白鯨だ!」

「えっ、そ、そんな大きな鯨ですか!?」

「そうだ……奴はマッコウクジラの怪物だ!」

「その白鯨に…………何か深い恨みでもあるのですか?」

「…………」

「ポセさんの親の敵とか……?」

「いいや……」

「もしかして、ポセさんの片足が義足にされたとか……?」

 そう言ってポセの足を見たところ、しっかりとした両足が付いていた……。

「いいや……カカロットには何の恨みもない……」


「……恨みじゃないとすれば……さては、白鯨の売却が目的なのでしょうか?」

「いいや、そういう訳でもない……目的は金じゃない……俺が欲しいのは奴の腹ん中にある――龍涎香――だ!」

「りゅうぜんこう……ですか……おせんこうみたいだけど……ん~龍涎香とは一体全体何なのでしょう?」

「龍涎香は鯨の結石だ……鯨が消化できなかった軟体動物等の餌を消化分泌物により結石化もので、琥珀色の大理石状の模様を持つ蝋状の固体で芳香がある……先ずはそれを手に入れてから『ムーの神殿』への道を開かなければ、世界は大洪水に飲まれてしまうのだ……」


「……龍涎香が大洪水……はてさて私には良く理解できませんが、そんな大事件ならば、国や冒険者ギルドに要請し、軍隊や高ランク冒険者の力を借りるべきではないのですか?」

「……無駄だ……何を言っても誰も信じない……」

「そうは言っても……」

「まぁ……たとえ依頼を受けたとしても、これを成し遂げることができる者など誰一人としていやしない!」

「そっ、そんな……」

「そうさ……もう一度……もう一度俺がやるしかないんだ!!」

 そう呟くと、老漁師は荒れ狂う海を睨みつけた……。


「ところで……黄色いの……お前、名は?」

「ダイサクです……アイアン等級の修行僧です」

 そう言って、左手でアイアン冒険者の認識票ドックタグをポセに掲げると、右のポッケの中でそっとピースをする。

――えへっ――


「そうか、まぁ冒険者の等級なんかどうだっていい……カカロットは俺が仕留めるからな……お前は俺の言うとおり、操舵に集中さえしていればいい」


「承知しました……それはそうと……カカロットはどうやって捕まえるのですか?」

「鯨はこいつで突いて仕留めると、昔から漁師の相場が決まっている!」

 そう言うとホセは身の丈程もある赤く錆付いた銛を天に掲げた。


「ええっ、銛……銛一本で巨大な白鯨と戦うのですか?」

「そうだ!」

「漁網とか大型の罠で白鯨の動きを止めて……大砲で『ドンッ』とか、雷魔法で『ビリビリッ』じゃないのですか……」

「そうだ!」

「そうだ……って………………」

 こちらで大型と呼ばれている漁船でも無理そうなのに、こんな木の葉の如き小型の釣舟で鯨を捕獲するなんて……しかも銛一本で、30メートルを越える怪物のマッコウクジラと格闘するなんて、無鉄砲にも程がある!

――ポセさん、あなたはドン・キホーテか!? すると私はサンチョ……主人ポセとともにひどい災難に見舞われる運命なのか……あいゃぁぁぁ~――


「ダイサクよ、最後の最後に運が向いてきたぜ……カカロットだ!」

 そう言って、老漁師は荒れ狂う灰色の海を『ビシッ』と指差した。

「えっ、白波だらけで私には良く分かりませんが……ポセさんには白鯨が分かるのですか?」

「分かるさ! 白鯨やつは鼻息が荒く潮の吹き方がとてつもなく強く、潜る前に尾鰭で仰ぐような仕草をし、その背中には沢山の折れ曲がった銛が、あちらこちらに突き刺さっている。……間違いない、あれがカカロットだ!」

 老漁師は絶対の自信を持って断言した。


「ダイサク――奴の近くに舟を回せ!」

 ポセは手に銛を持つと船首で仁王立ちとなる――

「アイアイサ~ 面舵いっぱい、よ~そろ~」

「ばっ、ばか、ダイサクよ、舵取りが逆だ!」

 船首が左に回頭するや、ポセが大声で私を怒鳴りつける。


「すみません、すみません、すみません……」

 私は不慣れな操舵に右往左往しながらも、白鯨が最後に潜った付近に急ぎ舟を寄せたが、既に辺りに白鯨の姿は消え去っていた……。


『バシャ、バチッヤ、バシャ、バチッヤ、バシャ、バチッヤ……』

「………………」

「………………」

 落ち着きを取り戻した波が、停止した小舟の側面に当たり、船側板を打つ波の音だけが辺りに響いていた…………。


「……ポ、ポセさん……まっ、真下に……」

「知っている……」

 海の底から私たちを覗くに大きな一つの目が見えた!


「あわわ……ポ、ポセさん……舟の真下からカカロットが大きな右目でこちらをじっと見ていますよ……」

「俺にも……見えている……」

 この時、老漁師と白鯨はお互い睨み合っている様子だった……。


『ブシュゥゥゥ~ザァバシャァァァ~ン』

 沈黙を破ったのはカカロットの方だった。

 白鯨は勢い良く潮を吹くや、尾びれで水面を叩きつけた――


 小舟が大きく揺らされ、カカロットが見えなくなったと思った矢先、小舟のほぼ真下の海底から白鯨が突撃をかましてきた――


『ボッゴゴゴゴ~ン!』

『ボッガッ~ン』

 カカロットに海水ごと飛ばされて、パンサラッサの宙を舞う小舟、その時、私たちの目の前に白鯨が水面からその姿を現した!

――でっ、でかい――


「うぉ~りゃぁぁぁ~~~」

『ドスッ!』

 ポセはその瞬間を待っていたかのように、構えていた銛をカカロットの背中に力の限り打ち込んだ――

 しかし、ポセの銛なんぞお構いなしに、カカロットは暴れ回る――


『シュルシュルシュル……バッチャャャ~ン』

 何たることか、銛にしっかりと結びつけられたロープに絡まり、ポセはそのままパンサラッサの荒海に引きずり込まれてしまった……。


 それから暫く、ポセとカカロット二人だけの、命を懸けた一騎打ちが続いた…………。


『ザッブゥゥゥ~ン、グルグル、ザッブゥゥゥ~ン、グルグル』

 小舟の周りのあちらこちらの荒れる海面から、老漁師と白鯨が一体となって現れては消える!!

――凄い、あなたは漁師の中の漁師だ――

 Amazing. You are the fisherman of fisherman.


「ホォウェェェルゥゥゥ~」

「おぅ~りゃぁぁぁ~」

「ホォウェェェルゥゥゥ~」

「くぅおっのぉぉぉ~」

「ホォウェェェルゥゥゥ~」

「ぬっわっうぉぉぉ~」

 カカロットはポセを振り落とそうと海を跳ねては海中に潜り、ポセは振り落とされないように突き刺した銛をがっちりと両腕で掴んでいる――


『ザッブゥゥゥ~ン! ザッブゥゥゥ~ン!』

『ミシミシッ……ギシギシッ……』

 その攻防を繰り返すたびにロープはより強く絡まって、ポセの体と白鯨の体は段々と密着していった……。


「ポ、ポセ……ポセさぁぁぁ~ん」

「がぼっ……がぼっ……」

 最後の方には、老漁師は全身をカカロットの背中に張り付けられて身動きできなくなっていた。


「やばいな……」

――老漁師もそろそろ限界だ――

 そう思った私は、最後の手段――負けるな、ポセ! 種子島ロケット打ち上げ大作戦――を決行に移すことにした。


 私はカカロットが海面から浮上するタイミングを見計らって秒読みを始める……。

3スリー2トゥ1ワン0ゼロ! 白い鯨ホワイトホエール発射ゴー~」


『ドッドッドッドッド~ン』

 私は林檎引力アップルパワーを使って、カカロットを海面から634mの高さまで打ち上げた……。


 いくらカカロットが大空羽ばたく月白の胸鰭つばさを持っていると言っても、白鯨のそれは本物の翼ではないので、実際には空を飛べるはずもない……。


「パンスラッガー(片手鍋硝子)――ジュワッ」

 その刹那、私は白鯨とポセを括りつけているロープ目掛けて、1丁のパンチャックを投擲した。


『ビュワァァァーン シュパパパパッ!』

『ボッチャ~ン』

 パンチャックが白い8の字の軌跡を残して、ぐるぐる巻きに絡まったロープを切断すると、ポセはロケットブースターの如くカカロットから切り離され、白鯨がパンサラッサのそらに打ち上がる前に、ひとり海に落ちた……。


『ヒュゥゥゥゥゥ~ドッドッドッドッシャ~ン』

 カカロットはそのまま最高点まで達すると、放物線を描いて海面へ自然落下した。

 流石のカカロットも、自分の20倍程もあるスカイツリーの高さ、634メートルから落とされたのでは、只では済むはずもなかった。

 カカロットは海面に激突すると、その白い巨体を横にして、ぷかぷかと浮きながら力なく小波に揺られていた……。


「ポセさん、今です! 止めを!!」

「おうさっ!」

 ポセは直ぐにカカロットのところへ泳ぎ着くと、白鯨の右目に馬乗りになって銛を力強く構えた……。


 だがしかし、ポセは銛を打つのを止めてしまった……。

「はっ、早く……早く銛をカカロットの急所に打ち込んでください!」

「………………」

 私の声が届いているのにも関わらず、ポセは構えた銛を下し、白鯨に止めを刺すのを止めてしまった……。


 そして……やがて私も気付いてしまった。ポセが目にしていたものに……。

 それは……白い子鯨……子鯨が母鯨の乳を求めて、白鯨の周りをゆっくりと旋回していたのだ……。

 ポセと私はお互いに顔を見合い、そこでカカロットの捕獲を諦めた………………。


「ダイサク……お前、修行僧だったな……治癒魔法は使えるか?」

「はい、使えます。なんてったって修行僧アイドルですからね……」

「カカロットを治療してくれ……」

「えっ……」

「白鯨を……治してやってくれ……」

  ポセは断腸の思いで私にそれを指示した。


「それだと……この世界が洪水に……」

「わっ、分かっている……そ、それでもだ……やってくれ!」

「……わ、分かりました……」

「たっ、頼む……」

「……ハイヒール、ハイヒール、ハイッ、ヒール」

 私はホセに命じられるがまま、カカロットに突き刺さった銛を引き抜くと、中級治癒魔法のハイヒールを唱えて白鯨の傷を癒した………………。


 それから間もなくして、白鯨は何とか動けるようになった。

 白い母鯨と子鯨の親子は、体を揺らしながら小舟の周りを旋回すると……。

『ホォエァァァァルルルルゥゥゥ~、フォエェ~ルゥ~』

 カカロットは、百丁のバイオリンを同時に奏でたような甲高い叫び声を残し、パンサラッサの海底深く消えて行っちゃった……。

――それは悲しくも聞こえたが……恐らくは『ベートーベン交響曲第9番』のような歓喜の歌だったのだろう――


 ◇ ◇ ◇


『ザッブ~ン、シャララララ~、ザッブ~ン、シャララララ~』

 ポセと私の2人は、ロカの岬の浜に座って佇みながら、静かなパンサラッサの海を眺めていた……。

 口惜しいことに、その時すでにグランマの女神像の目は赤く変わっていた……。


「これで世界は終わりだな……まぁ……鯨の親子を助ける代わりに人類が滅亡するっていうのも……そう悪くない話だ……」

 そうポセは静かに囁いた。

「……………」

 侘しい老漁師の背中へ、私は掛ける言葉が見つからなかった……。


「……ダイサクよ……この美しいハバナ湾の景色も見納めだ! しっかりと己が心に刻んでおけよ!!」

 先ほどとは打って変わって海はベタ凪、風がそよとも吹いておらず、海面には一切の波もなかった……。


 しかしながら、遥か遠くの長い水平線に沿って、ゲリラ豪雨の時に現れるような、あのどす黒い雲と稲光が見えている!

――これが嵐の前の静けさなのか――


「今さら天変地異に気づいても遅いのだ!」

 ポセは吐き捨てるように言った。

『…………』

 音こそ聞こえはしないが、ここからでもバラコアの港で、漁師や冒険者たちが何やら慌ただしく走り回っているのが見える……。


『ザッブゥゥゥ~ン、シャラシャラシャラ、ザッブゥゥゥ~ン、シャラシャラシャラ』

 私は両膝を手で抱えて座って、浜に寄せては引く波の音を聞きながら、ぼんやりと海を眺めていた………。


 そして……波打ち際で何かが琥珀色に光っているのに気づいた。

「ポ、ポセさん……あそこ……あそこを見てください。何かが光っていますよ」

「ん~」ポセは気のない返事をする。

「よく分からないけど……クラゲか何かでしょうか?」とポセに声を掛けた。

「あ~なんだ……?」

 そう言って、ポセは手を翳し、目を細める……。


「……ま、まさか……そんな……かっ、神よ! 未だ我々に機会を頂けるというのですか!! 神よ! 貴方のご慈悲に心より感謝いたします…………」

 先ほどとは一転して、ポセの体は感動で打ち震えていた……。


 それこそまさにポセが探し求めていた『龍涎香』であった。

 偶然はたまた必然か、運命あるいは神の悪戯か……グランマの女神像の目と鼻の先の浜辺に、龍涎香が流れ着き、打ち上げられていたのであった。

――まさに捨てる神あれば拾う神あり……ありっ?――


◇◇◇


 ポセと私は龍涎香を手にするや、グランマの女神像に相対した。


「ダイサクよ……龍涎香を手のひらに取って温め……グランマの女神像の腕に万遍なく塗るのだ……」

「えっ、ポッ、ポセさん……グランマの女神像には……うっ、腕なんてありませんよ?」

 私はグランマの女神像を二度見返し、ポセにそう聞き返した……。


「いいから……いいから俺を信じて言われた通りにしろ!」

――年老いたポセに何を言っても、聞く耳を持っていないようだ――

 私は仕方なく龍涎香を手に取って温めると、それをグランマの女神像の腕に塗る素振りをした……。


『……ツルッ……ツルッ……ツルツルッ……』

「……えっ……何だろう……この、気持ちのいい感触は!?」

 グランマの女神像の前の空間に、見えないけれど滑らかな何かがあった……。

「なっ、ダイサクよ……あるだろう……グランマの女神には、信じる者だけが見ることができる……美しい腕が……」

 ポセは、さもありなんと言いたげな、自信たっぷりの顔で私を見た……。


「はっ、はい……あります……女神像には見えない腕が!」

 何ということか、グランマの女神像には光学迷彩の処理が施された腕があり、その腕は、光を屈折させるレンズのような、透明な物質でできていたのだ……。


『ヌルヌルッ……ツルッツルッ……ヌルヌルッ……ツルッツルッ……』

「ちょっとひやりとして冷たいけれど……スベスベしていて気持ちいい……」

――海で冷えた彼女の背中にサンオイルを塗ってあげているみたいだ♪―― 


 透明な二の腕から指先まで丁寧に龍涎香を塗りこむと、光の屈折率が変わりグランマの女神の全貌が見えてきた……。

 グランマの女神像は、両の手を組み、その両腕を真っ直ぐに目の前の海へ差し出していた……。

 そして、その組んだ手のひらの上には林檎の彫刻が一つ乗っていた……。


 グランマの女神像の腕から太陽の光が吸収されると、掌の上の林檎の彫刻に光が集まり、虹色に輝く林檎から強い一筋の虹色の光が海の一点を指し示した――


『シュオオオオ~……ピッカァァァ~ン』

「ポッ、ポセさん……なっ、何が起きるのですか!?」

 ポセに尋ねると、彼は告げ知らしめる。

「グランマの女神の林檎が虹色に輝く時、その光は汝へ『ムーの神殿』に至る一筋の道を差し招かん!」


『ゴッゴッゴッゴッゴォォォ~……ザッザッザッザッザ~ン!』

 信じられないことに、ハバナ湾の海底から『ムーの神殿』が浮上し、それと同時に『ムーの神殿』へ続くチューブ状の波のトンネルが、私たちの眼前に姿を現した!


「ダイサクよ……とうとう我々の前に希望の道が開かれた……これこそが『ムーの神殿』に続く海王の道――ロード・オブ・オーシャンキング――だ! さぁ、共に行かん!!」

 そう言ってポセは息巻いているのだが…………。


「あ~なた~ 誘ってもむ~だよ~ み~ずぎ~♪」と、私はずっと昔の歌謡曲を小さく口ずさんだ……。

 なぜならば、私は海水浴をするとは思っていなかったので、お洒落な水着を用意していなかったのだ。……と言うよりも、こちらの世界には安全に泳ぐことができるプールもなく、スイミングをする機会がなかったので、紺色のスクール水着すら作っていない。


 ましてや、私の黄色のジャージ服の材料は基本全て鉄製だ。

 海水に漬けようものなら、あっという間に酸化して、錆びついたブリキのおもちゃのように、あるいはモンサミルの衛兵たちのように、ぎいぎいと動けなくなってしまうかも知れない……。


 そこで私は考えた! 

 ムーの神殿に続く真の海王の道――トゥルーロード・オブ・オーシャンキング――が如何にあるべきかを……? 全ての海水が静止し、服に水滴すら掛からない真の海王の道――リヤル・ロード・オブ・オーシャンキング――とは、如何なるものかということを……?


「ピピピピピ……アップルパワー充填120パーセント……海よ割れろ……道よ開け!」

『アンダ~グラウンド~パ~ス(海底道)!』


『ゴッゴッゴォ~、ゴ~ゴ~ゴ~ゴ~ゴ~』

 私はアップルパワーを使い海を真っ二つに割って、波のトンネルよりずっと大きな、歩いても服が全く濡れない、『十戒』のモーセが起こした奇跡の道を作った。

――やったぜ、ポセさん……これこそが私が考えた真の王の道で~す――


「なっ、なにっ…………!?」

 目の前の現象に何が起きているのか分からず、ポセは耳穴に指を入れたまま暫く言葉を失った……。


「さぁ~ポセさん行きましょう……」

「…………!?」

「ほらほら……急いで、急いで……よいしょ、こらしょ、よいしょ……」

「…………?」

 完全に思考が止まったポセの背中を押しながら、私たちは海底にできた道を歩いて、少しも濡れることなくムーの神殿に向かったのであった……。


 ◇ ◇ ◇


『ムーの神殿』はパルテノン神殿のような、ギリシア古代建築のドーリア式建造物のようだった。

 全ての建造物がグランマの女神像と同じ大理石で作られており、46本ある大円柱は中央に膨らみを持たせた、エンタシスに似た技法が用いられていた。


 そして、神殿一番奥の祭壇には光り輝く宝珠が置かれており、その周りを狂ったように巨大な水龍が徘徊していた……。


『ズンズンズンズン……ガォォォ~』

 水龍は全長150メートル、体重550トンはありそうだ。

 その全身はグリーントルマリンのような深い緑色の鱗で覆われており、体全体はイエローダイヤモンド色のジャガーに似た斑点の模様を呈していた。


「……ダイサクよ……60秒でいい……あの水龍の注意を引き付けてくれ……」

「……60秒……ですか」

「そうだ……私があの宝珠にたどり着くまでの60秒だ」

「正に、生きるか死ぬか……魔の60秒……ですね」


「ん~幸いお前は腰に良い物をぶら下げておる……。あの龍は甲高い音が嫌いでな、そのフライパンを打ち鳴らし、宝珠から奴の注意を逸らしてもらいたいのだ!」

「あ、あの~パンチャックは片手鍋フライパンではありませんが……わっ、分かりました……何はともあれ……60秒ですね!」


「……恩に着る……では……けダイサク、どんとけ……お前の双肩に人類の命運が掛かっておるのだ!」

「イエス、マイロード! はっは~」

――何処かで聞いたような台詞セリフだワンッ――と思ったが、私は直ぐに気持ちを切り替えて、水龍を誘い寄せるべく囮行動に移る――


『パンパパ、パンパッ、パン、パァァァ~ン』

 最初、心の赴くままにパンチャックを打ち鳴らしたが、意に反して水龍はこちらに見向きもしなかった……。

 そこで、私は臨機応変に直ぐに打ち鳴らす音のリズムを変えてみた。

――これこそ、長い社会人生活て染みついた場の空気を読む力なのさ……ふっ――


『パァンパァンパァ~ン、パァンパァンパァ~ン』

 今度は、江戸時代の火災や洪水発生時に、火消しを招集しつつ、近隣住民に危険を知らせた、火の見櫓からのあの警鐘のリズムだ!


「ウガッ、ガァ~オ、ガァ~オ、ガァ~オ~、ガンバボ~ン」

 この音のリズムは効果てきめんで、水龍は血相を変えて直ぐに私の後を追いかけ始めた――


『パァンパァンパァ~ン、パァンパァンパァ~ン、あっ、そぉ~れっ、パァンパァンパァ~ン、パァンパァンパァ~ン♪』

 私はパンチャックを打ち鳴らしながら、ムーの神殿の大円柱に見え隠れするように必死に逃げ回った……。


「ガッグロロロロォォォ〜」

 私が大円柱を八の字に走り回ったので、水龍は大円柱にかた結びとなって巻き付き動けなくなった。

「ふふふ……俺って……頭は冴えてるよ~ ヘイヘヘ~イ♪」

 動けない水龍を見て一瞬ぬか喜んだのだが、それは将に私の儚い喜びだった……。


『ガガガガガッ……ドッゴォォォ〜ン』

 モンスターハンターの巨大な怪物モンスターが、壊れるはずのない大岩や大樹を破壊するように、水龍はムーの神殿の大円柱を木っ端みじんに壊してしまった……。


「ガァオォォォ~」

「ぎょえぇぇぇ~……」

 そんこんなで水龍から必死で逃げ回り、粘り粘って50秒が経過した……。


「……残りはわずか10秒……ポセさんとの約束を果たして……逃げ切った……」

 そう思った瞬間、辺り一面が光で真っ白になった――


「神の雷撃―リュウライライ(龍雷来)――だ! 『辺りの景色が白く飛んだら、神の前に跪くのだ!』」とポセから口を酸っぱくして言われていた……。


「かっ、神の前に跪け!」

 再度そう自分に言い聞かせて身を屈めた瞬間、強烈な落雷が後ろ髪を横切った。

『ピカピカッ! ドッガァァァ~ン!!』

「あいや~」

――ダイサク危機一髪! ポセさん……助かりましたぁ~――


 あれこれあって、遂に最終の秒読みファイナルカウントダウンに入った……。

3スリー2ツー1ワン……0ゼロ!」

 カウントダウンが終わった、その瞬間、今度は龍雷来リュウライライがポセを襲った――

 

『ピカピカッピッシャァァァー! ドッガァァァ~ン!!』

 私が見た限りでは、ポセが宝珠に手を掛けたのと、龍雷来リュウライライがポセに直撃したのは全くの同時だった――


「ポッセェェェ~ェェ~ェ~」

 ポセが激しい光に包まれたので、一発で感電死したと思い、万感の思いを込めて彼の名を叫んだ――


「宝珠よ我が願いを聞き届け給え……阿耨多羅三藐三菩提……神よ再び我にその力を与え足らん!」

 ポセに光が集まりポセの全身が神力で満たされると、ポセ自身から生命力が満ち溢れ、彼の持つ錆だらけの銛は『ポセイドンの三つ又の銛』に昇華した!


「『海王ポドン』 再・降・臨!』

「どっ、どっひゃぁぁぁ~……ポ、ポセさんが……あ、あの頑固な老漁師が……ミスリル等級冒険者、ポポポッ、ポドンだってぇ~」

 ぶったまげたことに、ポセはかつての神の力を失っていた、ミスリル冒険者の『海王ポドン』その人であった。


 ポセは宝玉の神力を宿して、再び海王ポドンの力を取り戻した。

 そして、その神力を以って、かつてのように易々と水龍を従えるはずであった………………。


「鎮まれ! 水龍レヴィアよ……よく見るのだ……俺が分からぬのか?」

「グルル……グゴゴゴゴォ~」

 海王ポドンが懐かしみ呼びかけるも、水龍レヴィアは彼のことなど意にも介さず、ムーの神殿の中を縦横無尽に暴れ回っている……。

――駄目だ、こりゃ――


「……仕方ない……水龍レヴィアよ、これで正気を取り戻せ! 『サンダ~ボルトォォォ~(神雷撃)』!」

『ゴロゴロッ、ドッゴォォォ~ン』

 海王ポドンは龍の頭に飛び乗ると、其々の角を掴み必殺の雷撃を放った。


「ガオォォォ~」

『ピカピカッ、ドッガァァァ~ン!』

 一方の水龍レビアは、目の上の瘤の海王ポドンへそのお返しの『リュウライライ(龍雷来)』の雷を落とす……。


『ゴロゴロッ、ドッゴォォォ~ン……』

『ピカピカッ、ドッガァァァ~ン……』

『ゴロゴロッ、ドッゴォォォ~ン…………』

『ピカピカッ、ドッガァァァ~ン…………』


 しかしながら、似た者同士の両者の雷耐性は余りにも高く、必殺の雷撃による攻撃も双方にとって全く痛手となっていない……。

 海王ポドンと水龍レヴィアは、お互いの十八番とくいわざによる応酬戦を永遠と繰り広げる羽目になってしまった……。

――やっぱ、駄目だ、こりゃ――


 その茶番の応酬をムーの神殿の外から静かに眺めている何者かがいた……。

「イカカカカッ……水龍は既に俺様の支配下にある……海王ポドンよ……お前は来るのが遅すぎたのだ……もはや七日と七夜の大洪水は誰にも止められぬ……人類滅亡の運命はもう誰にも変えられん」

 その者はそう呟いた……。


「……その言葉……聞き捨てなりませんね……」

 その黒幕らしきもの後ろから、私は突として声を掛けた――


「おっ、お前は……何者だ?」

「私の名前は、イエローサブマリンのダイサク……アイアン等級の冒険者です」

 そんな感じで適当に自己紹介すると、その者に向かってアイアン等級の認識プレートを掲げて見せた……。


「フッ、イ、カッカッカッカァ~」

「如何されました……何か可笑しいですか?」

「言うに事欠いて……アイアンの冒険者だと……」

「はい、左様でございますが……」


「……我が名は邪魔烏賊ジャマイカ……魔人ジャマイカだ! アイアン如き力なき者が我に声を掛けるなど……100万年むぅわんねん早いわ!!」

 今回の騒動の黒幕らしき魔人ジャマイカが、私を大声で怒鳴りつけた……。


 魔人ジャマイカは、人型の魔人で身長2メートル、全身の皮膚は白く、金色の吸盤のデザインをあしらった、イカしたプラチナの鎧を全身に装着していた……。


 邪魔烏賊の頭は縦長の流線型で、その先はエンペラのような形状となっており、襟足からは8本の細い烏賊げそが肩甲骨辺りまで伸び、眉庇の奥では2つの赤い目が怪しく光っている……。

 2本の腕にはぐるりと触腕が巻き付いた手甲と籠手を装着し、草摺から褌のように烏賊腕が垂れ、腰のベルト辺りには2つの風車ダブルハリケーンではなく、2つの大きな目玉のようなものが付いていた……。

――蛸ではなく烏賊の出で立ちだけど……割りとイカしてる――


「……貴方が……今回の大洪水に関わる大騒動の……黒幕なのですか?」

「如何にも……我の差金だ……水龍はジャミングウェイ(邪魔波道)によって支配され我を忘れている! そして、このまま大地は大洪水に呑まれ、世界はこの魔人ジャマイカ様に支配される運命なのだぁ~イカカカカッ」


「ダ、ダイサク逃げるのだ! そっ、そいつと戦ってはイカ~ん……溢れるその魔力が分からぬのか……お前が逆立ちしたって敵う相手じゃなぁぁぁ~ぁ~ぁ~」

 ポドンが遠くから何か叫んでいる最中だった――


「グッロォォォ~、グログロポドロガォォォ〜、リュオ~ライラァァァ~イ」

『ピカピカッ! ドッガァァァ~ン!!』

 龍雷来リュウライライが海王ポドンを襲った――


「ぬぅおぉぉぉ~、このくそ龍がぁ~、サンダーボルトォォォー(神雷撃)」

『ゴロゴロッ! ドッゴォォォ~ン』

 水龍に対して、ポドンも即座に負けじと、微笑み返しならぬ落雷返しを行う……。


 海王ポドンと水龍レヴァンは相も変わらず、ネバーエンディングの一進一退の戦いを続けている。

 遺憾ながら、彼らの戦いは恐らく七日と七夜戦い続けても決着は着かないだろう……。


 全てを呑み込むと言われる、ノアの大洪水のような災害が差し迫っているし、ミスリル等級冒険者のポドンは色々と忙しくて手が離せそうにない……。

 仕方がないので、魔人ジャマイカとの戦いは私が引き受けることにした……。


「まぁ、サービス残業だと思えば苦にもならないな……ケセラセラ、なるようになれ……」

 私は悟りを開いた、覚者のように呟いた。

――これも運命さだめじゃ――


「さぁ~ サラミス海戦の始まり始まり~だぁ~」

――ダァ~ンダダッ、アッチャッ――

 戦闘開始のリズムが、私の脳裏をさっと走り抜ける!


 私はこれからの戦いを想定して、アイアンカイザー(鉄拳鍔)を両手に嵌め、怒り狂う魔人邪魔烏賊ジャマイカに対して即座に戦闘態勢をとった……。


「フゥォアァァァァ~」

 怪鳥のような声を発して腹から息を吐きながら、足を大きく開いて右手と右足を前に出し、魔人ジャマイカに対して身体をぐっと低く横向きに構えて、親指で左の頬に付いた烏賊墨をすっと拭らうと―― 

『クイックイッ!』

 右手の人差指と中指をくいと曲げて魔人ジャマイカを挑発した……。


「イカッカツカッカッァ~……我と戦うだと……この魔人ジャマイカ様と只の人族如きが同じ土俵で戦う……思い上がりも甚だしい! お前は特別に我が裂きイカにして食ってやろう! まぁ~安心して逝くがいい……お前が心配せずとも、全てが七日と七夜の大洪水に流され、この世界は終わるのだ! これが『大魔王ルシファ』様により、定められた人類の運命なのだ!!」

 魔人ジャマイカはそう言うと、目をかんかんと光らせて、いきなり襲い掛かってきた――


「人族など魔人の足元にも及ばぬ……戦いはこの唯の一撃で終わりだ!」


『シュゴォォォ~』

「槍イカ!」

 魔人ジャマイカはしゅっと私の真横に回り込むや、右腕の触腕を伸ばし槍のように叩いてきた……。


「……一騎打ちだぞ!? 合戦じゃないんだから……そんな虚を突く攻撃じゃ当たるはずもないじゃないか……欠伸が出るぜ……」

 私は魔人ジャマイカの隙だらけの横槍に、得意の左のクロスカウンターを合わせると、続けざまにアイアンカイザーに依る拳の連撃を浴びせた――


『ドッゴッ~ン、シュ、シュ、シュ、シュ』

「コンビネーション攻撃だっ! こめかみ、ジョー、ストマック、レバー、みぞおちに、パンチ、パンチ、パンチィ~……地獄の悪魔、魔人ジャマイカよ……受けきれるものなら受けてみろ!」

 まさにサンドバックの蛸殴り、烏賊だけど蛸殴りでリーのように格好よく決めたつもりだったのだが……。


「お前、何をしている……我を殴ってはイカ~ん!」

『ピカピカピカッ、シャララララ~ン』

 魔人ジャマイカは、痛かったのか、怒ったのか、ストレスからなのか、烏賊の活き造りのように、触腕と烏賊ゲソをきらきらとメタリックな七色に輝かせた……。


 烏賊が皮膚の色を瞬時に変化させるのは、その神経細胞の働きであることが判明している。 

 烏賊のメタリックな輝きは、微小な板状構造の集まりを持つ、皮膚細胞の虹色素胞が光を反射して生まれる。その虹色素胞は神経系の胚組織である色素胞の一種で、反射した光は短波長の青色となっているようだ。


 攻撃の意思を示したり、カモフラージュとして活用しているのだろうか?

 魔人ジャマイカの皮膚も同様に非常に鮮やかな色彩となっていた……。


烏賊飛行イカフライ!」

『シュォォォ~ン、キューンキューン、キューンキューン』

 魔人ジャマイカは巡航ミサイル――トマホーク――のように上手く高波を回避しつつ、海面すれすれを飛ぶと――


烏賊様矢波イカサマヤロウ~」

『パシュ、パシュ、パシュ、パッシュシュシュシュシュッ!』

 対戦車ミサイル――ジャベリン――の如き音を立てて、八発の烏賊ゲソミサイルを同時に発射した。


「ふっ……俺の左手にはこいつが宿っているんだぜ!」


流星りゅうせい捕食者ラプタ~!!」

『キュォォォォォ~ン……ピカ~ン――ドドドドドドドド~ン』

 私は流星ラプターを繰り出して、烏賊ゲソミサイルを全て迎撃する――


烏賊輪切イカリング!」 

『ギュギュギュギュギュュュ~』

 どのような原理なのかは全く分からなかないが、突として七色に光る束縛の三つ光輪が現れ、私の身体を固く縛り付けた――


錨降ろしイカリオロシ~」

 魔人ジャマイカがそう叫ぶと、虹の光輪はいきなり重くなって、子泣じじいに抱き着かれたかのように私を押し潰そうとするが――

――やらせはせんよ――


「ダブルパンスラッガ~!」

 私は手首のスナップを使って、腰のパンチャックを放り投げた――


『スッパパパパッ!!』

 アップルパワーによって直ぐに超加速されたパンチャックは、白い軌跡を残しながら、魔人ジャマイカの拘束の光輪をあっさりと切断する……。


「イッカさまぁぁぁ~、それはイカがなものかとぉ~……イッカァァァ~」

『ギュル、ギュル、ギュル、ギュルギュル~ル~ルルル~』

 魔人ジャマイカの怒りが浸透に発すると、邪魔烏賊の腰にある2つの目が風車のように、突然凄い勢いでぐるぐると回り出した……。


烏賊拡張イカクチョウ、グゥアッオオオォォォ~」

 魔人ジャマイカは、なおいっそう気勢を上げた――


『ブゥルルルルゥゥゥ~!』

「……なんじゃ、そりゃ~?!」私は思わずそのような声を上げてしまった。


 魔人ジャマイカは、巨大な大王邪魔烏賊ダイオウジャマイカ――全長80メートル、触腕30メートルの烏賊の怪物――へと大変身を遂げた。

 そして、ムーの神殿を離れると、主戦場をその巨体の動きやすい海へと変えた……。


烏賊鎚イカヅチッ!」

 ダイオウジャマイカの巨大な2本の触腕の先端が、金槌ハンマーの如くかっちんかっちんに硬化した――

「ええじゃなイカ~、ええじゃなイカ~、ええじゃなイカ~」

『ブォォォ~ン、ブォォォ~ン、ブォォォ~ン』

 ダイオウジャマイカは狂乱的に歌舞しながら、その巨大なハンマーをあたりかまわず、ぶんぶんと振り回す……。


 しかしながら、要所要所で林檎加速アプセルを使って回避行動をとる私に、そんな攻撃は一向に当たるはずもない…………。

 痺れを切らしたダイオウジャマイカは、とうとう奥の手を出してきた……。


神蹴球再構築ペレストロイカ!」

 ダイオウジャマイカは臍辺りにある漏斗から、七色に輝く虹玉を生み出すと、

「全て消し飛んでしまえ~! 大激怒ォォォォォ~!!」

 その二本の巨大な触腕を使って、今まさに、こちら目掛けて虹玉を打ち出そうとしている――


「勝機到来!」

 ダイオウジャマイカの、その攻撃の瞬間を逃さず、こちらも切り札を切った!


「アッチョォォォワァ~、流星ぃぃぃ~ペナルティ~キィィィッ~ク――流星PK――!」

 私が虹玉を避けると、バラコアの広範囲に被害が及びそうだったので、私はアップルパワーを開放して超加速して、空気との摩擦で真っ赤に燃え上がった左足で、ダイオウジャマイカが魔力で練り上げた虹玉をどんぴしゃで蹴っ飛ばした!


『グワァシャッン、ドッゴォォォ~ン』 

――ゴォォォォォ~ル――

 

 その瞬間、稲妻と疾風が唸りを上げた――

「イッカぁぁぁ~」

 『流星PK』のアタックにより、ダイオウジャマイカは紅玉を腹に抱えたまま、グランマの女神像の方へ海面すれすれにぶっ飛んでいった――

 その刹那、私は縮空シュックウで空間を捻じ曲げ、グランマの女神像の目の前に瞬間移動すると、遥か遠くの水平線目掛けて、もう一枚のジョーカーを切った……。


「はぁぁぁ~、流星ぃぃぃ~よっこら掌~!!」

『フワッ、ギュル、ギュル、ギュルル、ギュルルルゥゥゥ~……ドッガァァァ~ン!』

 私は両手で蓮の花を形作ると、掌の中に空間を超圧縮した2つの球を作り、それらを掌の中でぎゅんぎゅん回して螺旋を掛けて打ち出した。そして、飛んできた方向とは真逆のパンサラッサの大洋へ、ダイオウジャマイカをもう一度ぶっ飛ばした。


『ドッドッドッドッドォォォォォ~』

「イイイッ、イッカぁぁぁ~ぁぁぁ~ん」

 『流星よっこら掌』で海面と平行にぶっ飛ばされたダイオウジャマイカは、何処までも続く2本の波柱を高く上げながら水平線まで飛ばされて、遥か彼方に立ち込めた暗雲と一緒に、しゃぼん玉の如く大きく弾けて消えた…………。

――波の~線路は続くよ~どこまでもぉ~ぽっぽっ~――


『………………ボッガァァァーン、シャララララ~』

 遥か彼方の巨大な水蒸気爆発によるキノコ雲が消えると、水平線に巨大な虹が掛かった。


『ギュ~ン、ギュギュッ』

「おっ~とっとっとっ……ふぅぅぅ~……あぶにゃ~い」

 一方、『流星よっこら掌』の反動で、ダイオウジャマイカと逆方向にぶっ飛んだ吾輩は、林檎逆噴射アップルリバースラストで自身に逆噴射のブレーキを掛け、グランマの女神像にぶつかる直前で緊急停止することに成功した……。


「あああっ………………」

「グルルッ………………」

 それを見ていた海王ポドンは、やっと正気を取り戻した水龍レヴィアと共に呆気にとられて二の句が継げず、水平線に掛かる巨大な虹を、その虹に繋がる無数の虹のトンネル越しに口を開けたまま眺めていたのだった…………。


 ◇ ◇ ◇


 水平線一面に広がった暗雲の発生によって、てんやわんやの冒険者ギルドに、ポセと私が意気揚々と戻って来た……。


『ザッザッザッザッザァァァ~』

 受付の前には、天変地異対策のために緊急徴集されたバラコアの冒険者たちが屯していたのだが、ポドンの体から発散される神通力のオーラに気圧され、一瞬で人垣が割れて部屋の中に受付嬢ラナへの――海王の道――ができた。


『だっ誰だ……あいつは? 知ってるか?……知らない……見たことねぇ……初めて見る……光ってるぜ!?……でっでかい!……おいっ、すげえ武器だな……只者じゃねえな……ゴールド等級の冒険者じゃないのか!? いいや王都のゴールド等級冒険者と比べても段違いだろ……あんな化け物がこんな片田舎のギルドに一体何の用だ……?」

 冒険者たちは目を皿のようにして驚き、遠巻きにひそひそ話をしている…………。


「嬢よ……今戻った!」

「えっ……あっ、あの~すいません……ど、どちら様でしょうか?」 

 気圧されたラナは何とか返答する。


「……何を言っておる……つい先日会ったばかりではないか……嬢に白鯨のクエストを依頼したポセだ!」

「左様でござっ……ええっ……ポッ、ポセさんですか?」

 神通力のオーラを纏った老漁師ポセは、白髪から光り輝く銀髪となり、渇いた肌は瑞々しく潤った肌艶となり、痩せた体は筋肉が隆起していて、以前とは雰囲気ががらりと変わっていた。

 おまけに後光を放つ三つ又の銛――ポセイドンの銛――を手にしていたので、ラナは思わずポセを二度見して確かめた……。


「いかにも我が名はポセ……かつて冒険者ギルドでは……ポドンという名で登録していたがな……」

「ええっ……ポッ、ポドン様ですか」

 ラナはは驚きの余り口を開けて、ぽかんとしている……。


「そうだ、ポドンだ……同じ名の登録者がいるのか?」

「はい……いえ……はい……ポッ、ポドンと言う名前で登録している冒険者は、1名だけいらっしゃるのですが…その御方はミスリル等級冒険者――海王ポドン――様、その人です」

 ラナはおっかなびっくり答えた……。


「それで、ええじゃないか……まぁ、かつてはそう呼ばれていたな……いかにも我が名はポドン……ミスリル冒険者の海王ポドンだ!」


『ドッドッドッドッド~ン』

「えっ……えぇぇぇ~ぇぇぇ~……」

『バタン、Qキュ~』

 ラナは驚きの余りに椅子ごと後退りして後ろに引っ繰り返ってしまった……。


「それから操舵手への白鯨のクエストの報酬だ……お陰で世界は大洪水から救われた……これでは足りぬかもしれぬが……これで勘弁してくれ……」

『ドシンッ!』

 そう言って、ポセは水晶玉程もある金属の塊を、無造作にラナの目の前に置いた……。


「……こ、これは……何でしょうか?」

「今回のクエスト報酬の金塊だ」とポセは答えた。

「……ん~、こっ、これ、15キロはありますよ……金貨に換算すると三千枚以上です。これが今回のクエストの報酬と言われるのですか?」

「そうだ……宝珠は神の光を失い只の金となってしまったが……足りないか?」

「……いっ、いえいえ……1回の冒険者へのクエスト報酬が金貨三千枚なんて……きっ、聞いたことありません! 魔王を倒したとでも言われるのですか?」

「魔王?……まっ、まぁ~……そんなとこだろう」

 ポセは天を仰ぐと、つい先ほどの凄まじい戦いを思い遣った……。


「んんん~……んっ」

「…………」私は目立たぬようにずっと沈黙の羊となっていたのだが、とうとうラナに見つかってしまった……。

「あっ、ダイサクさん……ご一緒されていたのですね……よくぞご無事で……」

「すみません……私…恥ずかしながら、擦り傷も負わずに帰ってまいりました……」

『ピシッ!』そう言ってラナに敬礼をする。


「いえ、怪我等されずに戻られて本当に良かったです……ところでダイサクさん……ポドン様のお話は言葉足らずで、私には状況がさっぱり分かりません……宜しければ、何があったか教えてくださいませんか?」

 ラナはポドンの陰に隠れていた私にやっと気が付き、申し訳なさそうに小さな声で囁いて尋ねた……。

「そうですね……但し……詳しく話すと長くなるので……大まかな説明で宜しいですか?」

「はっ、はい、それで結構です」


「それでは説明いたします……私は操舵手として、ポセさんと一緒に荒海に出ました……それから直ぐに白鯨に遭遇し、生死を賭けた格闘をした訳なのですが、白鯨――カカロット――には子供がいて、死闘の果てに怪我をして動けなくなった白鯨の周りを、小鯨が『ピーピー』と声を出して泣き続けていました。私たちは白鯨の親子を哀れに思って、母鯨の怪我を治した後、彼らを海へ逃がしてあげました……仕方なく白鯨の捕獲は諦め、ロカ岬のグランマの女神像の前で、ポセさんとふたり世界の終わりを黄昏ていたところ、たまたまその浜辺に龍涎香が流れ着いていました……その龍涎香のオイルをグランマの女神像の腕に塗ると、掌の上の林檎に光が集まり海王の道とムーの神殿が出現しました……その道はちょっと狭くて服が濡れてしまうので、海王の道として少し相応しくないと思っていたら、こんどは海が二つに割れて本物の海王の道らしい、広くて服が濡れない道に変わりました……海底にできたその道を歩いてムーの神殿に着くと、そこでは巨大な水龍――レヴィア――が大暴れしていました……ポセさんが宝珠を手にして海王の力を取り戻し……水龍を使って大洪水を起こそうとしていた、黒幕の魔人ジャマイカが討伐されると、水龍は正気を取り戻しおとなしくなりました……そんなこんだで、世界は大洪水による未曾有の脅威から救われたという次第です……こんなんでましたけど~宜しいですね♪」

 そのようにラナへ単刀直入に名答した……。


「あ、え、い、お、う……ダイサクさん……何を仰っているの? 冒険者ギルドの中では白鯨のカカロットでさえ禁句なのに……海王の道……ムーの神殿……水龍レヴィア……挙句の果てに、まっ、魔人ジャマイカですって! そもそも、グランマの女神像には腕も林檎もありませんよ!!」


「……まぁ、東パンサラッサの海の遥か彼方の水平線に立ち込めていた暗雲は全て消えて、ウイニング・ザ・レインボー(希望の極大虹)が掛かったでしょう♪ とにかくこれで一件落着です……ですよね……ポセさん」


「ちょっと端折ているが……まぁ、そんなとこだ……今回は運が良かったな」

「はい、本当に運がよござんした」

「はっはっはっ」

「ふっふっふっ」

 ポセと私は愉快な気分になって笑って息ぴったりに締めた。

「よよよい、よよよい、よよよい、よい……はぁ、めでてえな、へぃ!!」

『パッチン!!』

 二人の指が勢いよく鳴った♪


「……それにしても……俺は知らなかった!?」とポドンは囁いた。

「しっ、知らなかったとは……何のことでしょうか?」とラナが聞き返した。

「アイアン等級の冒険者というものが……あれほどの強者であったとは?!」

「……アッ、アイアン等級がですかぁ?」

「そうだ……俺は更なる高みがあることを知ったのだ」

「はぁ……高み……ですかぁ~?」

「かつての俺はうぬぼれておった……次この力を神に返すのは……全ての力を極めてからだ!」


「ダイサクよ……待っておれ……我は必ずお前の高みまで上り詰めて見せる!!」

 そう言ってポドンが鋭い眼光で私を見ると――


『バタッバタッバタッバタッ……』

「ポッ、ポセさん……抑えて……抑えてください……」

 私の後ろの冒険者たちが海王の覇気によって一斉に気を失い倒れてしまった……。

――恐ろしい、魔王も海王も紙一重だ!――


「さて……俺もミスリル等級の更なる高み……アイアン等級を目指してみるか!」

「あっわわわわわぁ~……ミ、ミスリル等級のポドン様がアイアンを等級を目指すとは……い、一体全体……なっ、何を言われているのでしょうか……!?」

「……言葉通りの意味だが…何か不具合でもあるのか……?」

 ポセとラナの会話は全く噛み合っていなかったが、私は酒を飲まずに水を飲むのが好きなので、そこんとこは白ぱくれていた………………。


 ◇ ◇ ◇


 次の日の朝、ポセと私はロカ岬のグランマの女神像の前にいた……。


 グランマの女神像の腕はいつも通り透明で見えてはいなかったが、それと裏腹に女神の瞳の色は赤から元の乳白色に変わっていて、私の眼には恰も女神がウインクしているように映っていた……。


「ダイサクよ……世界には未だ沢山の強者がいるということだな」

「そうですね、世界は広くてわくわくしますね」


「ダイサクよ……海を割ったのはお前の仕業か?」

「はっ、はい……水着を持ってなかったので……すみません」

「そっ、そうか……水着を持っていなかったのか……」 


「ダイサクよ……魔人ジャマイカは強かったか?」

「い、いえ……水龍レヴィアに比べたら少し小さかったですし……魔人とは言え所詮は烏賊だったので……さほど強くはなかったと思いますが」

「そっ……そうか……あれほどの魔力を持った怪物と言えども、お前にとって強くは感じなかったのか……」


「……ところでダシサクよ……最後にお前が放った……あの技の名は何という?」

「あの技は『流星よっこら掌』です……今回は螺旋を掛けて威力を倍々にしましたが、津波が起きて被害が出ないように、模擬実験シュミレーション通りに十分注意して打ちました」


「……そっ、そうか……津波が起きなくて良かったな……」

「はい……津波が起きると後始末が大変ですからね……」


「その時の津波は……10メートル位だったのか?」

「いえっ……もう少し高くて……ざっと100メートル位でしたでしょうか」

「……そっ、そうか……100メートルか……そっ、それは後始末が大変だったな……」


「……そうだな……我の真の海王への道はまだまだ遠いな……」

「はい……私の目指す最強武術『ドラゴンへの道』も、まだまだ遠い先にあるようです」

『チャ~ン、チャチャ、アチョォォォ~』

 あの律動リズムが頭を過り、私は親指の腹で、左の頬に付いた桜の花弁をすっと払った。


「ダイサクよ……またバラコアへ来るが良い……今度は白鯨ではなく鱮を釣って競おうぞ! 本当のことを言うとな……我は海の主の白鯨よりも……川にいる小さな鱮の方が可愛くて好きなのだ!!」

「流石、ポセさん……タナゴ釣りとは通ですね……約束ですよ……次はタナゴが、私たちのクエストのターゲットなんですね♪」


 そんなたわいない話も終わり、老漁師――ポセ――改めミスリル等級冒険者――海王ポドン――は、グランマの女神と一緒に私を見送ってくれたのであった………………。


 何も変わらず、美しい海と青い空が繋がる水平線が続いている……。

 ロカ岬の沖では、イッカクはアイコンの長い角が無くなっても、虚しく男を競い合っていて、岬からハバナ湾奥のバラコアの町へ続く街道の桜は、その舞い散る花弁が朝日に照らされ、きらきらと輝いていた……。


「さらば漁師の町バラコアよ……」

 バラコアでの思い出を心に刻み、私は振り返らずに行く先を見据えた――


「……さて……あの水平線の彼方には……どんな出会や冒険が待っているかな?」

 そう想いながら歩み出すダイサクの足取りは、母鯨の周りを泳ぐ白い小鯨のように元気で晴れやかだった。


――海王ポドンよ、今更アイアン等級冒険者を目指すのか? それはそれでイカがなものかと――の巻(終)


ありがとうございました。

【林檎異世界漫遊記 箱舟とグランマの女神像 編】は如何でしたか?

このお話が面白かった方は、是非本編もご覧ください。

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