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押しかけ女房とは

 一晩、月の光を浴びただけでかなり元気になった私は、まずは仕事を頑張ろうと今までの分しっかり働いた。

 マリーが心配して、休憩を多くとってくれたけれど。


 朝も太陽の光で目が覚めて、朝食も早い時間に取れた。

 けれど、フィオンに会うのが怖くて一緒に食べられる機会なのに避けてしまった。

 本当はフィオンに会って、きちんと謝って嫌われていないことを確かめたかった。でもそれが怖くてできなかったのだ。


 もし本当に嫌われてしまっていたら?

 私は妖精界に帰るしかないのだから。

 


 今まで半日でダウンしていた仕事が、しっかり夕方までこなすことができた。

 マリーもおじいちゃんもとっても褒めてくれて、クタクタだったけれど、とても満足しながら一日を終えることができた。フィオンのこと以外は。


 ネグリジェに着替えてバルコニーに出る。そこまで肌寒くないけれど、昨日のガウンをしっかり羽織ってきた。


 月はもう山に隠れそうだ。

 月の光を浴びているとバイオレットが隣にやってきた。


「だいぶ体調も良さそうだね。早く月の光のことを思い出していればよかった」

「本当。バイオレットがついてきてくれていなかったら、私きっともうダメだったかも」

 


 次の日も朝は元気に目が覚めた。

 マリーはまだ無理しない方がいいと言って、何度か休憩をとってくれた。


 お昼ご飯のサンドウィッチを二人で食べながら、マリーがずっと気になっていたんだけど、と聞いてきた。


「メリンさんってフィオン様とどういう関係なの? 執事長はご友人のご親戚だと言っていたけれど。荷物は少ないし、どう見ても貴族っぽくないし。押しかけ女房ってやつなの?」


 私は悩んでしまった。正直に話すには、妖精のことは内緒だし。そもそも押しかけ女房とは。


「押しかけ女房って何?」


 とりあえず答えよりも質問してみることにする。


「最近人気の小説の主人公が押しかけ女房なのよ。貴族と平民の身分差の恋だけど、田舎から出てきた主人公が貴族のお屋敷に転がり込んで最終的には結ばれるという話。私の勝手な妄想だけど、状況がメリンさんと一緒な感じがして〜。実際どうなの!?」


 マリーは少し興奮した様子で教えてくれた。

 確かに話を聞く限り似たような状況かもしれない。でも私は妖精だし……。


「それは……。確かに私はフィオンのことが好きだと伝えたくてやってきたのだけれど」


 しどろもどろで答えると、マリーは「やっぱり!」と勝手に納得していた。


「まさに押しかけ女房だ! 私応援するからね!」


 ぽかんとしている私をよそに、マリーは一人で話し続ける。


「私あの小説大好きで。身分差の恋がこんな間近で見れると思わなかったから嬉しいなぁ。私は絶対にそんな無謀な事はしないけど。フィオン様も騎士団のお仕事で忙しいからって婚約者もいないし、今までも恋人とかいただろうけど、女の影を見たことがないんだよねー。だからメリンさんが来た時はびっくりしたんだよ! 朝ごはんも一緒に取るなんて使用人には無理なんだからね。びっくりな特別待遇すぎるよ。 頑張ってね!」


 拳を握りしめて私に頷くマリーに、私は「うん」と答えるしかなかった。


 それにしても気になる言葉が出てきて私は狼狽えていた。

 フィオンに婚約者がいるだとか、恋人がいるかもしれないなどと考えもせずにやってきてしまったのだ。


 マリーの話ではそういった存在はいないようだが、本人に確認しなければならないことだ。私は迷惑な押しかけ女房になって、ますますフィオンに嫌われてしまう。


 フィオンに好きと伝えるために人間の姿になりたかったけれど、キスをもらえばずっと人間の姿でいられると言われればこの先もフィオンと共にいたいと願ってしまったし、今もフィオンとずっと一緒に過ごしていきたいと思ってしまっている。


 一つ願いが叶ったら、さらに願いが増えていく。


 しかしこの願いは私だけの問題ではなく、フィオンの気持ち次第なのだ。

 私はただの居候なのだから。


 フィオンからキスをもらったとして、フィオンが貴族の令嬢を妻に迎えるとなったら私はどうなるのか。このまま使用人としてこの屋敷に居続けるのか、妖精界へ戻って二度と人間界へ来ないか。


 そう考えると悲しくなった。

 フィオンが私以外と一緒になるだなんて、耐えられない。それならば最初から人間の姿になるのではなかった。


 こんな気持ちはここに来るまで考えもしなかった。


 フィオンが好き。

 フィオンのことをもっと知りたい。

 彼の顔を眺めていたい。

 彼の隣を歩きたい。

 できれば彼に触れて、私に触れてほしい。


 そんな一方通行の想いだけだった。

 実際にフィオンのそばに来たら、キスも簡単ではないし、フィオンは私のことを好きなようではなかった。

 けれど私のフィオンへの気持ちはどんどん大きくなるし、嫌われたくないし、大きい体はままならないし、どうにもならない気持ちだらけだ。


 大きい体のことは、仕方ないことだけれど。

 フィオンの恋人になって、フィオンと結婚して、私の残りの命がなくなるまでフィオンと一緒に過ごしたい。


 嫌われたくないのに、そんな勝手な願い。


「どうしたら、もっとフィオンと仲良くなれるのかしら」


 ぽそりと呟いた言葉に、マリーが嬉しそうに答えてくれた。 

「それはもっとお互いのことを知る、じゃないかな。メリンさんのことをもっと知ってもらわないと!」


 私は生半可な気持ちで人間の姿になったわけではないということを思い出す。

 少し体が弱っただけで、心もすっかり弱ってしまっていたようだ。

 体が元気になってきたのだから、頑張らなければ。


「私、もっとフィオンと話してみる!」


 せっかくおじいちゃんが作ってくれた機会をみすみす逃すなんて愚かなことをしてしまった。これからはしっかりフィオンのところへ押しかけよう。

 そう心に誓ったのだった。


「それで、執事長に私の服をメリンさんに貸してあげてと言われたんだけど、このあと見に来る?」




 マリーの部屋は私が使っている部屋よりもとっても狭かったけれど、シンプルで清潔感のある綺麗な部屋だった。


「やっぱりメリンさんはお客さんなのに服も無いっておかしいな〜とは思っていたんだけどね。押しかけ女房になるからって荷物も持たずに家出したんだね。フィオン様愛されてるぅ」


 マリーが勝手な妄想を繰り広げているけれど、それもあながち間違いではないので否定もできない。

 服も持たずに屋敷に押しかけるのは、人間にはやはり迷惑行為だったのだ。


 フィオンに謝らなければ。そしておじいちゃんにもお礼を言わなければ。


「明日、フィオン様と服を見に行くって聞いたよ。デートだね!」


 なにやらニヤニヤしながら私をみるマリー。楽しそうでなによりだ。私の味方になってくれる存在は、私も素直に嬉しい。人間の友だちが出来たと思ってもいいのだろうか。


「マリーと買いに行くように提案されたけれど、私がフィオンと一緒に行きたいと言ったの。やっぱりデートって言っていいのかな」


 なんだかお腹がそわそわする。他の人にデートと言われると、また嬉しい気持ちになるものだ。


「それはもうれっきとしたデートです。自信を持って!」


 マリーのクローゼットを見せてもらうとメイド服の他にも花柄のワンピースや可愛い色の服が何着か入っていた。


「私もたくさんはないけれど、これはお気に入りだからメリンさんに似合うと思って」


 そう言って出した1着は、クリーム色の綺麗なワンピースだった。


「お気に入りなら汚したらいけないし、こっちがいいな」


 私の元々着ていた服と同じ色のワンピースを選ぶ。

 このワンピースなら首元までしっかりボタンが付いているし、フィオンも薄着だとは言わないだろう。


「お化粧もヘアセットも明日は気合いを入れないとね!」


 マリーが楽しそうにしている。


「お化粧……ってした方がいいの?」


 お化粧などしたこともないし、道具もない。ヘアセットといってもヘアアクセサリーどころか髪留めすら持っていないのである。好きな人の元へ来るのに、私は騎士のボタンと身一つで来てしまったことに今頃後悔をしていた。


「私、本当に何も持っていないの……」


 こんなことで落ち込んでいては先に進めないだろうけれど、これは恋する乙女としては失格なのではないだろうか。

 そんな私にマリーは慌てて「メリンさんは肌も綺麗だからお化粧はしなくても大丈夫じゃないかな! 気になるなら軽くしてあげるから元気出して!」とフォローしてくれた。

 そう、妖精の私は肌荒れに悩んだことなどなかったのだ。どれだけ体が重たかろうが、肌のきめ細やかさは失われなかった。ありがたいことである。


 マリーのおかげで少し元気になった私は、デートに向けて早めに休むことにした。もちろん、バルコニーで。

 

 

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