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命の恩人はどちら


 居候として屋敷に置かせてもらうことになったけれど、私は客間を与えられ、朝食も時間が合えばフィオンと一緒に食べていいということになった。すべてあのおじいちゃんの采配のようだ。おじいちゃんには感謝しかない。


 私はフィオンと一緒にいられれば部屋などなんでもいいから『フィオンの広い部屋の隅で充分』と言ったのだけれど、「フィオンさまの命の恩人なので」ということだった。


 よく考えたら私の体も大きいし、そんな部屋の隅で暮らすなんてことは難しい。でもずっと一緒にいられると思ったのにな。まぁそれが一番難しいか。


 おじいちゃんの話では、フィオンは現在怪我のリハビリのために騎士の仕事はお休みしているらしい。ずっと家にいて、在宅でできる仕事や家の仕事をしているというのだ。

 なんという良いタイミングで私はやってきたのだろう。それならば一日中一緒にいられるではないか!


 フィオンの家は、侯爵家という貴族の家だそうだ。貴族のことはよくわからないけれど、侯爵家といえど尊い血筋なのだとおじいちゃんが教えてくれた。どおりで私が好きになってしまうはずよね。その尊い血筋がどこからなのかは私にはよくわからない話だったけれど。遠くは王家の血を引いているとかなんとか言っていた。

 そしてフィオンはその侯爵家の次男なのだそうだ。お兄さんは半分隠居している両親と共に領地経営をしており、この屋敷にはいないらしい。この屋敷はタウンハウスで、王都で騎士の仕事をしているフィオンが暮らすようになったのだとか。そのため使用人は最低限なのだそうだ。


 おじいちゃんが、よければ家の仕事もやってみませんかと言ってくれたので、フィオンと過ごすにあたって人間界について勉強もしないといけないし、是非お願いしますと仕事をさせてもらうことになった。


 バイオレットは、ずっとラクして遊んでいればいいのにと言うけれど、もしこのままずっと人間でいられるのなら人間界のことは学んでおくべきだと思う。


 そんなわけで次の日から早速、屋敷のお掃除係に任命されたのだった。


 私が目を覚ました時にいた女の子はメイドのマリーで私に仕事を教えてくれる先生だ。

 マリーの用意してくれたメイドのお仕着せを貸してもらい、早速仕事に取り掛かる。掃除などしたことがないけれど、人間の道具が面白くて掃除は思った以上に楽しい仕事だった。


 半日もすればクタクタのヘトヘトになってしまい、マリーがおじいちゃんに話をしてくれて休ませてもらうことになった。


 おじいちゃんは私が妖精だということは他の人間には内緒にしておくようにといって、フィオンが自分の友達の親戚で田舎から都会に勉強に来たということにすればいいと言ってくれた。だからマリーには私は妖精だということは内緒だ。


 それにしたって、これでは人間界の勉強どころではないし、フィオンに全く会わないまま一日が終わってしまう。


 今日は仕事の初日だから仕方がないと諦める。明日からまた頑張ればいいのだ。


 バイオレットにも寝るのが一番と庭に咲いていた花を渡され蜜を舐める。妖精の姿だと花一輪で十分満たされたのに、人間の姿だと全然足りない。体が大きいと食べる量も違うということをここで改めて実感する。


 食事が部屋に運ばれてきた。蜜だけでは足りなくてお腹が空いていたのでありがたい。

 スープとサラダだけ食べたらお腹いっぱいになってしまったので、残りは起きてから食べようと思い布団に入る。


 布団に入るとクタクタの体を伸ばしたら、すぐに瞼が開かなくなってしまった。

 目が覚めたらもう朝だった。妖精の姿の時よりもよく寝てしまっている。

 体を動かすのはいつものことだったし、掃除は初めてだったけれどここまで長く寝ることもそうそうない。人間の体って不便なんだなと思いながらベッドから這い出す。

 あんなに寝たのに体が重い。人間の姿になってすぐに倒れてしまった時のように重い。


 朝食は時間が合えばフィオンと食べていいとの事だったし、頑張って食堂へ向かいたいのに。フィオンのそばにいたくて来たのに。体がままならない。悔しい。


 ベッドから出たものの、ベッドへともたれかかったまま窓の外を眺める。眩しい朝日にため息が出てしまった。


 枕元ではバイオレットがまだ寝ている。妖精は夜も更けてから眠ることが多いから、朝はお寝坊さんが多い。バイオレットも夜の間に外で遊んできたのかな。


 朝食は諦めなければならないかと思っていた時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


「はい」と答えると、フィオンが顔を出す。


「おはよう」


 フィオンから朝の挨拶をされる日が来るなんて。


「お、おはよう」


 私は嬉しさのあまり体のだるさが吹き飛んだ。気がした。勢いで立ち上がったのに、またベッドへともたれかかっている。


「体調が良くないみたいだな、入ってもいいか?」

「どうぞ」


 部屋に入るのにも許可を取るなんて、人間は面倒ね。入るといってもドアが半開きだしドアの前から動こうとしないフィオン。もっとそばに来てくれればいいのに。


「リーアムと話して、朝食は時間が合えば一緒にということだったが昨日も顔を見なかったし心配だったから様子を見にきた」


 昨日会えなかったことを気にしてくれている!

 それだけで私は元気になれる、はずなのに体が重いのは変わらない。


「ありがとう。人間の体ってとても重たいなって実感しているところよ」


 強がりを言ってしまった。けれど、フィオンといられるチャンスだ。たくさん話がしたい。


「フィオンに人間界のことをたくさん教えてもらいたいの。今聞いてもいい? お仕事忙しい?」


 マリーにも「フィオンさまはお仕事がお忙しい」と聞いていたから、日中は部屋からあまり出てこないのだと聞いていた。気遣いができる方が好印象なのは、人間も妖精も変わらないよね。


「仕事は、まぁ大丈夫だ。君はもう少しベッドで横になった方が良さそうだし、朝食を持って来させよう」


 そう言うと、廊下へ顔を出す。廊下に誰かいるようで、私の分の朝食を持ってくるように言っている。


「リーアムが持って来てくれるよ。腹が減ってはなんとやらだからな。まずは食事だ。元気になるものもならない」

「せっかくだから食事のマナーも教えてもらいたいな」

「もちろん」


 ベッドで横になったらどうかと勧められたけれど、テーブルでご飯が食べたいと説得して椅子に座る。体が重たくても椅子には座れた。

 すぐに私の分の朝食が運ばれてきた。


「フィオンはいいの?」

「あぁ、俺はもう済ませたんだ」

「そうだったの……。明日は食堂に行けるようにする」


 しょんぼりしながらも、運ばれてきた朝食にペコペコのお腹が反応する。

 いただきますのお祈りを教えてもらい、フィオンにバターを塗ってもらったパンをかじる。


「妖精の一日はどんな風に過ごすんだ?」


 少しお腹に入れると体が少し軽くなった気がした。単にお腹が空いていただけなのかしら。


「朝はお寝坊さんが多いかな。私も夜遅くまで遊んでしまうから、朝はゆっくり寝ていたわ。夜は光るタマムシを追いかけるので忙しいのよ。すっごく美味しいの」


 タマムシの話をすると、出会った時のことを思い出しちゃうなと少し照れたら、フィオンが複雑そうな顔をしている。


「そうか、妖精たちは虫が主食か」

「虫ばかりじゃないけどね。花の蜜が一番かな。あとは木の実。人間の食事ってすごいよね」


 そこまで話して、人間はタマムシは食べないのだろうと思い至る。


「もしかして、タマムシが美味しいなんて言ってびっくりした?」


 フィオンの顔を覗き込むと、真面目な顔をされてしまった。


「正直に言えばびっくりしたが、君は妖精だからな。まだまだ面白い話が聞けると思うと楽しみだ。我が家の食事は妖精の口に合うだろうか」

「えぇ、とっても美味しい! すぐに元気になれると思う」


 私たちのような小さな妖精はほとんど遊んで暮らしていること、旅をする妖精がいること、月の妖精のように大きな妖精がいることを話す。フィオンに妖精族の話をするのは初めてだった。出会った日はフィオンの騎士の話ばかりしてもらっていたから。


 食器の使い方を教わりながら食べる朝食はあっという間だった。食べ終わる頃にはすっかり体も軽くなり、これなら掃除の仕事もできそうだとフィオンに話す。


「人間は毎日仕事で大変ね」


 そう言うと、「生きていくためだからな」とフィオンが笑った。


「人間は楽しいばかりでは生きていけない面倒な種族なんだ」

「ふぅん。じゃぁ私も早く慣れないと」

「君の着替えも用意しないといけないな。マリーと一緒に街に買いに出かけたらどうだ?」


 人間は着替えも必要で大変だ。水浴びも浴室という個室でしないといけないし、冷たい川でバシャンと潜るのが最高に気持ちいいのに。


 でもせっかくの提案だ。街へ出かけるというのはとてもワクワクする。


「それならフィオンと一緒に行きたい。デートというのでしょう」


 微笑んでお願いすると、フィオンは何かを喉に詰まらせたような顔をした。


「女性の服を見立てたことがないからどうしたものか……というか、妖精もデートをするのか?」

「話を逸らされたわ」

「ばれたか」


 あははとフィオンが笑う。

 私が大好きな笑顔だ。

 けれどやっぱり目の下が薄っすら黒くなっている。


「ねぇ、フィオン。もしかしてとっても疲れているの? それともどこか悪いの? 怪我が痛むの?」


 顔色が心配で捲し立ててしまった。


「リーアムから聞いたのか? ちょっと怪我をしただけだよ。君が気にすることではないよ」


 そう言われてしまうと、もう何も言えなかった。


「さて俺も仕事の時間だ。メリンも食事ができて安心した。仕事も無理をしないで」


 そう言うとテーブルの上を片付けて部屋から出て行ってしまった。


 私はキスしてって言うのを忘れてしまったのを思い出す。

 まだ今日は始まったばかりだ。機会はまだまだあるはず。


 まずは掃除の仕事を頑張ろう。

 まだ枕元ですやすや寝息を立てているバイオレットに、残しておいたパンのかけらをテーブルに置いて私も部屋を出た。


誤字報告ありがとうございます。訂正しました。

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