17.デジタルとリアル
「アクリルガッシュと細かい作業が多いから面相筆と」
「バケツに水入れるね」
「うん、よろしく」
僕達は各々準備をして環境を整える。
「あ、そういえば下書きがあったはず」
完成に近づくにつれて見なくなったからすっかり忘れていた。
僕は横断幕を作るのに使う物の中にあった下書きを手に取り橘に見せる。
「これ下書きなのに凄く描き込んでるね」
「横断幕の構図をやったのは伊吹で相当気合いが入ってたみたいでね」
だいたいの雰囲気だけでよかったのに影もいれて鮮やかに仕上げている。
おかげで僕達はスムーズに描くことができたが。
「言っていいか分からないけど下書きの方が綺麗に見えるね」
「はは、そうだね。やっぱりデジタルで書いた方が色の数も多いし影も細かく入れられるから」
絵の具だと同じ色というものは二度と作れない。
だがデジタルなら簡単に同じ色が作れる。加えてレイヤーを切り替えることで影を簡単に入れれる。
修正も簡単で使い方を覚えれば覚える程にクオリティという要素はリアルを超える。
「やっぱりデジタルが主流になっていったんだろうな」
「ご、ごめんね。デジタルの方がいいって言いたかったんじゃないよ」
僕が訪れることがなかった未来を想っていると橘が慌ててそう口にする。
「それはどうして?」
「この横断幕も神谷が書いた渦中の宿望も厚さがあるんだよ」
「厚さ?」
「えっとね……」
橘自身も厚さの意味を何となくでしか認識していないらしく言葉が出ずに身振りを大きくする。
「塗り直した後とかさ文字通り絵の具が重なってるじゃん。例えばこの氷の足場だってさ影を付けるために白の上にグレーを塗ってるでしょ?色合いでの遠近感もだけど絵の具が重なってゴツゴツ感があるというか……」
「僕もそう思うよ。本物のキャンバスに本物の絵の具を乗せないと出ない味がある」
これが手描きの唯一無二の特色だろう。
キャンバスの感触と同じものはない絵の具の重なり、その小さな厚み。
重厚感というやつだ。
「それにね、凄く楽しんで描いたってことが伝わってくるよ!」
「そうかな?高校に入ってからは言われた事なかったかも」
「絵の具を長く伸ばしてるからかもだけどノビノビ描いたことが分かるよ」
真っ直ぐそう伝えてくる橘を見ることに耐えられずに視線を逸らす。
「な、何か変なこと言ったかな?」
「いやこんな事言われたの久しぶりでさ」
評価や添削を考えずに思ったことを伝えられる。
それも楽しそうと言われたのはいつぶりだろうか?
「あ、そうだ、あの時か」
「あの時って?」
「僕と伊吹が始めて話した時のことを思い出してさ。橘とほとんど同じことを言われたよ」
「何て言われたの?」
橘に聞かれて僕は懐かしい記憶を呼び覚ます。
「始めてクラスの前でお互いの絵が見せられた後僕と伊吹は同時にこう言ったんだ」
本当に同時にたぶん同じような表情で。
「どうやってあんな凄い絵を描いたの!?」
僕達は興奮した口調でそう言ったんだ。




