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崩壊した世界で愛を叫ぶ  作者: ラー油
三日目
16/17

16.くだらない日常

 「そういえばさ、橘はよくこのホテルまでの道を帰って来れるよね」

 橘の高校まで行くなら分かるが海のような遠い距離をよく帰って来れたものだ。

 「覚えてるものじゃない?」

 「覚えられないよ?」

 さも当然のように言う橘を僕は即座に否定する。

 「まあまあ、帰り道は私が覚えておくから安心してよ」

 「お願いするね」

 僕は安心して学校へと向かう。

 「神谷のクラスは文化祭で何をするつもりだったの?」

 「お化け屋敷をやる予定だったよ」

 「そこは普通なんだ」

 「絵を展示するって案もあったけど普通の文化祭の展示をしたいって意見が大多数だったんだ」

 僕もそっち派の人間だった。

 「橘は文化祭はした?」

 「うん、私達は焼きそばをやったよ」

 「焼きそばか、食品系って大変じゃない?」

 「当日以外は大変じゃなかったかな。やることは装飾ぐらいだったし」

 橘は思い出すようにそう言う。

 「せっかくなら文化祭もやってみる?」

 「いい案だと思うけど二人でお化け屋敷を作ってもな……」

 「それならジェットコースターを作らない?」

 橘はワクワクした様子でそう提案する。

 「これまた大変なのを」

 「私はテーマパークとか行ったことないしジェットコースターに乗ってみたかったんだよね」

 「それなら作るしかないね」

 僕がそう言うと橘は嬉しそうに、「うん!」と答えた。


 「あれかな神谷の高校は?」

 「うん……見えてきたね」

 ホテルから歩いて一五分が経ったところで僕の高校が見えてくる。

 「思ってた以上に大きい高校だね」

 「普通科は頭のいい進学校だからね」

 橘の高校程ではないが施設は充実している。

 「……大丈夫?」

 「うん、大丈夫。ずっと目を背けるわけにはいかないから」

 僕はそう言って顔を上げるとボロボロになった母校を見る。

 「行こう」

 僕は橘にそう言って再び校舎の中に足を踏み入れる。見慣れた光景が壊れているのを再確認すると美術室の前に立っていた。

 「橘、美術室の中にさ……」

 「あ、そういうこと?」

 僕が言いあぐねていると橘は理解した声を出す。

 「私が先に入るね」

 「待って!」

 僕は橘の手を掴んで配慮を止める。

 「僕が先に入るべきだ」

 「……そっか」

 橘はそう言って優しく笑いかけると僕の後ろに立つ。

 「私が後ろについてるからね」

 「ありがとう」

 僕は橘にお礼を言うと美術室の扉を開けて室内に入っていく。そして先生が倒れているすぐ近くまで進む。

 「ふー。はー」

 僕は一度大きく深呼吸してから先生を視界に捉える。

 「……お世話になりました」

 先生は美術部の顧問であると同時に美術科で美術を教える先生でもあった。放任主義な人だったが生徒想いのいい先生だった。

 「美術室にいたのは先生だけみたいだね」

 「職員室があんまり好きじゃないらしくてさ」  

 「先生にもいろいろあるのね」

 そもそも何で先生になったか分からない程美術家としてのレベルが高い人だった。

 「それじゃあ横断幕を塗り始めようか」

 「このままでいいの?」

 「うん、見ていてもらいたいんだ」 

 「そっか、少し緊張してきたよ」

 「大丈夫だよ。ゆるい人だから」

 先生に怒鳴られた記憶はない。

 「……凄いなー」

 横断幕の前に立った橘はそう言って食い入るように視線を向ける。

 「うん、これは本物だ」

 「本物?」

 「うん、この虹は本物だよ。頑張ったのが伝わってくる」

 「そうだね。みんな細かいところまでこだわってたし」

 見上げる構図の人はかなり難しいが見事に描き切ったし太陽の当たらない部分の影はこだわっていた。

 「思いついたから書いただけなのに叶えられるとは思わなかったな」

 橘はそう言うとノートを取り出してチェックをつける。

 「この横断幕って何人で作ったの?」

 「僕と伊吹を含めて五人かな」

 「他の三人の名前を教えてくれないかな?知りたいの」

 「えっとね、部長の佐々木浩二(ささきこうじ)と二年生の山内陽菜(やまうちひな)と一年生の江川穂乃花(えがわほのか)の三人だね」

 「どんな人だったの?」

 「どんな人か……」

 僕は重い扉を開くようにゆっくりと記憶を呼び覚ましていく。

 「浩二は責任感が強くて真面目という言葉が似合う男だった。絵や彫刻もきっちりと下書きや準備をしてから描くせいでペンは遅かったけど浩二の絵ははみ出したり途中で投げ出したりすることは無かった」

 浩二の作品はきっちりとした物が多くて多くの理論があった。

 「僕が伊吹に嫉妬して荒れていた時に励ましてくれたのも浩二だったよ。すごく励まされたんだ」

 いつかお礼を言わないといけないと思っていたのにその時は来なかった。

 「山内は彫刻が得意でさ彫刻ばっかりやってたんだ。それもみんながデッサンしてる時とかもね」

 僕はそう言うと近くにあった木の彫刻を橘に見せる。

 「うわ、細かー」

 「彫刻ってさ一点を集中して見る、全体を捉えることの境地だと思うんだ。僕は全体を捉えるのが下手だったから凄く参考になったんだ」

 山内は嫌な顔せずに彫刻を教えてくれた。

 「山内ちゃんってこんな凄い彫刻を作れるのに絵も描けるんだ」

 「うーん、描ける程度だと思うよ。人手が足りなかったから手伝ってくれたんだ」

 「そうなんだ、でも意外だね彫刻以外興味ないように聞こえたけど」

 「確かにそうだな」

 今になって考えれば変な行動だ。

 「山内ちゃんと仲良かったの?」

 「うーん、どうだろうな。三年生の中だったら一番話してた気がするけど馴染んでからは同じ二年生で話すことが多かったから」

 「馴染む?」

 「みんながデッサンなり油絵とか同じものをやってる時も彫刻をしてたから浮いてたんだよ」

 「確かに浮いちゃうかも。どうやって馴染んだの?」

 「別に部活なんて各自が好きなようにやればいいでしょ?だから僕も一緒に彫刻をやったんだ。それが広がった感じかな」

 美術の中でも彫刻は若干浮いているという認識が山内本人にあったらしい。

 でもそんな事を思う必要もないし周りが思うことなんて言語道断だ。

 僕はそれを伝えただけだ。

 「……そっか、山内ちゃんは嬉しかっただろうな」

 橘は優しい表情でそう呟く。

 「それで江川ちゃんはどんな人だったの?」

 「江川は間違いなく変人だったよ。変なキャラクターを生み出す天才だった」

 僕はそう言うと先生の机を漁る。

 するとファイルの中に閉じられたキモかわいい生物を見せる。

 緑のクロワッサンにタコ足を生やしてチューリップが咲いて顔になっている。

 「これは……キモイね」

 橘が啞然とした顔でそう口にする。

 「食生活も変で文字通りの不思議ちゃんだったよ。でも先輩にもづかづか行く子で仲は良かったよ

 思い出せばくだらない日々で最高の日常だった。これ以上いらない程に。

 みんなで絵を描いて時には彫刻をして江川が描いてきたモンスターを見て笑う。

 本当にくだらない最高の日々だ。

 「大切なものって失わないと分からないんだね」

 僕は失ったものを自覚しながらそう口にした。




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