8.できること、できないこと
「ほら、思った通り大丈夫じゃん」
「で、でも…………」
「またぁ?」
呆れたようにアキは言う。
「私以外の人がいると後ろに隠れる」
「…………」
「全く喋らない、目も合わせられない」
「……………………」
「もう一ヶ月だよ?」
「はい………………」
「私と馬車で移動中はうるさいくらい喋るのに……」
「すいません…………」
「こんな調子じゃシキ様には会わせられない」
「…………」
私は外に出れるようにはなっていた。
アキと手を繋ぎながら外に出るという目標をなんと達成していた。
そして、家の中でなら1人で歩けるようにもなったのだ。
言ってて悲しくなる。
はじめて外に出た日から数日。
庭の散歩くらいなら日課としてできるようになった。
そしたらアキは、
「じゃあ、あの門から外にも行こう!」
そう言った。
その後は酷かった。
泣いて拒む私を、呆れながら見るアキ。
門の前で慰められて、油断した隙に引っ張り出された。
なんでこんなことするの?って泣きながら聞いたら、
「少し強引なくらいじゃなきゃ、ハルはダメってわかったから」
らしい。
まぁ、そうだろうなって思いました。
そうして、手を引かれながら近くの公園を歩くご主人様とペットのような形で家の外を散歩する、今の形が出来上がった。
周りから見れば酷く滑稽ではあると思うけど、私は満足してる。
公園を歩いていれば、人にも当然会うわけで、
「おはよう」
お兄さんにそう話しかけられた。
咄嗟にアキの陰に隠れてしまった。
「この娘、人見知りなんです……」
アキはそう言って庇ってくれた。
ちょっとずつ慣れていこうねって話をして、早くも一ヶ月が経過。
全く進歩していない私に、呆れるのも当然だろう。
それに外で喋れない鬱憤を移動するために使っている馬車の中で、アキと喋ることで晴らしていた私は図星をつかれて黙るしかない。
馬車は王都内であれば、魔法の力で決まったルートを移動することが可能らしい。
そういう魔法の使用者がいるとのことだ。
それを私たちのために一つ使ってくれている。
つまり2人きりの空間と時間。
「私達のためにいろんな人が動いてくれてるから、ハルも頑張ろう?」
「うん………………」
そういえば、アキは私が外に出られるようになってからは、昼も私と一緒にいる。
お仕事は大丈夫なのって聞いたら、これが今私のやることだからと言っていた。
私はわかっていてもどうしても緊張で身体が竦む。
そう思っていたら、アキは突然ベンチに座ってるお婆ちゃんに話しかけた。
「こんにちは!」
「えぇ、こんにちは」
「ほら、ハルも」
「…………」
正直、アキは何をしているんだって思った。
全く喋れない。
言葉が出てこない。
目すらまともに合わすことができない。
口をパクパクさせていると、アキが耳打ちする。
「挨拶したらご褒美あげる」
そう囁かれた私は、体に電流のようなものが走った。
「こ、こ、こ、こん、こんにちは………………」
「えぇ、こんにちは」
苦笑いをしながら、そう笑顔で答えてくれるおばあちゃん。
アキは手を振りながら立ち去る。
少し移動した後、
「こんなのでよかったなら、もっとはやくやってればよかった!」
アキはすっきりとした顔でそう言う。
「あ、あの………………」
私はアキにお願いをするために話しかける。
「そんな顔しなくてもわかってるよ」
どんよりしていた気持ちが一気に晴れる。
「家に帰ったら……………… ね?」
「うん!!!」
側から見た私は尻尾を嬉しそうに振って喜ぶ、まさにご主人様にご褒美を貰うペットに見えていただろう。
アキのおかげで、また上手くいった。
でも、私は本当の理由に自分では気づいている。
どれだけ嫌がるような態度をとっても、泣いて喚いているように見えていても、感情が制御できなくなり、魔法が暴発する予兆がなかったってことに。
他人に会うのも喋るのも怖い。
私の力で、その人を傷つけてしまうかもしれないことは今でも本当に怖い。
でも、今の私は全く何もかも喋れない程ではない。
そもそも、アキとはじめて会った日に突然のことで混乱はしていたけれど、会話はしていた。
そして私はもう知ってる。
アキに触れていれば、人を傷つけることはないって。
あの時ですら、私に近づいてはいけない。
咄嗟にそう警告するくらいには、人と話せていた。
私は卑怯者ってわかってる。
聡いアキには見透かされているかもしれない。
それでもアキに甘えることをやめられない。
本当に弱い部分と、弱いって演じている部分の境界を曖昧にして、しょうがないんだって自分に言い聞かせる。
外見が子供であること、悲惨な過去があることを言い訳にして、アキに依存していることを自分の中で肯定してる。
私を救ってくれたアキを縛りつけたくて、必死になっている。アキを求めて、欲しいものを引き出せるように誘導してる。
私が私になったら、もう大丈夫だって思われたら、アキは離れていくかもしれない。
それが何よりも一番怖くて耐えられない。
私はアキに与えてもらっているだけで何も返せていない。そして何も返していくことができない。
それは、これからも変わらないだろう。
アキが返してもらっていると思ってるものは、私の甘えてるだけの部分を、見捨てられないように少しずつ改善しているように見せてるだけだ。
私は卑怯で臆病者で醜い、最低な化物だ。
基本的に毎日18時頃に更新を目標に頑張ります。
ある程度、納得のいく書き溜めができたら一気に投稿することもあると思います。よろしくお願いします。