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40.Side:アキ


「ハル? 寝た?」


「………………」


 ハルからの返事はない。

 もうすっかり夢の中だ。


「……本当にハルは凄いね。ずっと側にいるのに、まるで別人みたいに変わっていく」


 寝ているハルに向かって、一人でそう呟く。


「私は何も変わってないのに……」


 寝ているハルの顔を見つめる。


 昔のハルは私の天使だった。

 あの絶望から私を救ってくれた。

 だから、もう一度ハルに会うために全てを捨てて頑張った。

 

 でも、苦労して再会を果たした彼女は、あの時とは変わってしまっていた。


 ハルにあの後、何があったのか聞いてはいた。

 そして、この家に閉じこもって出てこないことも。


 ハルを私が救うんだって気持ちで更に頑張った。

 彼女を救えるのは私だけだと思ったから。

 でも、それとは別に私の黒い部分が私に囁いた。

 

 ハルを、私の天使を自分だけのものにできる。


 確かに思ってしまった。

 それも原動力にして、私はあの屋敷を手に入れた。

 

 再会したハルには最初、拒絶された。

 でも、どうしたってハルを手に入れたかった。

 だから私は嘘をついた。

 

 何もかも状況を知っていたから、事前に用意していた優しくて耳障りのいい言葉で心を溶かして、


「ほら! 私と手を繋いだハルは、ただの可愛い女の子!」


 ハルが最も欲しがってる言葉と自分の魔法を最大限に生かした演出で、決して許されない嘘をついた。


 私に手を繋いでいるだけで、相手の魔法を無力化できる力なんてない。


 魔法を無力化するためには自分の意思で、能力を使用しなきゃいけない。

 そもそも、手を繋いでいる必要もない。

 そして、魔法を使う際には必ず刻印が光る。

 私がその力を使用できる回数はとても少ない。

 その大きな欠陥を知らなかったから私は家族を失った。


 私にハルの咄嗟の暴走を止めることなんてできない。


 でも、私の嘘は弱っているハルを私に依存させるには十分すぎた。

 全て思惑通りに物事は進んだ。


 私の天使を私がいなければ、生きていけないようにすることができた。


 それからは、とにかく警戒心を解いて外に連れ出した。

 1日でもはやくもとのハルに戻ってほしくて、強引な手段も使った。


 外に強引に連れ出し、どうでもいい他人に話しかけた。

 あの時、もしかしたらハルが人を傷つける可能性もあった。

 でも、私は私を優先して、はやくもとのハルに戻ってほしくて、危険だと知りながら、他人に積極的に話しかけた。


 そして、もし人を傷つけてしまっても私が慰めて、より私に依存させればいい。私の心の隅が私自身にそう囁く。

 これは仕方ないんだって自分に言い聞かせた。


 目論見通りに時間が経てば経つほど、ハルは私に依存した。


 でもいつも間にか、私は罪の意識と罪悪感で壊れそうになっていった。

 

 私は最低最悪の人間だと思う。

 

 自分のしてる最悪の行いで勝手に心が傷つく。

 人のことを考えているフリをして、全ては自分のため。

 周りを犠牲にしてでも、自分の願いを叶えようとした。

 傲慢で醜くて気持ち悪い最低最悪の女。

 

 それがアキという私の本質だ。


 ハルを救いたい気持ちは本当だった。

 そしてハルに私を必要としてほしかった。


 でも、時が経って我に帰った時、取り返しのつかないほど大きく私に依存するハルを見た時に怖くなった。


 気づけば、私の天使は私のためなら自分を顧みなくなっていた。

 自分が傷ついたとしても、何もかもを置き去りにして、どんなことよりも私を優先する。


 今のハルは私なんていなくても生きていける。

 過ごしてきた日々でどうしようもなくわかってしまう。

 それなのに、私を全ての1番にするハル。


 そんなハルをみて、私は心が割れそうだった。


 そのまま依存させて私のものにしたいという気持ち。

 私のことでハルを傷つけたくないという気持ち。


 ハルを私に縛り付けたいという身勝手。

 私がハルを縛る鎖だと気づいている心。


 どうしようもないほどの嬉しさ。

 こんなことをしてしまった後悔。


 私は心が2つに分かれて砕けそうだった。


 そんなことを考えていたら、ヘマをした。

 魔物に襲われて気を失った。


 そして、次に目を開けて気がついた時、目の前にいたハルは全くの別人だった。


 具体的に説明なんてできない。

 それでも、ずっと一緒だったからわかる。

 目の前にいるハルは何もかもが変わっていた。


 ハルがあの部屋から出て行く時、見捨てられるんじゃないか、それが怖くて引き留めようとした。

 ハルが行った後、必死に体を動かしてハルを追った。


 これが最後っていうハルの顔が頭から離れなかった。

 そして、必死に追いかけた先で私は見た。


 あの時のハルが姿が今でも目に焼きついてる。


 ハルの数えきれないほどの体の傷。

 私のために負ってしまった心の傷。

 私のことで見たこともないほど怒るハルの表情。


 その光景は、その時に明かされた私の過去がどうでもいいと思えるほど、私の心に大きな穴を開けた。


 私の知った過去も、私の人生を揺るがすようなことだった。でも、そんなことはどうでもいいと思った。

 悲惨な過去をそんなことって思ってしまうほどだった。


 私はハルに、また人を殺させた。

 私の嘘が、鎖が、呪いがハルを傷つけた。

 その事実の方が、過去よりも私の心を引き裂いた。


 私がこれまで恩人に、天使にしてきたことがどれだけ酷いことだったのかを思い知る。

 

 私がハルにしてきた取り返しのつかない罪の結果を、目の前で見せつけられたときに私の心は完全に壊れた。


 そして私は決意した。

 もう、気づいてしまったから。

 いや、知ってたのに目を逸らしてたんだ。


 全て終わって、いや終わらせて日常に戻ってきた。

 そして、これまでの罪を少しでも返す。

 私の過去にこれ以上、ハルを巻き込まないように全てを隠した。

 それも私のエゴだってわかってる。

 

 あれだけ巻き込んで、心と体に一生残る傷をつけておいて、結末について何も話さないなんて許されない。

 でも、それを知ったらハルはまた自分を顧みることなく私のために傷を作るのだろう。

 だから何も言わないで黙っている。

 

 せめて、形に残る傷だけは治したかったのに、それすら一部しか私には叶えられなかった。


 そして、あの場所でまた私の醜さを突きつけられる。


「アキのために生きる。アキのために死ぬ」


 そう言ったハルを横で見た。

 罪悪感で頭がおかしくなりそうだった。


 わかってる、わかってるよ。

 私のせいだって。

 私が選んだからだって。

 

 そして変わっていくハルを鎖で、呪いで縛っているのは、他でもない私だってことくらい言われなくたってわかってる。


 あの場所で強くなったハルを目の前で見せつけられた。

 私を抱えて、私に触れられているのに魔法を使うハル。

 そして、人前で魔法を使って笑うハル。

 もう十分過ぎるほど教えられた。


 ハルに私は必要ない。

 そして、ハルもそれに本当は気づいている。

 翼を取り戻し、飛び立とうとしてる天使を鎖で縛りつけてるのは他でもない、この私。


 今のままならハルは私のために、私のせいで、心の全てが灰になって燃え尽きるまで、二度と消えない傷を心と体に刻み続けるんだろう。


 だからやらなきゃならないことがある。

 本来ならしたくない選択をしなきゃいけない。


 その選択は、今のハルを傷つけるかもしれない。

 でも、時間が経てばきっとわかってくれる。

 ハルなら絶対に気づいてくれる。

 いや、本当はもう気づいているんでしょ?


 ハルに私なんか初めから必要なかったってこと、ハルの未来に私は邪魔だってことに。


 1枚の紙切れに4文字を記して、机の上にそれを残す。

 ハルは朝まで絶対に起きない。

 私が飲み物に薬を盛ったから。


 それだけをするならいつだってできた。

 でも少しでも、最後に私をハルに残したくて、今までは敢えて作ってこなかったハルの好きなものをたくさん作って、私の大好きな飲み物に薬を混ぜた。

 

 ほらね、こんなところまで私は醜い。


 全てを終わらせて、ハルに近づく。

 今からまた許されないことをする。

 でも、誰も見てない、知らないから。

 私だけの心に大切な思い出としてしまっておくから。

 

 だから、


「ごめんね…ハル…………」


 寝ているハルと唇を重ねる。

 私の涙がハルの頬を濡らす。


「ありがとう…………」


 あの時、私を救ってくれて。

 今までの奇跡みたいな時間をくれて。


 本当の意味で私達が始まったこの部屋。

 その部屋のドアノブに私は手をかける。

 でも、私は感情を捨てきれずに未練たらしく振り返ってハルの顔を見つめる。


 私もハルみたいに前に進むから。

 ハルみたいに変わって見せるから。

 ハルを失っても思い出を胸に生きていくから。

 もう、ハルを縛る鎖はいなくなるから。

 私のせいで傷つくことはなくなるから。

 自分を1番にできる、幸せな毎日が必ず待ってるから。

 

 だから、だからね。



























 ――――――――さよなら


 



 第一部 - 終 -

 


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