39.Side:ハル
あれからも私達の時間は溶けていった。
あの公園での会話も、何度も繰り返していく日常の中で記憶から消えていった。
時にはだらけて、時にはくたびれるまで遊んで。
その幸せな当たり前を過ごしているうちに、私の心も体も、ついてしまった多くの傷がなくなることはなくても、ちゃんと癒えている。
それはアキも同じだったいいなって思う。
私もアキも辛い思いをした。
アキは恩人だと思っていた人に裏切られた。
私に傷ついた素振りは見せてくれないけど、絶対に苦しい思いをしたと思う。
その傷を癒すために隣に選んだのは、私であってほしい。
「ハル!」
アキはいつもみたいに笑って、私の右手をひく。
私はそれについていく。
もう飽きたってくらい、街を歩いた。
それでもアキといるだけでその日々は特別になる。
こんな日常が1日でも長く続けばいい。
続いてほしいって願ってる。
◇
「ハル! 今日はハルの好きなものを作ってあげる!」
唐突にアキが言った。
「ほんと?!」
私の心はそれだけでも踊る。
いつも、食事に関する買い物はアキが担当してる。
なぜか一緒に行く機会は少なかった。
落ち着いた日常が戻ってきたら、私にやるべきことができて、よりその時間は減っていた。
アキはその時間は必ず、その場にはいないから。
そして、私はアキの作るものならなんでもいいから、必然的に日々の献立はアキに主導権がある。
それでも私はよかった。
けど、今日はアキが私のために私の好きなものを作ってくれる。
そのことが何よりも嬉しかった。
「はやく! はやく行こう!!!」
私は気持ちが昂って、ただただ子供みたいにはしゃぐ。
いつもは時間がかかる準備もすぐに済ませて、外に駆け出す。
「……待ってよ! ハル!」
いつもとは違って、私がアキの手をひく。
そして、アキの手を離して前を走った。
「ほら! アキ!!!」
「………………うん」
いつもとはちょっと違った日に、興奮が止まらない。
普段は立ち寄らない、食品が置いてある店。
多くの店に入って、アキと一緒に買い物をする。
飲み物もアキのオススメで、少し特別なものを買った。
もちろん荷物は私が持った。
私のためにアキが作ってくれるのだから、これくらいは当然。
やらなきゃバチが当たる。
いつの間にか両手にいっぱいの食べ物を抱えて歩く。
2人で食べ切れるかな、なんていって笑い合う。
はしゃいでいる私は、ここがみんなが見ている街中だという事も忘れて魔法を使う。
氷の魔法で生物を冷やして、風の魔法で荷物を浮かせる。
アキも、
「ハルは本当に凄いね……」
そう言ってくれた。
またまた気分が高揚する。
もっともっと褒められたい。
そうこうしていたら、周りからの視線に気づく。
近くに小さな女の子が寄ってくる。
ちょっとやりすぎてしまったって思っていたら、
「おねえちゃん凄い!!!」
目を輝かせてそう言ってくれる女の子。
「ありがとう……!」
魔法を認められることが嬉しい。
「もっと! もっとみせて!!!」
「いいよ……! アキ?」
私はアキの方をみる。
「なに?」
「ちょっと時間貰っていい?」
私はアキに許可をもらう。
「いいよ。荷物も持っててあげる」
「ありがとう!」
快く許してくれるアキ。
その表情は笑顔だったから安心する。
「ほら……!」
風の魔法で優しく女の子を浮かせる。
透明な水で色々なものを形作る。
危なくないように、万が一にも女の子が傷つかないように細心の注意と危険のない安全な魔法を使う。
それでもできるだけ綺麗に見えるように、笑ってもらえるように、たくさんの魔法を精一杯に使う。
昔は得意だった人を喜ばせるための魔法。
また、それを使う日が来るなんて思わなかった。
あの時は自分の心を守るためにやっていた。
でも今は違う。
目の前の女の子に喜んでほしくて、すごいって思ってほしくて、この子をどうしたらもっと笑顔にできるか考えながらやってる。
そして、あの時よりも上手くなった魔法。
気づけば周りにはたくさんの人だかり。
私の魔法で起こる歓声と拍手。
私の魔法は多くの人を幸せにできる。
それを目の前の光景で実感する。
抱えてた優しく女の子を下す。
かなり長い時間が経ってしまった。
「ありがとう! おねえちゃん!!!」
「こちらこそ、ありがとう……」
大切なことを教えてくれてありがとう。
走っていく先には、会釈するお母さん。
「バイバイ!」
女の子は振り返って手をブンブンと振る。
私も手を振り返す。
しばらくすると、
「終わった?」
後ろから声がした。
「……ごめん。アキ…」
結構な時間を待たせてしまった。
「いいよ。私もハルの魔法に見入っちゃった」
気持ちが明るくなる。
アキに褒められるのは何よりも嬉しい。
「あ、ありがとう!!!」
「帰ろっか。ハル」
「うん!!!」
魔法ではなく、2人で荷物を分け合って持つ。
私はこうして2人の家に帰る時が好き。
こうして2人でいれば、また明日もあるんだって、別れのもどかしさを感じなくて済むから。
◇
帰った後、私達は2人で準備をした。
アキが危ないからなんていって、ほとんど何もさせてくれなかったけど、それでも楽しかった。
そして目の前に並ぶ、たくさんの私の好きな料理。
最後にアキが飲みものを準備してくれる。
高そうなグラスに高そうなジュース。
私達は食べて、飲みながらそれからいろんな話をした。
過去の話、今の話、未来の話。
たくさんの話をした。
ほとんどが幸せな話だった。
しばらく時間が経ちほとんどを食べ終わった。
寝る準備をしてからいつものソファーに2人で座る。
「ハル?」
アキが私の名前を呼ぶ。
「……なに?アキ」
少し眠くて反応が遅れる。
「ハルは今、幸せ?」
当たり前のことを聞くアキ。
だから私は、
「当たり前だよ!」
眠気覚ましを兼ねて勢いよく立ってから、当然のことを答えた。
でも、急に視界がグワって歪む。
私は椅子に落ちる。
「あ…れ…………?」
「ハル? 大丈夫……?」
アキの声も遠く聞こえる。
「すご…く、ねむい……。で…も、だ…い……じょうぶ」
とてつもない眠気でフラフラの頭でそう答える。
「今日はすごくはしゃいでだから疲れたんじゃない……?」
「そ…うか……も」
眠気が凄い。
ぼーっとする。
とても意識を保ってられない。
「後の片付けは私がやっておくから、もう寝た方がいいよ」
「はこんで……」
横にいるアキに抱き抱えてほしくて、両手を前に突き出す。
「ハルは本当にしょうがないね……」
私を抱えて部屋まで運んでくれる。
そしてベットに寝かされる。
ボヤけて見えるアキの顔。
「おやすみ、ハル」
その声は確かに聞こえた。
その日に見た夢は覚えていないけど、とても幸せな夢だったと思う。




