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3.私、ハル


 あの日から4年経ち、14歳となった。


 私は相変わらず、この部屋で引き篭もっている。

 今だに自分が王都と呼ばれるここの、どんな場所にいるかすらわかってない。


 食事以外、生活にかかわることの全てが、魔法によって一人できる私はこの部屋から出る必要がない。

 嫌な夢をみた時に感情が制御できず、あの時のように魔法が意図しない形で暴発するが大した問題でもない。


 誰もこの部屋には入らないのだから、もう誰かを傷つける心配はない。

 

 朝、決まった時間に起きる

 一日に一回、放り込まれたパンをかじる。

 それ以外の時間は部屋の隅で膝を抱えて過ごす。

 風呂に入って、歯を磨いて寝る。

 そして、過去の夢をみる。


 私が犯してきた過ちを忘れられないように、毎日、同じ夢をみる。

 そして、後悔と懺悔で限界を迎えた時、私は起きる。

 感情をギリギリのところで制御して、なんとか魔法を抑え込んだら体を起こす。

 

 ただそれの繰り返し。


 ここにきた当初は何もできなかったが、今は最低限の生活は送っている。

 膝を抱えて、考えることはこの4年間、毎日同じ。

 どうやったら消えられるのかだった。

 異物であり、不良品の私がこの世界に存在していていいわけがない。


 死にたかった。

 消えたかった。

 なくなってしまいたかった。

 でも、


 私は三回目が怖かった。


 この記憶を持ったまま、また新しい人生を与えられるかもしれない。

 そのことが恐ろしかった。

 また同じことをしてしまうかもしれない。

 私の存在は人を不幸にしてしまうから。

 なら今の方がマシじゃないのか。

 そして何より、また自分が傷つくことんじゃないか。

 それが本当に恐ろしかった。


 私は人のことを考えるフリをして、自分のことばかり考えている。

 

 今までの人生を振り返れば、私は人に大切を貰ってばっかりだった。

 その全てを例外なく振り払ってしまった。

 気づいた時に残るのは、取り返しがつかない後悔だけ。


 普通の幸せを与えて育ててくれた前世の家族。

 不良品の私を救おうとしてくれた親友。

 化物である私を受け入れてくれた、二回目の家族と村の人達。


 その人達に私はなにをした?

 なにかを返してきたのか?


 心配をかけるだけかけて、親孝行の一つもできなかった。

 救おうとしてくれた相手を傷つけた。

 才能に溺れて、取り返しのつかないことをした。

 多くを与えてくれた人達に、何も返せないどころか恩を仇で返した。それが私。


 終わらない後悔が心を満たして、一日が終わる。


「今日も、死ねなかった」


 誰も聞いてない、誰にも聞こえてないのに、ポーズだけは欠かさない。

 醜くて卑しい。


 そんな私が心底嫌いで憎い。





 ◇





 悪夢をみて目覚める。

 また一日が始まる。

 でも、今日はいつもの日ではなかった。

 物音が凄い。

 誰かと誰かの喋り声がする。

 足音がだんだんと近づいてくる。


 ここに誰かがくる。

 

 恐ろしくて逃げ出したい。

 ドアをノックされ、心臓が跳ね上がる。

 刻印が輝き、感情を制御できなくなる。


 そして扉が開いた。


「はじめまして、ハル様」


 そう言って部屋に入ってきて、

 

「私は王国 王位継承権 第九位、アキと申します。」


 暗い部屋でもわかる。

 短く切られた橙色の髪に青い瞳、

 そんな美しい容姿。

 そんな彼女は、

 

「功績を立てた私は、この屋敷と屋敷にある全てを要求しました」

 

 意味がわからない。

 

「ですので、あなたも私が貰います」

 

 驚きで言葉がでない。

 

「今後とも、末永くよろしくお願いいたします」


 彼女は笑顔で私にそう告げる。

 

「私に力を貸してください」


 何を言ってるのか、意味がわからない。

 お人形のような美しい笑顔と優しい声。

 物語のお姫様のような彼女。

 

「暗いですね…… とりあえず、ここから出ましょう」

「これからについて説明したいことが……」

 

 そう言って、彼女は私に近づいてくる。

 その瞬間、今まで堪えていたものが爆発する。


「やめて!!!!!!」

「近づかないで!!!!!」


 反射的に叫んでしまう。

 

 制御できない。

 刻印が光り、風が吹き上がる。

 あの日が蘇る。


「や、やめて……」

 

 無理矢理、押さえ込む。

 

「ダメ…… ダメだから…… もうこれ以上はダメ……」


 肩で息をして、泣きながら、暴走しそうになる感情を抑えこむ。

 暴走するギリギリのところでなんとか落ち着かせた私は、アキと名乗った少女の顔をみる。


 彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 こんな醜い化物の私を憐んでいるのだろう。


「近づいちゃダメ……」


「大丈夫ですよ」

 

 彼女はそう言って近づこうとする。


「話をきいてくだ」


「ダメ!!!! 嫌!!! 嫌なの!!!!」


 泣いて喚いて子供のように駄々をこねる。

 でも、これ以上は耐えられない。


「落ち着い」


「嫌!!! 嫌だ!!!」


 何かを伝えようとするがそれを遮る。

 そんな彼女は、


「めんどくさいな、もう……」


「え……?」


 急に変わった。


「ガタガタうるさい! ハルは私と生きていくって決まったの! 異論も反論も受け付けない……!」


 先程までとは雰囲気も何もかもがうって変わり、幼い子供のように彼女は叫ぶ。

 そして一歩一歩、傷つくことを恐れていないのか、私に近づく。

 後ろには壁があり、下がれない私。

 暴走した風の魔法が壁のようになる。


「私に近づいたらダメ…………」


 涙と恐怖で視界が揺れる。

 

「なんで?」


 先程とは別人のようになった彼女は、私にゆっくり近づきながら私に問う。

 

「私は人を不幸にする……」


 もう奪いたくない。


「それで?」


 それを聞いても、彼女は歩みを進める。

 

「わ、私の魔法は人を殺してしまう!!!」


 一生かけても償えない罪。

 刻印が光り、吹き上がる風が強くなる。


「それだけ?」


 また一歩、一歩と距離が縮む。

 彼女は迷わず魔法でできた壁を踏み越える。


「え……?」


「それだけって聞いてるの」


 距離がゼロになる。


「なんで……? 私が怖くないの?」

 

「あなたに私は殺せない」


 そう告げた彼女に抱きしめられる。

 その瞬間、風が止んだ。

 

「やっと…… やっと……」

 

 私の肩に顔を押し付けて、彼女は震えている。

 様々な感情が渦巻いて混乱する。


「なんで……?」


 なぜ、魔法が使えない?

 なぜ、彼女は泣くのだろう。

 そして、目に入る光。

 抱きしめてくる彼女の背中が光っている。


「私に与えられた力だよ」

「これを知った時、きっと運命なんだって思った」


 そう言って顔をあげる。


「あなたに辛い過去があって自分を許せないのも知ってる」


 顔を包み込むように優しく掴まれ、目が逸せない。


「今まで苦しかったよね……」

 

 私は彼女は優しい声に包まれる。

 

「ハルがしてしまったこと、起きてしまったことは、もう二度と変えられない」

 「それがハルを苦しめてしまう重荷なら、全部、何もかも忘れて、思い出さなくていい」

 

 そう言った彼女は少し苦しそうだった。

 

「いいよ…… 全部忘れて。そんな過去は全て消し去ってしまえばいい」


でも彼女は、なにかを決心した目でそう言う。


「もしハルが過去と向きあえるようになる日がきたら、その時にもう一度考えよう……?」


 優しくて甘い彼女の言葉。

 

「なんで…… そこまで……」


 私の心が揺れ、声が上擦る。


「…………ハルは知らなくていい。私がそうしたいから、そう選んだから私の今がある。それだけは知っていてほしい……」

 

「なんで……………………」


「それだけで私は救われるから」


 一瞬、間が空いて彼女は言う。

 

「私がハルに全てを与えてあげる。そのために、私の6年があったから」


 彼女から目が離せない。

 

「私と一つ一つ、作っていこう……? ハルが自分を許せるまで、私は隣にいるから」


「アキ様……」


 私は泣いて縋ろうとする。


「様はいらない。アキって呼んで。私はそう呼ばれたい」


「アキ…………」


 名前を呼ぶ。


「なに?」


 アキは笑顔で私に問いかける。


「自分を許せる日はくるかな……?」

 

「!!! くるよ! きっとくる!!!」

 

 嬉しそうに彼女は言う。

 

「でも、この場所に閉じこもったままなら、その日はきっと永遠にこない……」


「だから!!!」


 そう言って勢いよく立つアキ。


「これから私といっしょに歩いていこう! 色々なものを一緒に積み重ねていこう! あの日々があったから今があるんだって、未来のハルが自分を誇れるように!」

 

 暗くて灰色だった世界。

 

「ハルを必要だって思ってくれる人は沢山いる!」

 

 先の見えない未来。

 

「それを教える時間を私にください…………」


 そんな私を救おうとしてくれる手が差し出される。


 あの時と重なる。


(ねぇ、これからも一緒に歩いていこう?)


 親友の言葉。

 あの時は振り払ってしまった。

 ここで手をとらなきゃ何も変わらないってわかってる。

 

 でも、伸ばそうとした手が止まる。

 手をとるのが怖い。

 なんでこんなにも私を欲してくれるのか、わからない。

 それにまた間違って、今度はアキを傷つけるかもしれない。

 そんな迷いをアキは許さない。


「もしここでフラれても、何度でもここにくるよ!」

 

 迷って引っ込めようとした手が強引に掴まれる。

 

「私は傲慢でわがままだから、ハルの全てがほしい!」

 

 お互いの両手の指と指を絡ませられ、おでこがくっつくくらい近くで見つめられる。

 

「だから諦めて、手をとって!」


 そしてアキはおどけたように笑って言った。


「ほら! 私と手を繋いだハルは、ただの可愛い女の子!」


 その時、


「でしょ?」

 

 そう言って笑う彼女を、天使みたいだってそう思った。

 

 これがハルという特別だった女の子、その新しい物語の1ページ目。

アキとなら間違えない、間違えてもいいってそう思った。

 もう一回、歩きだそうと覚悟を決めた。

 全てを間違い続けてきた弱い私。

 その事実と向き合って私は生きていく。

 そして、私はアキのために生きると誓った。

 

 これが私の運命の日。


 

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