38.あの場所で
「ハル、いこう?」
「…………うん」
初めて、王様と言われてる人にあった日。
次の日のアキはいつも通りだった。
その日から一カ月ほど経った今は、前と変わらない日常を送ってる。
「はやく!」
また飽きもせず、街に行って遊ぶ。
私達くらいの年齢なら当たり前なのかもしれない。
一回目みたいに学校には行ってないけれど、親友と過ごす放課後は、今と似たようなものだったと思う。
そしていつもみたいに、アキに急かされる。
「うん、わかった……」
あの日から服装はずっと同じなのに、恥ずかしくて戸惑う。
「本当にハルはかわいい!」
毎日同じなのに、いつもそう褒めてくれる。
繰り返すいつも通りの日常。
あんなことがあって、あんなに苦しそうだったアキは、1日経てば怖いくらいにいつも通りだった。
でも、変わってしまった事もある。
知らない間に日常から無くなっていた魔物を殺しにいくあの時間。
どんな時でも馬車で移動していたのに、いつの間にか徒歩になった。
そして王に願ったあの日から、アキが側に居なくても多くの人と話すようになった。
少しずつ確かに何かが変わっているけど、変わっている実感のないまま進んでいく。
あの日の話はなにもしてない。
そのことについて何かをしていても、まるで誰かに会うのを知っていたかのようにアキの姿はなくなる。
あの日に王に願ったことも、アキのことも、まるで無かったかのように過ぎ去っていく日々。
それでも今が幸せだから目を瞑る。
何かきっかけがあったら、大切な今が壊れてしまうんじゃないかってそう思ってしまうから。
◇
「……今日は寄りたいところがあるんだ」
いつもみたいにデートをしていたら、アキが唐突にそう切り出す。
「どこ?」
「私達の大切な場所に行きたい」
あの公園のことだってすぐに理解する。
「……でも、あそこは遠いよ?」
馬車じゃなきゃ移動できない距離。
いつも過ごしている場所からはかなり離れている。
「だからね、ハル」
私に顔を近づけて、首に腕を回す。
「ほら、抱っこして!」
「…………うん」
顔を真っ赤にしながら、アキをお姫様のように抱える。
そこは大勢の人で賑わう街中で、沢山の人が私達を見ている。
「ハルの魔法であそこまで連れてって!」
アキに満遍の笑顔でそう言われたら断れない。
それに恥ずかしいから、すぐにでもここを離れたい。
「…………わかった。いくよ!」
魔法で一気に跳ぶ。
アキの驚いた声。
少し気分がいい。
屋根にのった後、一気に加速する。
「あはは!!!」
アキが笑ってる。
私は屋根と屋根を跳んで駆ける。
目の前の景色が風みたいに通り過ぎる。
「うわわ! あはははは! ハル! 凄い! 凄いよ!!!」
アキは本当に楽しそう。
それだけで私も楽しくなる。
スピードをどんどん上げる。
「アキ! いくよ!!!」
「うん!!!」
そして、私達は大きな広場を越えるために、高く、高く跳んだ。
そして跳んだ瞬間、
「――――――き!」
アキが何かを叫ぶ。
風の音がすごくて、よく聞こえない。
「――――――――――よ!!」
強く、強く抱きしめられる。
でも、なにを言ってるかは聞こえない。
「――――――――」
やっぱり、よく聞こえない。
「アキ? どうしたの? 聞こえないよ!」
私も声を張り上げる。
長い跳躍の中では、アキのことを見る余裕がない。
「――――――」
声が小さくてよく聞こえない。
建物に着地して、走りながら下をみる。
アキは私の胸に顔を押しつけてる。
「アキ。大丈夫?」
調子に乗り過ぎたと思ってスピードを緩めようとする。
「そのまま!!! もっともっともっとはやく!!!」
「わかった……! しっかり捕まっててよ!」
急に顔を上げてアキは叫ぶ。
確かにはっきりと聞こえたから、できるだけスピードを上げる。
私の魔法は何かを傷つけることしかできないって思ってた。
私の魔法にもこんな幸せな使い方があるって知ることができた。
またアキに大切なものを貰った。
◇
私達の大切な場所についた。
ゆっくりとアキを下す。
「ありがとう、ハル! 一生の思い出ができた……!」
「どういたしまして…………」
多分、大切な話があるんだろうってことがわかる。
ここは私たちにとって大切な場所だから。
少し私から距離をとるアキ。
「……ハル」
アキから名前を呼ばれる。
向かい合って、しっかりと私の目を見ながら。
「うん……」
私はアキの言葉を待つ。
「……ハルは凄いよ」
「そんなことない…よ……」
私はアキがいなきゃなにもできない。
「ううん。そんなことある。本当はハルに、私の力なんて必要なかったんじゃないかなって思う」
「そんなことない!!! 私はアキがいなかったら今でもあの部屋で自分の罪に震えながら、ただ死ぬのを待つ人生だったから! 救い出してくれたのはアキだよ!!!」
偽りのない本音。
それだけは誰にも、アキにだって否定されたくない。
「ありがとう、ハル。そう言ってくれて本当に嬉しい……!」
笑ってそういうアキ。
その顔をみると、私は安心感で包まれる。
「でも、その役割は私じゃなくてもよかったんだと今では思ってる」
「え…………?」
気持ちが一気に暗くなる。
「ううん、もしかしたら私はダメだったのかもしれないね」
「…なんでそんなこと言うの…………?」
私にはアキがいなきゃダメなのに。
「ハルが気づいてないところに、私は気づいているからかな」
「………………」
わからない。
会話になってない。
アキが私になにを伝えたいのかわからない。
「いや、本当はもう気づいているのかな? それとも気づかないふりをしているだけ?」
「…な…にを…………?」
「前にもここで伝えた通りだよ。私は今でも、あの時と変わらずにそう思ってる」
「…………」
沈黙が続く。
「なんか、暗い話になっちゃったね……」
「……うん」
沈黙を破ってアキが話す。
「ごめんね。悲しませるつもりはなかった」
「…………うん」
「でも、私の気持ちに決着をつけなきゃならなかったから。その場所はここがよかった」
「………………え?」
「その答えもハルから、ちゃんともらった」
「……それって………………」
「だから、ありがとうハル……!」
質問すら許してもらえない。
なにを言いたいのか、伝えたいのかがわからなくて不安になる。
「もうスッキリしたから。帰ろう?」
「………………うん」
私はなにもわからないのに一方的に話して、自分が納得したら帰ろうって言い出す。
そんなアキはとても傲慢だって思う。
でも、とにかくこの話をはやく終わらせたかった私は頷く。
遠くを見つめるアキ。
見つめる先には夕方と夜の間に輝く王都。
「本当に綺麗……」
その顔を見ていたら、
「…………アキは…!」
つい言葉を口にする。
こっちをみるアキ。
「……なんでもない」
でも、その先は言葉にならなかった。
そんな私をみたアキは優しく笑う。
その表情が目に焼きついて離れない。




