35.願い
気を失っているシキ。
それを庇うように立ち塞がる人。
「…………アキ?」
目の前で手を広げて私の前に立つ最愛の人。
「ハル、もういいんだよ……」
冷静な判断ができない。
その言葉に頭が熱くなる。
「なにもよくない! あいつは……アキの…………」
止められるのは当たり前だ。
あいつはアキの恩人だから。
許されないことをしたのをアキは知らない。
でも、理由は言えない。
ちゃんと説明できない。
なにも知られたくない。
辛い現実は全て無かったことにする。
そう決めたから。
無理を押し通す。
アキに2度と許されないとしても。
「ハル、もういいの……」
「よくない! どいて、アキ!あいつは私が殺す…」
私はアキに向かって叫ぶ。
そして、前に進む。
それでもアキは私の前に立った。
「どいてよ…………!」
「ダメ…………」
「そこをどいて!!!」
痺れを切らした私は歩きだす。
アキの横をすり抜けて強引に前に進もうとする。
でも、それはできなかった。
アキに強く、強く抱きしめられた。
立っていられなくなった私は、膝から力が抜ける。
崩れ落ちそうになる私をアキは支える。
私達は抱き合いながら膝をつく。
「離して! あいつを、あいつを殺す!!」
それでもアキの腕の中で精一杯もがく。
前へ進むために、動かない体を懸命に動かした。
「あいつだけは許さない! 絶対に…絶対に!!!」
そして、右手をシキにむける。
右手首のブレスレットが目に入る。
アキの刻印によって輝くブレスレット。
今の気持ちがより強くなる。
「殺す! 絶対に殺してやる!!!」
刻印が光り輝くだけで何もできない。
魔法を出すことができない。
アキに抱きしめられていると、私は無力なただの女だった。
「あいつは絶対に生かしておけない! アキのために殺す! だから離して!!!」
それでも足掻いた。
「……いいんだよ!もういいの!!!」
アキも必死になって私を止めようとする。
抱きしめる力が強くなる。
「なんで!!!」
私は叫んだ。
「私は過去よりも、今のハルの方が大切なの!!!」
「…………え?」
今、なんて。
私は動きを止めた。
「全部聞いてたよ」
その言葉に私の体が震える。
知られてしまった恐怖で体が震える。
「…………なんで」
聞かれたくなかった。
「……それならなんで止めるの!!!」
私が全部、背負うはずだった。
「もういいの……」
「よくない!!!」
「事実を知っても、私はハルの方が大事だから」
自然と涙が溢れる。
「だから、そんな怖い顔はもうやめて、笑ってよハル」
「な…んで…………」
「ここでハルがシキを殺したら、ハルもう、ハルじゃなくなるでしょ?」
「………………」
アキには全て見抜かれてる。
「だからもういいよ。私のためにこれ以上、自分を捨てないで。いつもみたいに笑っていて……」
「…だって…………」
「いいの…… いいんだよ、ハル」
優しく、優しく抱きしめてくれる。
アキの暖かさで包みこまれる。
真っ赤に染まった心が溶けていく。
今まで隠してきた本音が溢れてしまう。
「……私は…私は!!! アキに…何も返せてない……」
私が私でいられるのはアキのおかげだから。
「そんなことない……」
「ある!!! あるんだよ…。何一つアキに返せてないから…これは私がやらなきゃならないことなの!」
「ハルが自分のことをどう思ってても、何も返せてないって思ってても、私はハルからいっぱい、いろんなものをもらってるよ」
「……そんなの…………」
そんなものはない。
一切、何も返せてない。
アキは私の顔を両手で包み込みながら、優しく語りかけてくれる。
「私だけに見せてくれる笑顔も、可愛い寝顔も、愛らしい仕草も、馬車での大切な時間も、これまで過ごした楽しい毎日も、はじめて見せてもらった綺麗な魔法も、変わっていくハルを間近で見られたのも、全部がハルからもらった大切なものだよ」
「そんなもの…アキからもらったものに比べたら…」
「そんなことないよ。それに……」
アキは少し躊躇った。
「…………それに?」
「……私は…人生っていう1番大切なものを、ハルからもらってる!」
「…………え?」
「私が今こうしていられるのは、こうしてハルといられるのは、全部ハルのおかげ……!」
「…どういう…………」
私の知らない私を、多分アキは知ってる。
「……いいよ。ハルは覚えてなくてもいい。知らなくてもいい。でもね。私にとっては大切な思い出。あれは私の全部だから。だからねハル……」
「…………うん」
「私はハルにたくさんもらってる。私こそ絶対に返し切れないほど、多くをもらってる」
「…………」
わからないから、軽々しく何も言えない。
それに聞いてはいけないんだと思う。
私のことだとしても、今の私が入り込んでいいことじゃないと思った。
「だからね。私になにかを返そうとか、そのために自分を犠牲にするとか、そんなことはもう考えないで……」
「…………」
「ハルはハルを生きて、選んで欲しい」
「…………」
「私にもらったものを返したいって、ハルが思ってくれるならそうしてほしい」
「私は自分らしく……選んだよ…………」
そう、私は私のために私を捨てるって選んだ。
「うん。わかってる。でもね、これからの一番は自分にして欲しい」
「………………」
「ハルが私にもらったって思っているように、私もハルから返し切れないほどの大切をもらってるから」
「……うん」
「もう二度と、私のためにこんなに傷ついてほしくない」
「……うん」
「ハルは自分を一番に考えて、いつまでも笑っていてほしい」
私は一番大事なことをアキに聞く。
それさえ聞けば、大丈夫になる。
「……そうしたら、アキは私の隣で一緒に笑ってくれる?」
アキは黙って、私に笑顔を向けてくれる。
その顔が記憶に焼き付く。
私は安心して意識が遠くなる。
「………」
限界を迎えた私は、アキの腕の中で意識を手放した。
最後にみたのは私の右手首。
アキに愛されてるって証が、私の大切が輝いてた。
◇
最後にはハルは笑ってくれた。
私の天使を両手で大事に、大切に抱き上げる。
そして、私は階段の上を見上げる。
事をつまらなそうに眺めて見ていた、玉座に座ってるこの国の頂点。
「王様、話をしましょう。私達は王都を危機に晒した首謀者を確保しました。この功績に見合う願いを聞いてもらいます」
そして私は願いを王に話す。
「いいだろう。アキ。お前の願いとはなんだ?」
「私を――――」
私は告げる。
ハルのためにはこれが一番いい。
「いいだろう」
私は私の願いを叶える。




