1.普通な私
1回目の人生は普通だったと思う。
ごく普通の家庭に生まれ、両親に愛された幼少期。
女の子だったからか父からは溺愛された。
容姿はアイドル並みに可愛いとはとてもいえないが、ブサイクと言われたこと一度もない。
友達もそこそこいて、親友なんて呼べる大切な友達もできた。お互い、勉強の成績では多少の上下はあったけれど、同じくらいの真ん中。
私は読書が好きで、彼女は運動が好き。
そんな少しの違いも心地よかった。
そこそこの高校とそこそこの大学を親友と一緒に卒業した。
別々の会社ではあったが内定を貰い、その時、はじめて道が別れた。
何かの才能があったわけでもない。
特別な使命があったわけでもない。
これからは普通に仕事をして、悲しことがあればいつものように親友と愚痴を言い合って、誰もがするような恋愛をして、そこそこの年齢で結婚をする。
子供を産んで育てて、役目を終えたら、大好きな人とずっと一緒にいて、大切な人達に囲まれて幸せに死ぬ。
そんな普通の人生を送るんだろう。
私は漠然とそう考えていた。
けれど私は、そんな普通の人生で誰にでも起こる、ありきたりな挫折に耐えられなかった。
順調に進んでいたはずの、はじめての仕事でミスをしてしまった。
それは些細な事だったと思う。
でも、私の心には傷がついた。
同僚も気にするな、よくある事だ、なんて声をかけてくれて励ましてくれる。
でも私は、それからもミスをし続けた。
新入社員なら当たり前だったのかもしれない。
できていること、役に立ったことも当然あった。
けれど、回数を重ねるごとに減っていく励ましの言葉、反比例するように増えていく心の傷。
私は押し潰されそうだった。
頼まれていたことをすぐに忘れてしまう。
敬語もロクに使えない上に、相手の名前を間違えて怒られる。
物覚えが悪く、一度聞いたことを何度も確認する。
数え出したらキリがない。
そして、ミスをしないように恐る恐る仕事をしていた私はそれまでできていたことまで、また一つ、また一つとできなくなっていく。
何度も同じミスを繰り返して呆れられた。
人よりも時間がかかり、気づけば残業も当たり前になった。
明日の仕事にいくことが怖くて眠れなくなった。
日に日に減っていく食事の量。
休日は、趣味の読書をすることすらできず、意識がある中、ただ横になるだけ。
それでも大丈夫と自分に言い聞かせて、誰にも相談せず、全てを自分で抱え込んだまま過ぎていく日々。
そしてなんでもない普通の日。
起き上がって会社に向かおうと、シャワー浴びて、着替えをする。
いつも通りの変わらない日常。
でもその日は少し違った。
またミスをする。
また迷惑をかけてしまう。
そう思いドアノブに手をかけ、家を出ようとした瞬間、強烈な吐き気が私を襲った。
胃の中を全て吐き出しても止まらない吐き気。
立っていられないほどの目眩。
会社に行くことが怖くて怖くてたまらない、全てを投げ出して逃げ出したい。
心の悲鳴が聞こえた。
その時、私は全てを理解した。
あぁ、壊れてしまった。
私の人生は普通であるはずだった。
この挫折だって長い人生のほんの1部で、歳を重ねた時に、そんな時もあったねって笑える時期が来るはずと信じてた。
でも、私の心は普通なんかじゃなかった。
普通の人より壊れやすく脆い。
一度、壊れたら戻らない。
ガラクタ以下の不良品。
それが私の心だった。
身体から全てが抜け落ちていくような気がした。
そして残ったのは心が壊れてしまったという事実。
その事実は私をひたすら孤独にした。
それからの日々は散々だった。
月に何度か病院と自宅を往復する。
それ以外の日は家に引き篭もる。
涙すら流れなくなって、感情が動かない。
なにもしない、なにもできない。
そんなある日、親友が来てくれた。
こんな不良品である私を気にかけてくれた。
昔の楽しかった話をいっぱいしてくれた。
側にいるよって言ってくれた。
私を連れ出そうとしてくれた。
私を変えようとしてくれた。
私に手を差し伸べてくれた。
「ねぇ、これからも一緒に歩いていこう?」
私が1番欲しい言葉を言ってくれた。
でもそんな優しい言葉を手を、
「うるさい!!!!!!!」
振り払ってしまった。
ひたすら思ってもない言葉を吐き続ける。
不良品である私の心から溢れ出てしまった、醜い言葉の数々は、私達の20年を終わらせるには十分すぎた。
飛び出していく前に見せた彼女の顔は恐らく二度と忘れられない。
同じだと思ってた親友が、すごく特別に見えた。
羨ましくて妬んでしまった。
あなたは私と同じ普通じゃなかったの?
そんな醜い、身勝手で彼女を傷つけた。
もう親友だった人には二度と会えない。
そう思ってしまったその日に、私は私を終わらせた。
これが不良品である失敗だらけの一回目。
 




