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17.夢そして過去


 普通だった私は特別な人間として生まれた。


「お母さん!」


 私は勢いをつけて、母に抱きつく。


「おかえり! ハル」


「うん!!!」


「我が娘ながら、ハルは本当に可愛いわね〜。将来はどんな美人さんに育つのかな?」


「うへっへっ…………」


「その笑い方は治さないとね…………」


 特別な私でも、笑顔で抱きしめてくれる母といる時は、普通の女の子になれた気がした。

 お父さんだってもちろん好きだったけど、私にとって母という存在は本当に特別だった。


「いってらっしゃい!」


 笑顔で私を見る母が好き。


「行ってきます!!!」


 出かける前のこのやりとりが好き。

 

 帰ってくれば、優しいお母さんが待っててくれる。

 そう思うことができたから。


 私を見ながらペンを走らせるお母さん。

 

「んーと………………」

 

 お母さんに見られていと感じた時、お母さんはいつも何かを書いている。


「何書いてるの?」


 いつも気になっていた。


「ハルのことを日記にしてるんだよ〜」


 何それ。見てみたい。


「え〜みせて〜!!!」


 それを素直に伝える。


「ダメ」


「なんで〜!!!」


「いつかハルが結婚する時がきたら見せてあげる」


 そう言って笑うお母さんは私の自慢だった。


 ◇

 

 でも、時間が経って色んなことが変わっていく。


「ありがとうハルちゃん」

「ありがとうハル!」

「ハル!次はこっち!」

「ハルちゃん!」

「ハル!」

「ハル!!」

「ハル!!!」


 魔法を扱える私を必要としてくれる人は増えた。

 私を求めてくれるのはお母さんだけじゃなかった。

 沢山、沢山お礼を言ってもらえた。


 けれど、お母さんの


「偉いね〜ハル!!!」


「うん!!!」


「ハルが頑張ってくれるの、お母さん嬉しいな!」


 そう言って頭を撫でて、褒めてくれることは何よりも特別なことだった。


 腕の刻印は私の誇りだった。

 

 特別だっていう優越感、多くの人に必要とされる喜び、そして特別な才能がもたらす使命感。

 そして、お母さんの自慢の娘であることの何よりの証明だったから。

 

 私は人の役に立とうと必死だった。

 ほとんど全ての時間を村のために使った。

 

 お母さんと触れ合う時間も少なくなっていく。

 疲れ切って、すぐに寝てしまう私は、気づけばお母さんに抱きつくことも少なくなった。


 それでもお母さんは、いつも私が出かける時には変わらない優しい笑顔で私を送り出してくれる。


「ハル! いってらっしゃい!」


「うん! いってきます!!!」


 いつも通りのやりとり、それが特別で大切で、そんなお母さんがいるから私は頑張れた。


 両親の黒色の髪と瞳には似ても似つかない、白い髪に赤い瞳、特別な力。

 

 そのせいで、お母さんは私の目に入らないところで、色々言われていたことを知っている。

 

 魔法という特別な力を本当はみんなが恐れてるということも、私を王都に送れと周りに言われていることも、全部、全部知っていた。

 

 でもお母さんは、私を離さないでいてくれた。

 私をお母さんの元に置いておいてくれた。

 その時の言葉は今でも忘れない。

 

「私はこの子の親です。私が愛して育てて、色々なことを経験させて学ばせて、いつかその時がきたらハルが自分で決められるように、そう私が育てます」


 そう言って私を放り出さないでいてくれた。

 何よりも優先して、私を育ててくれた。

 

 私にかかる期待が辛くて涙を流していた時には、


「いいんだよハル。みんなの特別にならなくてもいい。ハルはお母さんにとってはもう特別なんだから」


 そう言って励ましてくれた。

 あの日記にもこのことを書いてくれているのかもしれない。何年後かわからないけど見るのが楽しみだ。


 こんなにも私を思ってくれた。

 こんな私を愛してくれていた。



 そんな関係も時が経って変わっていった。

 私はそれが決定的だった日を覚えてる。

 それは初めて魔物を殺して人を救った日。


 外は土砂降りの雨だった。

 魔物の血と泥と雨でぐちゃぐちゃになった私は、お母さんに褒めてもらうために走って家に帰った。


「ねぇお母さん! 私、人を救ったよ!!!」


 いつも通り家に帰った私は、笑顔でそう言った。

 いつもみたいに褒めてくれる、抱きしめてくれる。


「うん…………偉いねハル…………」

 

 でも、魔物の返り血で真っ赤に染まった私をみた母は、何か恐ろしい得体の知れないものを見るような目をしていて、その顔は恐怖で染まっていた。


 それからも私は人を救った。

 私は特別な人間だから、特別な使命があるから。

 お母さんは褒めてくれるから。


 お母さんの特別な娘でありたかったから。


 でも、何もかもうまくいかなくなっていった。

 何かに戸惑って初動が遅れる。

 そのせいで犠牲が出てしまい、心が潰れそうになる。それを無理矢理奮い立たせた。

 

 相手のことを思ってるフリをして、自分が楽になるために、相手に気持ちを強要した。

 その度に、後悔と罪悪感で心に傷が増えていく。


 お母さんにその心の傷を埋めて欲しかった。

 大丈夫だよっていって欲しかった。

 お母さんがいるよって安心させて欲しかった。


 でも、もうそんなお母さんはどこにもいない。


 頭を撫でる手が震えていた。

 褒めてくれる言葉はぎこちなくなっていった。

 名前を呼んでくれなくなった。

 抱きしめてくれることもなくなっていた。

 日記を書いているところも見なくなった。


「いってきます……」


「…………………………」


 いってらっしゃいも、いつのまにかなくなった。


 (私が怖いの?)


 そう言って、全てをぶちまけてしまいたかった。


 

 ◇


 

 気づけば、もう10歳になっていた。

 そして、あの日。

 いつもと変わらない。

 暗くて、希望のないただの日。


「いってきます…………」


 私は俯きながら、返事がこないってわかってる挨拶をして、家から出ようとする。

 でもその日は違った。


「……………………ハル」


 お母さんから声がかかる。

 思わず振り返る。

 久しぶりに名前を呼ばれて、気持ちが高揚する。

 そして、最愛の母の言葉を待つ。


「ハルは…………今日どこにいくの?」


 母と娘の普通の会話のはず。

 でも、どことなく会話はぎこちない。


「どこって………………」


 どこと言われても困る。

 場所は相手次第だから決まってない。


「魔物が出るところ………………」


 素直に答える。

 母と娘の些細な会話。


 でも、


「………………ハル。もうやめない?」


「え……………………?」


 予想外の言葉に耳を疑う。


「もう、、いいんじゃない………………?」


「な………………んで…………」


 言葉がうまく出てこない。

 そしてお母さんは続ける。


「そんなことは、ハルがやらなくてもいいんじゃない…………?」


 この言葉で私の心の何かが切れた。


「なんで今更そんなこと言うの?!」


 つい怒鳴ってしまう。

 ビクッと震えるお母さん。


「ハル落ち着いて…………」


「なんで…………! なんでよ!!!」


 二人目のお母さんと喧嘩なんてしたことなかった。

 後ろで見ているお父さんは怯えて、会話に入ってこようとしない。

 

「魔物を殺して人を救えば、お母さんは褒めてくれた! 撫でてくれた!」


「それは……………………」


「私は…… 私は! お母さんの自慢の娘になりたくて、そのために頑張ってきたのに」


「そんなことしなくても……もうハルは」


 その言葉で、更に熱くなる。


「そんなこと?! さっきもそう言ったよね? 私が必死にやってきたことを、本当はそんな風に思っていたの?!」


「ちが………………」


 一度溢れ出したらもう止まらない。

 お母さんの言葉を遮ってぶちまける。


「知ってたよ! お母さん達が私のことを怖がってるって……、恐ろしくて、こんな私に触るのも本当は嫌だったってこと…………。 とっくの昔に気づいてた!!!」


「……………………」


 俯くお母さん。

 涙も言葉も溢れて溢れて止まらない。

 全部ぶちまけるまで多分、止められない。


「それでも私が頑張ってるのが嬉しいって、お母さんが褒めてくれたから、撫でてくれたから、抱きしめてくれたから! 私の全てを殺して頑張ってきたのに…………」


 涙が止まらない。


「お母さんが求めてくれていると思っていたから、心をすり減らしてこんなことをしてきたのに………」


 本音が止まらない。

 お母さんがいるなら、前と同じ失敗をしても怖くない。そう思っていたのに。

 そして、私の特別である証が光り輝く。

 

「いつか………… いつか………!」

 

 私が苦しんでやってきたことは、お母さんにそんなことって思われていたんだ。

 そう思ったら、感情が制御できなくなっていた。

 それでも、私は続ける。

 

「今は違っても…………よくやったねって! 頑張ったねって! 私の自慢の娘だって! お母さんに抱きしめてもらえる………… そう信じてたのに!!!」

 

 悲しさと哀れさで感情がぐちゃぐちゃになる。


「1番大切なお母さん達に怖がられて、遠ざけられて………… でも、こんなになってまで私がやってきたことは…… そんなことって、今すぐ辞めてしまえって簡単に言ってしまえるくらい、お母さんにとってはどうでもいいことだったんだ!」


「ちが……………………」


「じゃあ、最初に言ってよ! こんなことする必要ないって! 褒めないで叱ってよ! 私が大切だから行くなって………… そんなことは必要ないって最初にちゃんと言ってくれれば!!!」


「ハル……………………ごめ…………」


「私はこんな醜い化物になんてならなかった!!!」


 心の中を全部、言ってしまった。


「こんなのってないよ…………。酷い……………… 酷いよ!!!」


「ハル、待って…………違うの………………」


 その言葉はもう私には届かない。


「何が違うの? 私にくれていた言葉も、私を思ってくれいるって信じてた行動も、全て嘘だったんでしょ?」


「違う…… 違うんだよハル…………」


 お母さんの為だと思っていたのに。

 独りよがりだとしても、誰かの命を救って助けていることは肯定してくれているって思ってたのに。


「化物と一緒に住んでいて、怖かった? 苦しかった? 気持ち悪かった?」


「……………………………………」


 あぁ、そこで黙るんだ。


「私のこと、産まなければよかったって本当は思ってるんでしょ?」


「!!! そんなことない………………!!!」


 もう全部が嘘に聞こえる。


「勝手なことして迷惑だったって、そう思ってるんでしょ?」


「そんな、そんなことは………………」


「ないって言えないんだ。髪の色も瞳の色も顔も、全く違うもんね。こんな化物は私の子じゃないって、本当はそう思ってるんでしょ?」


 全部、お母さんが褒めてくれたもの。

 私より断然綺麗だって、私なんかより美人に育つって褒めてくれた私の自慢の容姿。


「違う!!! 違うよハル………………私は……」


 それすら全部が嘘に聞こえる。

 私はずっと隠してきた、聞くのが怖かったことをお母さんに向けて叫ぶ。


「お母さんはもう二度と! こんな私を……………… 娘として見ることができないんでしょ!!! 他の人と同じように私を化物って、そう恐れるんでしょ!!!!!」


 言ってしまった。言いたくなかった。目を背けていたかった。


「そんなことない…… ハル、聞いて…………」


 この人のこと、もう全部、信じられない。


「うるさい!!!」


 もう何も聞きたくない。

 そう思った時、刻印が輝いて魔法が暴発する。

 お母さんの持ってる食器を魔法で割ってしまう。

 ハッとして、お母さんの顔を見る。


「あ…………ちが、これは…… お母さん…………ひっ」

 

 その顔はまさに魔物をみて絶望している人と同じ顔をしていた。

 

 そして、


「化物……」


 最愛の人にそう言われた私は、目の前の光景を最愛の人の血で赤く染めた。

 





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