9.日常
私達の日常は側から見たら普通だと思う。
でも、その日々が私にとっては特別だった。
「ねぇ次はどこにいくの? アキ?」
「うーんとね。 おすすめのカフェに連れてってあげる」
馬車の中ではしゃぐ私と、少し呆れながら、でも楽しそうに笑うアキ。
今の私達はどこにでもいる、普通の女の子。
お店に着いたら必ず、アキがエスコートする。
私は手を引くアキの後ろを歩く。
どんなお店も個室だった。
気を利かせてくれているのだと思う。
この日常は多分普通なんかじゃなくて、アキ、いやアキの周りの人達が作り上げてくれいるものなんだと思う。
でも、
「美味しい? ハル?」
「うん! アキの連れてってくれるお店みんな凄い!」
こうやって笑える日々を本当の意味でこれから普通にしていきたい。
今は作り上げられたものでもいい。
でもいつか、全てのことが解決して、義務とか約束とかそういうものじゃなくて、ただのアキとハルになって、街を二人で歩きたいって思う。
「あとはどこにいくの?」
いつもなら帰る時間。
「私にとって特別な場所。だよ?」
そう言って向かった先には、人気の全くない。そして何もないただの公園。
強いていうなら、広い王都が一望できる。
すごく静かな綺麗な公園。
夕方と夜の間、王都は輝いてみえる。
「ハル」
アキが私の名前を呼ぶ。
「なに?」
いつもの返答。もうぎこちなくなんてことはない。噛んだりもしない。
「これから、後継者争いにハルを巻き込む……」
「いいよ」
決まってる、揺るがない答え。
「辛くて苦しくて、嫌なことを思い出させてしまって、ハルを泣かせてしまうかもしれない」
「覚悟してる……」
それは怖い。でも決めていたから。
「いろんな人に会って、経験をして、仲良くなって、騙して、騙されて、裏切られて…… そんなことの連続になるかもしれない」
「…………うん」
「正直、今まで強引に事を進めてきたことを後悔してる………………」
「……………………」
「でも、変わっていくハルが眩しくて、愛おしく感じてしまったから、はやく続きが見たいって焦っちゃった」
そんなことは気にしなくていいのに。アキがきっかけをくれなかったら、私はまだくらいあの部屋で一人きりだった。
「そんな私と一緒に来る?」
「当たり前。聞くまでもないよ」
私は隠してる。あなたに離れられないように自分を演じてる。よっぽどそのことの方が罪だ。
いつか清算する時が来て、全て自分に返ってくる時がくるかもしれない。そうだとしても、私を偽ってでも隣にいたい。
「わかった」
力強く答えるアキ。
「私はハルを守りたい。そのためだったらなんでもする。なんでもしたい。でも本当の私は弱いから、弱い部分をハルに支えてほしい」
「うん…………」
「本当はハルを巻き込みたくないけど……………… そうしないと多分、あの日の約束が果たせないから」
「わかってるよ………………」
「だから………………」
不安そうなアキ。
何かしたい、声をかけたい。
意を決して私はアキの両手を握る。
「大丈夫! きっとうまくいく! なんの保証もないし、確証持ってないけど………… でもあの時、アキについて行くって決めた私は、今こうやって笑えてるよ!」
私の偽りのない本音。
私の本当。
「アキは間違えないって信じてるから! だからそう信じてる私を、アキにも信じてほしい!」
私は自分のことを、全く信用していない。
でも、アキが私を信じてくれるなら、そういうハルにだってなってみせる。
何も返せないって、醜い化物だって思ってる私。
そう思ってる自分すら騙して、求められている私を演じてみせるから。
そうすれば、最後は二人で笑える。
私の人生は嘘でもいい。
「不安になったら、一緒に話そう! 一人で乗り越えられないと思ったら二人で乗り越えていこう! いつも一緒! そして全て終わらせて、一緒に幸せに暮らそう?」
アキは目を丸くする。
「本当に成長したんだね…… ハル」
「それも全部アキに貰ったものだよ」
私はあなたから受け取ることしかできていないから。自分を捨ててでも返さなきゃならない。
これからも何も返せないって決めつけてる、私自身を騙す最後のチャンスかもしれない。
私を本当にするチャンスは今かもしれない。
「わかった。 ハル。 一緒にいこう」
「うん!」
アキの腕を抱きしめて、馬車に乗り込む。
一緒にあの家に、私達の家に帰る。
「ねぇアキ?」
「なに? ハル?」
「明日はどうする?」
「大丈夫だよ。もういくところは決めてるから」
「やったっ!」
この馬車で移動する時間が好き。
世界を歩いているのに、アキを独り占めにしてるような感覚が好き。
この時間を、幸せを守るため、続けていくためだったら、私は自分の全てだって捨てられる。
私は私のために私を捨てる。
私が本当の私をわからなくなっても大丈夫。
アキが求めてくれる私が本当のハルだから。




