[悲劇]フローラ。
国に疫病が蔓延したあの年は、多くの人々が命を落とす結果となった。
救護院や教会の聖職者だけでは人手が足らず、貴族の中でも回復の加護があるものはみな駆り出されその疫病対策に尽力した。
それは僅かな力しかない私も例外ではなく。「わたくしも参ります!」と言って聞かない身重の妻を、「お前にはまず子を無事に産んでほしい」となだめ。
アルベルトを団長とする騎士団に随行する形で各地を回った。
騎士団の要職についたアルベルトはすっかりと寡黙な青年になって、学生当時の気安さでの会話はできなかったけれどそれでも。
彼が自分に望むなら、どんな力でも貸そう。
そう誓っていた私にとって、今回の事は全身全霊をもってあの時の恩を返すのだと言う気持ちが強く。
昼夜の区別なく本当に全力で以て病人の治療に当たった。
マナが尽きればマナの回復ポーションを飲みまくり、自分の力の限界までその加護を尽くして。
そして、各地の疫病がやっと下火になり王都に帰還することができた時には、身も心も憔悴し切っていた。
「よく頑張ってくれた」
とそうアルベルトからは慰労され、ああ、自分は国の役にも彼の役にも立ったのだ、と。
そう心地よい疲労感に包まれながら伯爵家の屋敷に到着した時。
屋敷の中が尋常と違うことに気がついた。
「どうした! 何があった!」
執事長のセバスをつかまえそう早口で尋ねる。
「あああ、旦那様、奥様が、奥様が」
動揺し言葉もはっきり出てこないセバスに、
「フローラがどうした!」
と怒鳴り、そのまま妻の寝室に向け駆け出した。
産月まではまだ一月もあるはず!
焦って乱暴に戸を開き、部屋に飛び込む。
そこには。
ベッドで苦しそうにうめいているフローラの姿。
「フローラ!!」
慌てて彼女のそばに寄り、回復魔法を唱える。まだマナも十分に回復していなかったけれどそんな事は構っていられなかった。手持ちのマナポーションは使い切っていた。けれど。
全身から絞り出すように、キュアに自分のマナを渡す。
頼む、助かってくれ!
もうそれだけしか頭になくて。
「あなた、ごめんなさい……」
呼吸が少し穏やかになったフローラがそう呟く声が聞こえた。
「ああ、良かった、フローラ」
彼女の両手を掴み、その鼓動を感じて少し安堵する。
「この子を、お願い。グラームス……」
「ああ、もちろんだ。産まれてくるその子のためにもお前も元気にならなければ」
「そうね。頑張らなきゃ……」
セバスが手配した医師がバタバタと部屋に入ってきたところで、彼らに後を託して部屋から出た。
「旦那様もお休みください」
皆にそう促されるまま、部屋に戻りベッドに横になる。
マナ切れを起こしていたのだろう、そのまま意識を失った。
■■■■
生きている妻の顔を見たのはそれが最後となった。
医師たちは力を尽くしてくれて、娘だけは助かり無事産まれてきた。
しかし。
どうしてだ!
どうしてフローラが死ななきゃいけなかった!!
疫病に罹患したフローラは、その自分の加護を以て娘を守ったのだと。
そう医師からは聞かされた。
そうだろう、フローラほどの加護があれば、疫病など取るに足らないはずだった。
なのに。
そのまましばらくは、生きることをやめていた。
立ち直れたのは妹のように思っていたマリアンと、そして日に日に亡きフローラに似てくるエルザのおかげだった。
可愛らしいエルザ。
この子のために生きよう。
そう思っていた。
エルザが五歳になったあの日が来るまでは。
■■■■
「お前、お前なのかアルベルト!!」
「なんだいグラームス、いきなり訪ねてきたと思ったら」
「今日、エルザの魔力特性値の測定があった」
「ああ、神参りの日だろ? うちのフリードも行っていたはずだ」
「お前の甥のか?」
「グラームス、それは秘密だと言っただろう?」
「お前が疫病で亡くなった弟の婚約者を引き取って自分の妻にしたのは美談だと思っているよ。産まれてきた子を実子として届け出たことも。お前らしいなと、そう思ってはいたんだ」
「はは。そうか」
「そうか、じゃない! お前は結局フローラを諦められなかったんじゃないのか!? 嫡子同士で結婚できない恋人の旦那に私をあてがって、二人して馬鹿にしていたのか!!?」
「まさか、そんな気持ちは全くないよ。なんだ、そんなことを疑っていたのか?」
「うるさい! 今、やっとわかった。お前の親切は皆フローラのためだったのだと。エルザの特性値がその証拠じゃないか! 私とフローラの子が、あんな特性値になるわけはないだろう!!」
「待て、グラームス、それは誤解だ!」
「お前しかいないじゃないか! 誤解もへったくれもあるか!!」
言うだけ言って、部屋を出た。
それからしばらくはアルベルトに会うのは避けていた。
もう何もかも信じられなかった。