[次元嵐]マトリクスレイヤー。
※エルザ視点に戻ります。
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「ベアトリーチェ!!」
フリード様が苦しそうにそう叫ぶ。
彼の胸のゲートから抜け出すように出てきたベアトリーチェ様は、洞窟の天井付近にポッカリと浮かんでこちらをみている。
幽霊?
少し半透明に見えていた彼女。
その姿はどんどんと実体化していくように、輪郭がはっきりとしてきた。
(あれは……マナのレイヤー?)
魔獣がその表皮として纏うマナのガワ。
マナで構築したレイヤーと言われる膜に、その形質を映し出したもの。
実際の生き物の肉体とは違うそんなマナの表皮は、魔獣や魔人のような精神生命体の仮初の肉体。
この間講師としてきていただいた先生は、そんなふうにおっしゃっていたっけ。
マトリクスレイヤー。
って、そういう名前で呼んでいらした。
だとしたら、あそこにいるベアトリーチェ様は人の肉体を持った存在ではない?
少なくとも、今あそこにいる彼女は、元々のベアトリーチェ様の生き霊? みたいなものなのかしら。
フリード様が、お辛そうな体を鼓舞し、支えていた騎士たちの手から離れ、一歩前に出た。
膝が折れかがみ込むも、顔だけは中空に向けて声をあげ。
「お前、どうして? いや、お前はベアトリーチェ、なのか!?」
洞窟のほぼ天井の近くに浮かぶその姿。
ヒラヒラと舞う赤いワンピースから覗くその顔に浮かぶ妖艶な唇を、フワッとひらく。
「あら、フリードお兄様は妙なことをおっしゃるのね。わたくし、ずっとあなたの中におりましたのに」
「でも、いや、違う」
「何が、違うのかしら?」
「ベアトリーチェは、お前のようには笑わない!」
「あら、ひどいわ。お兄様はいつまで経ってもわたくしのことを子供扱いして。女は、変わりますのよ。そう、そこにいらっしゃる聖女さまだって、きっと変わってしまうわ」
宙に浮かび両手を開いてそう妖艶に微笑む彼女。
わたくしも、変わってしまう?
だって、そんな。
ベアトリーチェ様から真っ赤なオーラがその体から滲み出て。
だんだんとその周囲に赤黒い粒子が広がっていく。
あれは、アウラ? ううん、アウラだけど、ちょっと違って。
「なあ、痴話喧嘩はそこまでにしてもらってもいいか? あれは、魔、厄災だ。私にはあれを滅する義務がある」
勇者様がそう言ってわたくしたちのところまで下がってきた。
剣聖様もシルバー様もラプラス様も。
わたくしたちを守って下さろうとしているのはわかる。
「フリード、さま」
「エルザ、すまない」
「いえ、わたくしは。あれ、は、ベアトリーチェ様なのですか?」
「みかけは確かにベアトリーチェのものだ。しかし、あれは」
「あれは、少女に取り憑いた魔ですよ。それもかなり上級の魔ですね」
「パルツィファルさま」
「さっきから、また一段と魔の濃度が上がっています。間違いなくG線級の魔でしょうね」
「「G線級!!?」」
そんな声があがり、皆の顔が強張って。
それもそうだろう、彼らにとってそんな最上級の魔、最上級の厄災との遭遇など、想定外の脅威であろうから。
こんな洞窟の奥で、こんな少数で、勝てるわけがない。
もはや逃げ出すことも難しい。
そんな状況だもの。
「まあ、いいわ。兄様がわたくしのことを違うというなら、違って見せましょう。そうね。今のわたくしは紅竜レッドクリムゾン。最上級の魔ギア、アウラクリムゾンと一体化しているのだから!」
その真っ赤な口がそう言い放つと同時に、周囲にアウラによる次元嵐が巻き起こった。
「ダメ、いけない!」
わたくしは両手を高く掲げ、心の奥底にしまってあったアウラの翼を魂のゲートから放出した。
あれは、ダメ。
空間ごと切り裂いてしまうあんな嵐、普通のシールドじゃ防げない。
アウラにはアウラで相殺しなくちゃ。




