[新月]月のない夜に。
宿の窓から夜空を見上げても、そこには星が見えるだけ。
今夜は空には月は無かった。
満月の夜は、その月の光に含まれたマナが大気に溶けるから。
その分魔も濃くなってしまう。
闇の力もその力を増すから。
このロムルスに来るにあたって、月がちょうど隠れている時期を選んだのはそういう理由もあった。
お部屋は一番奥の部屋が割り当てられた。
別にこの街ではそんな危険はないかもしれないけれど、そこはそれ。
盗賊やら悪い人がいないとも限らないから、と。
そう勇者様がおっしゃって。
お隣はラプラス様。
一応、女性だからって気を使ってもらえたらしい。
流石にこんな夜更けにフリード様を招くわけにもいかないし、たとえ招いても彼は来ないだろうとそう思って、ベッドに一人寝転んで頭からお布団をかぶった。
もう、寝てしまおう。
あんまりいろんな事を考えすぎて、疲れてしまったから。
そう、目を瞑った。
バルバロス家ではずっとメイドさんが身の回りのお世話をしてくれていたから、こうして一人っきりの夜も久しぶりだなと。
そんなふうにも思いながらうとうとしていた。
ガチャ。
え?
扉が開くそんな物音で、うとうとしていた目が覚める。
わたくし、鍵をかけるのを忘れたかしら。
そう一瞬身を固め。
なんとなく起きているって気がつかれない方がいい? そんなふうにも感じ、お布団の隙間からこっそりと扉の方を確認して。
するっとお部屋に入って来たのは男性。
それも、フリード様に見える。
どうして?
お屋敷にいた時だって、こんなふうに夜更けに訪ねてくることはなかったのに。
それも、こんなふうに忍び込む様に、だなんて。
ゆっくり、そっと。
足音を忍ばせ近づいてくるフリード様。
ベッドの脇の椅子にスッと腰掛け。
じっとこちらを見ている。
吐息が、聞こえる。
興奮しているわけでも、焦っているわけでもない、そんな静かな吐息。
静かに怒っている?
それとも。
これは、悲しみ?
「エルザ……」
小さく囁くその声は。
注意していないと聞こえるか聞こえないかのぎりぎりのお声で。
「う、うん……」
寝返りを打つ真似。
目は瞑ったままだし月明かりもないから、たとえ見えてても彼のお顔の表情は確認できなかっただろうけど。
それでも。
今起きたってフリをして、どうしたの? と声をかけようか。
でも。
少しだけ、怖い。
彼が、どんな気持ちでここに来たのかがわからない、から。
ううん。
聞いてしまうのが、怖かった、から。
躊躇をしているうちに、フリード様は席をたち。
また静かに息を殺して後退り、お部屋を出ていった。
ギギ。
そう扉が閉まる音が聞こえ。
彼が去ったその空間を、わたくしは目を開けて確認することができなかった。
そのまましばらくずっと、目を閉じたまま時間が過ぎるのを待った。




