【Side】シルビア。3「入場」
真っ赤な絨毯の上をゆったりと歩くお姉さま。
フリード様にエスコートされるその姿は、以前のお姉さまとは違った。
亜麻色の髪はふんわりと輝くように流れ、純白のドレスがキラキラと輝いている。
真っ直ぐ前を見据えているそのお顔は、自信に満ちているようにも思えた。
お幸せ、なのかな。
うん、やっぱり、お姉さまはあたしたちとは違うのかな。
何だかお姉さまが本当に遠い世界の人に見えて。
少し、寂しかった。
あたしたちが居る場所のすぐ近くを通って行ったのに、お姉さまは一瞬だけこちらを見るだけで、何も言わずに通り過ぎていった。
こちらを見るお姉さまのお顔が少しこわばったようにも見えた。
ふっと隣を見ると、お父様がすごく怖いお顔になっていて。
何だか、黒いもやみたいなものが見える気がする。
それが、とても気持ちが悪くて。
気分がどんどんと落ちていった。
もう帰りたい。
そう思った時だった。
「シルビィ!」
え?
ベアちゃん?
こんなところで会えるとは思ってもいなかった、親友のベアトリーチェ。ベアちゃんの姿がそこにあった。
彼女はいいとこのお嬢様なのに、いつもあたしのそばにいてくれる。
学校でもお貴族様の会話に交ざることができずいつも一人でいたあたし。
そんなあたしに、彼女はいつも優しくしてくれた。
あれは、確か。
まだ貴族院に上がる前のことだったと思う。
お姉さまとフリード様の婚約が決まった時だったっけ。
珍しくあたしも連れていってもらった侯爵様のお庭のお茶会。
あたしはお母様が繕ってくれたお花いっぱいのドレスが嬉しくて、はしゃいでいたっけ。
彼女と最初に会ったのは、そんなお庭のバラの垣根の隅っこで。
お父様とお姉さまはちゃんとガーデンチェアに座ってお茶を飲んでらしたけど、あたしは「そのへんで遊んでおいで」って言われて、一人お庭の探索に出たんだった。
そんな中で。
あたしはバラの垣根の隅っこで座り込んで泣いている、お花の精を見つけたのだ。
「ねえ、どうしたの? 妖精さん? そんなところで泣いてたら、せっかくの可愛いお顔が涙でびしょびしょになっちゃうわ」
そう声をかけたのだった。
びっくりした顔をこちらに向けるお花の妖精さんに。
「ふふ。やっぱり可愛い。あなたきっと笑ったらもっと可愛くなるわ」
そういってにっこり笑って、そのお顔を覗き込んで。
「わたくし、妖精なんかじゃないわ!」
そう、ツンとして返事をするそのお顔がまた可愛くて。
「そんなお顔も可愛いわ」
そういって抱きついた。
その日はお父様が帰るよって呼びに来るまで、ベアちゃんと子猫のように戯れあって遊んだ。
それから、かな。
彼女とはすごく気が合って、仲良くしてる。
貴族院で同級生、同じクラスになった時は二人して抱き合って喜んだっけ。
それからいっつも一緒にいる。
あたしの一番のお友達。
「ベア、ちゃん……」
お父様から湧き上がる黒いもやに、何だか身体中が酔ってしまったかのように。
あたしは力が入らず、ふらふらしながらそうベアちゃんに声をかける。
「どうしたのシルビィ。気分、悪いの?」
「うん。でも、大丈夫。ありがとうね」
お父様のせいで気分が悪くなっちゃっただなんて、言えない。
キッときついお顔になるベアちゃん。
「いい、シルビィ。無理しないでね。本当に気分が悪くてどうしようもなかったら、すぐ周囲にいる侍従の誰かに言うのよ? わたくしを呼んでくれてもいいわ。いいわね?」
そう言うと、ベアちゃんは待たせてた彼女のお兄様と一緒に歩いて行った。
王様に挨拶して、そのままお姉さまたちを追いかけるように歩いていく後ろ姿が見えた。




