[浄化]愛してる。
アルベルト様はこちらを振り向く余裕もなくそう叫ぶ。
その声には苦悩の色が混ざっていて。
その時、だった。
わたくしの魂の奥底から、温かい塊が浮かんできた。
胸の奥の、マナの通り道。
ゲートから。
わたくしの心の中にあったもう一つの心のかけら、が。
漏れてでて。
そしてそれは。
マナでできた霧に、うっすらと人の形を映し出した。
わたくしとそっくりで。
でも、わたくしよりも、もう少しだけ大人びて、みえる。
そんな姿が。
「おかあ、さま?」
「フローラ、なのか!!?」
「ああ、ああ、フローラ、フローラ……」
その、マナに映った虚像のような、そんなお母様。
悲しそうなお顔をしたと思ったら、両手を広げ。
漆黒の泥の塊のようになってしまったお父様を、ふんわりと抱き止める。
『ごめんなさい、あなた。一人にしてしまって。でも、もうこれからはいつも一緒です。愛しています。グラームス』
と、そう囁くような声が聞こえてきた。
「あ、あ、フローラ、フローラ……」
漆黒のその口から漏れ出る声は、掠れ、もう元のお父様の声ではなかったけれど。
泣いているような。そんな気がして。
「すまない、私はお前を信じることができなかった……」
『ごめんなさいね。わたくしの方こそ、信じさせてあげることができなくて』
「エルザにも、随分とあたってしまって……」
『そうね。あの子は本当に辛かったのよ。許してもらえないかもしれないわ』
「ああ、そうだな……」
「そうだなって、何を納得してるのよ!! わたくしは確かにお父様を許せない。許すなんてことはできない。でも、愛したかったの! 愛させて欲しかったの!! このまま、諦めていなくなっちゃうなんて、それこそ許せない! 許せないよ!!」
涙声でそう怒鳴っていた。
お母様とお父様の感動の対面? なのに。それを邪魔したいわけじゃないのに。口を出さないではいられなかった。
『ごめんね、エルザ。わたくしは最後の力を振り絞って、あなただけは守ろうとして力尽きちゃった。でもそのおかげでわたくしの心の一部がこうしてあなたの中にずっと一緒にいられたの。愛してるわ。エルザ』
「すまなかった、エルザ。もう何を言っても言い訳にもならないが。愛してる。ずっと愛してた。エルザ、お前を……」
お母様は、わたくしの心の中にいて、ずっとお父様を許していたんだね。
わたくしは、許せなくて怒って怒って止まらなくて、そんな時にも。
うん。
「今からこの一帯全てを浄化します。今なら、できると思う。お父様から受け継いだ、この聖女の血筋に残っていた力を使えば!」
わたくしはそう言って。
「キュア・ピュリフケーション!!」
と、そう叫ぶ。
全身から白金の氣が舞い上がる。
その氣は円となり、だんだんと広がって。
屋敷中を覆うのに、それほど時間は掛からなかった。
♢ ♢ ♢
「大丈夫かい? エルザ」
駆けつけ隣に来てくれたフリード様が、優しい微笑みを向けてくれた。
「ええ。ありがとうございますフリード様」
その、逞しい胸に、コツンと頭をつける。
いつの間にか空が白んで来ていた。
魔溜まりが浄化され空間の穴が塞がったことで、異界からの魔獣の流入も止まった。
瘴気の発生源であったお父様が浄化されたことで、騎士団の面々による被害者の捜索救助も進んでいる。
今のところ死者はゼロだ。
よかった。
本当に、良かった。
お義母さまをはじめ屋敷に残された人々は、発見され次第念の為にと救護院へ搬送されている。
そして。
「グラームス、グラームス、起きろ。もう大丈夫なはずだ」
「ああ、アルベルト」
「ばかやろう。ほんとにばかなんだから。お前は」
「すまなかった。私は……」
キュアが頑張ってくれて、爛れたお父様の身体はすっかりと元に修復されていた。
完全に魔人へと堕ちていなかったのが幸いしたのだろう。聖女のチカラに親和性が高かったのもよかったのかも。
お父様は、アルベルト様に任せておこう。
うん。
それよりも。
お母様の残留思念は再びわたくしの心の奥に帰っていった。
っていうか、あれが本当のお母様なのかどうかはわからない。
ちょっと自信がない。
今となってはあれはわたくしの心の一部となってしまっている。
というか、この十五年ずっとわたくしの心の一部としてあったものなのだ。
だから。
こんな騒ぎをおこしてしまったのだ。
いくらバルバロス侯爵の口添えがあったとしても、ローエングリン伯爵家がそのまま存続できるかはわからない。
お父様にもそれなりの責任をとってもらわなければならないだろう。
そうアルベルト様は仰った。
それでも。
「君とフリードの結婚には誰にも口出しさせないから安心して」
そう断言してくださった。
もし、ローエングリン伯爵家が爵位返上の憂き目にあって、わたくしがただのエルザになったとしても。
他の親戚筋には絶対に文句を言わせない、そういうお墨付きをくださったのだ。
それはほんとにありがたかった。
だって。
もう、フリード様との仲を引き裂かれるとかそんなこと、耐えられそうになかったもの。
「大好きです。フリード様。愛しています」
わたくしは、これからも何度もフリード様に、こうして愛を伝えたい、伝えていこうと思ってる。
「ああ。俺も、エルザのことを愛してる。信じてる、よ」
そう仰ってくれたフリード様、そのままわたくしの額に口づけをくれた。
朝陽が昇ってきていた。
窓から差し込む優しくてまぶしい光があたりを照らして。
わたくしは、もう一度彼の胸に頭をうずめた。




