[聖女]ローエングリンの聖女。
アルベルト様率いる騎士団が数十人単位での出動となった。
王都の中程、貴族街の一部を封鎖し、ローエングリン伯爵家の館を中心にその周囲の一区画までをまとめて取り囲む。
魔による瘴気があたりに溢れ、周辺の街路樹までをも枯らし始めている。
先遣隊により周辺住人の退去はほぼ完了していた。下級貴族も多く住むこの一角は、そこまで人口も多く無かったのが幸いだった。
時間も夜間ということもあって、灯りはほぼなく。
ただ月の明かりだけがあたりを照らしている。
今夜が満月であったのは必然だった。
月の明かりが満ちた夜は大気中のマナ濃度が高まり、そしてそれは魔をも同じく、その力は月明かりに含まれるマナによって増すこととなる。
きっと、父様の心の奥に凝り固まった魔の塊が魔石と化し、満月によりその力の保有能力に限界が訪れて弾け。そしてそこから瘴気を撒き散らしはじめたのだろう。
そしてまた、魔は世界の境界から異界の魔をも呼ぶ。
空間に穴を穿つその瘴気の溜まり、魔溜まりは、その中心より魔獣を産む。
ワラワラと湧き出る魔獣に騎士団の面々が対峙する。
先頭をきって飛び出したのはフリード様だった。
そのあふれんばかりの魔力を手にしたツルギに込め、一体、また一体と魔獣達を屠っていく。
そしてフリード様がとり逃した魔獣にあっては、まず楯騎士による前衛が魔法結界を張り巡らせ防御をし、近づいてくる魔獣を槍騎士が屠る。そんな連携によって、外への被害は完全に防いでいた。
「エルザ。覚悟しておいた方がいいかもしれない。あの状態の内部で魔に汚染された人間が無事でいる保証はもうどこにもない。まして、グラームスが魔人と化したのが事実なら。もうやつは助からない可能性が高い」
状況を確認したアルベルト様、わたくしの方に振り向くとそう口を開く。
お父様と、お義母様、そして屋敷のもの数名の安否が確認できていなかった。
お父様はともかく、屋敷で働いていた人は助けてあげたかったけど。
「アルベルト様、わたくしに行かせてください!」
ローエングリン伯爵邸の内部なら知り尽くしている。
中に入りそこで癒しの力を使うことで、助けられる命があるかもしれない。
「だめだ。いや、それが最善手だというのはわかるよ、でも、まだダメだ。魔獣が多すぎる」
「でも」
「どうしても行くと言うなら、僕も一緒に行く。あいつがああなった責任は僕にもある。あいつの言うことを百パーセント否定しきれなかった僕の優柔不断さも、あいつを追い詰めた原因なのかもしれないから」
「そんな、アルベルト様」
「あいつが暗黒面に落ちるのを、僕は止めなきゃいけなかった。フローラの幸せを願ってあいつとの仲を取り持った癖に、そんなあいつに嫉妬してしまった僕には……」
「では、お願いします。裏の勝手口から入って食堂まで行こうと思います。そこからわたくしは癒しの魔法を放って屋敷中を覆ってみます。その間、わたくしを魔獣から護ってくださいますか?」
「ああ。何にもかえて、君を護るよ」
「ありがとうございます。アルベルト様」
わたくしは、一瞬だけふんわりと笑みを浮かべて。
そしてキッと向き直り、屋敷に向けて駆け出していた。




